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七章 コルベルク公国編
47 ババのお披露目
しおりを挟む公都の近くの町での女子会の後、ノイジードル王国に戻っていたジョサイアが、公都カランタニアにやって来た。たくさんの荷駄と工兵、職人を引き連れている。そして、ノイジードル王国で結婚したというご婦人を伴っていた。
一緒にクリスティアン殿下と懇意の商会長エルマー一行まで来たものだから、公都カランタニアは俄かに賑やかになった。
すでに割り振りも決めていたようで、割とスムーズに荷駄なども運び入れられ、工人、職人の受け入れ先も決まって早速荷解きをはじめた。
ジョサイアは結婚した商会の娘ダフネと一緒だ。焦げ茶の髪、焦げ茶の瞳のえくぼが可愛い女性だ。何でも笑ってニコニコ話している内に、いつの間にか言いなりになってそうな人。
ダフネの親の商会は始めは木造の家を建てる大工から身を起こし、何代か前に一門で彫刻家として名を上げ教会やら聖堂やらの設計をする人物が出て、それらの建築を請け負うようになって商会も大きくなった。今回、職人やら工人やらをたくさん引き連れて来ている。
「これで公都の復旧もはかどるだろう」
賑やかになった街を見て、少し肩の荷が下りた感じのクリス殿下。
「そうですね。後は山の上ですね」
「まだ何も言って来てないのか? まあ俺は間に合った訳だが」
スチュアートの言葉に呆れ顔のジョサイア。
「山の上で役職を勝手に決めていたようだが、降りて来ないですね」
フォルカーも首を捻る。
「仕事をしない者が上に居座られても困る。議会の承認も無いからすでに居ない者として扱っている」
あっさり無視してしまう殿下。国としての機能を整備して、問題なく回るようになった。後は国内へのお披露目と対外関係の整備と強化だ。
「そろそろだろう。その時はみんな頼む」
「「「うぃーっす」」」
* * *
そんなある日、お茶請けにババが新作のケーキを持って来た。
「どうだ新作のフルーツタルトだ」
タルト生地にクリーム。その上に山盛りの苺が生クリームと共に乗っかっている。フレッシュな生クリームには砂糖が入っていなくて、甘酸っぱい苺ソースと苺、その下のトロッと甘いクリームとサクサク甘いタルトの甘みを抑えてくれる。
「すごいわ、美味しい。後でみんなに配って来るわね」
梨奈はババの作るスイーツにご機嫌である。
「ところで今度皆様を集めてお茶会を開こうと思うの。こちらも大分落ち着いて来たしね。それで今は苺が盛りだし、苺のショートケーキを作ってくれないかしら」
「ショートケーキとは何だ」
梨奈がごく普通に言ったのにババの返事は思いもかけないものだった。
「えー、ショートケーキがこちらの世界にない! どういうことなの?」
「どういうもこういうもないものはない。てかどういうものなんだ、それは」
「信じられない。すっごく美味しいのよ、スポンジケーキに生クリームたっぷり。そして大粒の苺がどっさり、イチゴとイチゴジャムも間に挟めば上出来ね」
梨奈の身振り手振りの解説に、ババは腕を組んでフムフムと聴いている。そして梨奈は閃いた。
「この世界に無いのなら、ババが作ったらいいじゃん」
「俺が?」
「そう、創作監修者ババのショートケーキ。ババの名前が残るのよ。ケーキの名前にはちょっとアレだけど」
「よし、作ってやろうじゃん!」
すぐに梨奈の言葉に乗るババ。こうやってお菓子作りが出来るようになったのも梨奈のお陰なのだ。乗らないという選択肢はない。
「俺の名前はババ・ホルシュタインだ」
牛なのか。と梨奈は思ったが口には出さなかった。
「じゃあ創作監修者ホルシュタイン氏のショートケーキね」
そういう訳で今日はババが料理長から認められたケーキを運んで来て、皆でお茶の時間であった。新参のジョサイアの妻テレーゼもニコニコと側に控えている。
だが見るからに魔族な風体のババにクロチルドは顔を強張らせる。そういえばババは幻惑のピアスを装備していなかった。
「その方は?」
訝しそうな顔でクロチルドが聞く。フォルカーが「ジジの弟だそうだ」というと、クロチルドは少し片眉を上げてみせた。さすが公爵令嬢取り乱したりはしない。今はフォルカーと結婚してクラレンス伯爵夫人だ。フォルカーが財務大臣をしているので財務卿夫人である。
「ババはお菓子作りが得意なの。とても美味しいのよ」
今日のお菓子は苺のショートケーキだ。ついでに梨奈のアイデアでフルーツたっぷりのロールケーキもある。真ん中に生クリームと苺と果物沢山のケーキである。
「まあ、これとても美味しいですわ、クロチルド様もお召し上がりになって」
イルマがまだ手を付けていないクロチルドに勧める。イルマもスチュアートと結婚して、コンラディン宰相夫人である。
「この濃厚でしかも癖のないクリーム、甘酸っぱい苺、沢山のフルーツ……。何よりこのスポンジの美味しいこと」
梨奈の顔はこれ以上ないほどに幸せそうだ。その顔を見て、クロチルドもおずおずと、ケーキを口にする。
「んまあ……」
後はしばらく無言でみんなはケーキに集中した。ロールの輪っかが大きめで食べ応えがあるのだ。うーん。ババを料理長に預けて良かった。
「この材料どこで調達したの?」
早速ババに聞く梨奈にババは気安く答えた。
「コルベルク公国の西域だな」
「そんなのあるの?」
「コルベルクの西は魔族とエルフの隠れ里があってよ」
「へえ、そうなの?」
初耳である。公都カランタニアはコルベルク公国の東北にあって、西部にはまだ行っていない。
「ああ、オレみたいな戦闘がからきしなのとか、アルタみたいな半魔とか、魔領に居られんであっちに行くな」
「そうなんだよ。私も大森林の火災の後、あっちに避難していた」
「ダールグレン教授」
教授はハーフエルフだ。深い森のような緑の瞳であるが、長い髪は銀色で噂に聞くエルフとは少し違う麗人である。
「皆、変わりはないだろうか」
「あんまり変わってねえな」
「そうかい、都護のラーンガウ伯にもその内お邪魔すると言っておいておくれ」
梨奈の知らない人の話が出る。教授は顔が広い。
「その時は、私達も同行しよう」
隣にいるクリス殿下が不意に発言したので梨奈はチラリと彼を見る。とても忙しくてしばらく目の下に隈を飼っていたが、昨今は少しマシマシ殿下である。
「おや、やっと行く気になったのかい」教授の問いに頷く殿下。どんな所かしらと早くも目を輝かす梨奈。
「分かった。今度料理長とオーロックスを狩りに行くんだぜ。そん時に伝える」
「ババは戦闘をするの?」
「オレは獲物を捌くんだぜ。ついでにミルクも絞って来るぜ」
ババが捌くのか。梨奈は慌てて、その時の情景に蓋をした。
「料理長、強いんだ……」
「料理長は大体強いもんだ」
こっちの基準が分からない。でも、ババも料理長に鍛えられたら、少しは強くなるのだろうか。
『ウィンウィン』
スライムは平常運転だが。
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