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七章 コルベルク公国編
49 お城には悪が蔓延る
しおりを挟む「大公殿下に、あまり煌びやかでない、大人しいドレスにしてくれと言われました」
ミランダが不服そうにして梨奈に着付けたのは、紫がかったスモーキーピンクで小花柄と大人しいコットンレースをあしらったドレスである。髪形も大人しく低く纏めて、髪飾りも最小限であった。
梨奈は鏡に映った自分を見た。少々くたびれた地味な奥様が映っている。
「これならどなたにも目に付かないわね」
「まあリナ妃殿下。あの好きもの侯爵が選り好みなんかいたしますか。女と見たら見境の無い男でございますよ」
ミランダは機嫌が悪い。よっぽど嫌いなのだろうか。
「じゃあミランダはお留守番する?」それとなく聞くと「とんでもございません。お側に居ます」と、梃子でも離れない様子だ。正直、気まぐれスライムだけだと敵地では心細いので、ミランダがそう言ってくれると梨奈はありがたいと思う。
* * *
そういう訳で大公宮殿であった。公都カランタニアの北側にある小高い山の上に建っていて、なかなか綺麗で威容を誇ったお城で、周りは高い木々が生い茂って城を彩り、北側には美しい湖がある。
馬車はこの山をぐるぐると回って登って行く。やっぱり大変である。
お城に到着しても、長々と階段があって、やっと広間に着くと、梨奈はもうヨレヨレであった。
ジェリーは男爵令嬢マリアの姿のままだ。
梨奈の後に付き添うマリアに化けたジェリーを見て、ルーカス・コルベルク侯爵は驚き、そして自分には運があるとニヤリと顔を歪める。
(この王子は噂に違わぬバカ王子だ。まんまとマリアに騙され、こんな所まで引き連れて来ている。この調子では、きっとまだ入れ揚げているに違いない。お飾りの妃の哀れな事よ)
どれ、と梨奈を見る。
クリス殿下は梨奈に幻惑をかけたままだ。茶色の髪の特徴のない少女が殿下に付き従っている。梨奈のくたびれた様子が遠慮がちに見える。それがいかにもクリス殿下に気に入られていない、ように見えた。
侯爵はにっこりと笑ってクリス殿下と握手する。
「我が城へようこそ」と、尊大な態度であった。
クリス殿下は「これは私の妃リナだ」白々と紹介した。
清楚だが大人しい梨奈の衣装と、マリアジェリーのピンクで派手派手な衣装。
白々とエスコートする殿下。侯爵は舌なめずりをして梨奈を見る。浮気で移り気な男は目新しい者に食指を動かす。人のものは自分のものと思う質であった。
「クリスティアン殿下に内々の話がございます。その間リナ様は、この城自慢のホールでお茶でもいかがでしょう」
「どうぞこちらに──」
侍女が案内する。梨奈とマリアとミランダはそちらに向かった。
コルベルク侯爵は分断作戦のようである。クリス殿下には隠蔽魔術を施したダールグレン教授とスチュアート、そして騎士と侍従が付き従っている。非常に手薄で、ある意味、どうぞお好きにして下さいと首を差し出しているようなものだ。
それは梨奈にしても同じで、連れて来ているのはマリアと侍女ミランダだけだ。
クリス殿下たちを別部屋に案内して、部屋に通したところでドアが閉まった。直ちに鍵がかけられ結界を張られた。
「一体、何と対面させてくれるやら」
「本当にこんな事をやるとは、とんでもない奴だな」
「ブルグンド侵攻の時も、弟君だけでなく、あの男も一役買ったと思われますね」
騎士はギード、侍従はトニョで、油断なく身構えている。
ダールグレン教授は先程から試作品のカメラを操作して、パチリパチリと映像を撮っている。
「写っているんですか?」と、心配そうに聞くスチュアートに「問題ないよ」と楽しそうに笑う。教授も新しいものは好きなのだ。
「来るぞ」
やっと待ちかねたモノが来て、彼らは一斉にそちらを向いた。
部屋を仕切っていた壁がスライドして、カーテンが上がり、そこは牢のように鉄格子が嵌まっていて、その向こうに魔獣が何体かいた。
鱗のある大きな魔獣だ。
「ギュガァァァーーー!!」
魔獣が咆哮を上げる。
「何だこれは」
「魔獣だろうか。この前の水棲魔獣といい勝負だな」
「リザードマンに似ているな。カエルにも似ているようだが」
魔獣は身体にグリーンの綺麗な鱗があり、金色の瞳は瞳孔が縦長で口から牙が並び、二本足で立っている。身体に布切れのようなものを巻き付けていて、手にも足にも鋭い長い爪が生えていて、背中にあるのはコウモリのような羽だ。
魔獣はもう一度「グゲギャォォーーー!!」と咆哮を上げた。
「ちょっと待って」
後ろからカメラでパシャリとやっていたダールグレン教授が、カメラを仕舞って前に出る。
「あれは、首枷があるな」
教授の言葉にクリス殿下が顔を顰める。身体に巻き付いた布切れの一部が首にも巻き付いていて首枷が隠されている。
「首枷ですか。もしかして隷属の首輪だろうか」
「グギャギャ!」
魔獣が肯定するように吠える。話が通じるらしい。
「なるほど」
教授が魔獣に近付く。
「これはリザートイドかねえ」
「ギャギャ」頷いている。
「ちょいとごめんよ」
ダールグレン教授は無造作に一番大きい個体に近寄ると、首輪に手をかざした。
首輪がぽとりと床に落ちる。
「おお、ありがたい」
低いしゃがれた声が礼を言う。他の二匹も解除すると、へたりこむ個体もいる。
「大丈夫か、薬を──」
「はっ」
トニョが回復薬と傷薬を渡すと「ありがたい」と受け取って仲間に渡す。
「助けて頂き、かたじけない」
見た目に反して優しく大人しい種族のようだ。
「その……、事情を聴いてもいいだろうか。我々はこの公国に先日派遣されて、この国を治めることになったノイジードル王国から来た者だ。知っていようか」
「存じておる。我ら公国の北東にある湖沼地帯に棲まうリザートイドの一族だ」
リザートイドは礼儀正しい様子で答えた。
「ミューリッツ王国にリザートイドの棲む湖沼地帯があると聞いた事があるが、行ってないな。ブルグンドに侵攻されて散り散りになったと聞いたが」
教授がいつものざっくばらんな調子で言う。
「さよう、我ら見た目が厳つい故に討伐の対象になり、山奥の湖に隠れ棲んでおった。しかし、先の侵攻で我らの食料のウィンプルに目を付けられ、放牧の際に捕まって──」
「それはもしかして、ギザギザの歯を持った大きな魚だろうか」
クリス殿下が恐る恐る聞くと、リザートイドは頷いた。
「我らの家畜でござる」
「そうか、家畜か。リナが美味しいと言っていたが……」
「確かに、白身の美味しい魚だったよ」
クリス殿下が溜息の間に呟いて、教授が肯定した。
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