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七章 コルベルク公国編

45 来襲ジジの弟

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 そういう訳で炊き出しの用意を忙しくしていたら、そいつが現れたのだ。もうほとんど公都が目と鼻の先という町だった。

 腕を組んで長いシアンの髪を靡かせ、梨奈を見ている魔族がひとり。
「お前がリナか!」
 丁度炊き出しの大鍋の前で、ひとりになった梨奈の前に現れて、指を突きつけて問い質す。
 魔族だろうな、角と薄い紫の肌だし。でなけりゃ、こんな広場の真ん中にポンと出て来れない。周りは何人も人がいるけど、梨奈のいる所は丁度壁二つで遮られている。ジェリーが一緒に居るけれど。

「あなた誰?」と、梨奈は聞いたけれど、何だかあの女によく似ている。髪の色がマゼンタじゃなくて、シアンだけど。どっちもド派手な色合いだ。
「もしかして、ジジの弟?」
「そうだ。よく分かったな、人間風情が」
 ビンゴだった。

「姉がジジなら、あなたはババ?」
「さすが、何で分かるんだ」
(いや、ちょっと待って。てか、何で当たるのよ、冗談のつもりで言ったのに)
『食べる―?』
 無邪気にスライムが聞く。
「ダメよジェリー。何か用なの?」
 てか、梨奈は忙しいのだ。三脚に釣った大鍋のお湯が沸いている。お肉を入れようとすると、梨奈の手付きが危なっかしいと見たか魔族は「貸せ!」と、お肉を奪い取って鍋に沿って上手い具合に入れていく。
「よし、次は!?」
(何だろうコイツは)
 梨奈は首を捻りながら、ここらの農家が作っているイモやニンジンなんかの提供された食料を差し出す。
「何だこの切り方は」ババは文句を言いながらも鍋に入れる。
 そして梨奈を見て、思い出したようにキッと睨んでお玉を突き付けた。

「きさま、裏切りじゃなくて、恩返しじゃなくて、お礼参りに近い……」
(何? こいつ、こんなに若くて痴呆症なのか……)
「復讐とか報復とか目には目をとか仕返しとか……?」
「くっ、出来るな、きさま」
 魔族はしゃがんで鍋の様子を見ながら、上目遣いに梨奈を睨みつける。
「はい、味見してくれる?」
 梨奈がお皿を差し出すと「む」と皿を受け取り味見して「まあまあだな」と口角を上げた。ジジの弟というだけあって、魔族のなりをしていても顔は整っている。

「それでどうするの?」
 梨奈の言葉にハッと自分の目的を思い出したババは、立ち上がってビシッと梨奈を指さした。
「きさまを殺ろ──」
『食べる―!』
 しかし、きっちり全部言う前に、側に居たジェリーがガバァと伸び上がって、襲い掛かった。
「キャー!」
 ババは悲鳴を上げて蹲った。ジェリーは強い。てか、ジジと違ってこの弟は弱すぎる。梨奈は慌てて、魔族にどばぁと覆い被さったジェリーを掴んで引っ剥がした。
「ちょっと待ちなさいって、ジェリー」
「ゼイゼイ……」
 魔族ババはジェリーの消化液を少し喰らったのか、着ている服が少し穴あきになってしまった。

 丁度そこに、この前合流した魔族が二人、心配して駆け付けた。
「主殿、さっき一瞬殺気を感じたが、何事か」
「トニョ、アルタ。手当てしてあげて」
 そこに蹲っているババを見て、魔族は顔を顰める。

「何コイツ、どこかで見たような気がするケド」
「おめえ、ババじゃねえか。何しているんだ、主殿になんかしたら許さねえぞ」
 トニョがババの襟首を掴む。
「でも、この子弱いのよ」
「じゃが」
「ねえ、ババ。アンタなんか出来るの? 特技は?」
「オレの特技は魅了だ!」
 それはダメだ。
「やっぱり殺そう」
 トニョがババの襟首を持ち上げる。
「わわわ、待ってくれ。まだ修行中だ」
 慌てるババにアルタの口撃。
「そこまで育ットイテ、修行中はナイ」
 アルタのイントネーションは独特だ。しかし、顔は童顔で小中学生位にしか見えない。魔族の齢って分からないな。
「うっ、オレは出来損ないなんだ。一族で一番不出来なんだ。人になら勝てるかもと思ったが甘かった」
 泣き落としか。弱々魔族なのね。
「相手の実力も見れんで呆れたもんじゃ」
 トニョはまだババの襟首を掴んでいる。

「どうしたんだい」
 そこにダールグレン教授がやって来た。面白そうな事には首を突っ込む人だ。
「この子、ジジの弟でババっていうの」
 教授が来てやっとトニョに手を離されて、ババはそこにへたり込んで涙目だ。
「ふうん、何か出来るの?」
「うっ、お、オレの特技は……、菓子……作り……」
「マー、戦闘魔族の一族で料理作りとか、恥ずかしイ」
 アルタが恥ずかしそうな顔をする。クリクリの黒髪に蒼い瞳がちょっと染まって紫っぽい。何か可愛い……。
 しかし、それよりもだ。梨奈はその言葉を聞き逃さなかった。

「まあ、お菓子作りって、ステキじゃない。何か作って──。ミランダ」
 教授の後から来たミランダを見つけて早速相談する。
「はい」
「この子、菓子作りが得意なんだって、料理長に鍛えて貰ったらどうかしら」
「そうですわね」
 ミランダが品定めするように目を細めてジッとババを見た。

「戦闘魔族のオレが、菓子作りなんぞー」
 まだ抵抗している。
「何言ってんのよ! 菓子作りの大変さを知らないの? お菓子作りこそ、体力なしでは出来ないのよ」
 梨奈は滾々と自分が菓子作りで格闘した時のことを語った。
「泡立てやら、ダイコンやゴマのすりおろし、材料を捏ね回す力とか、パンだって何度もバンバン叩いて捏ねるのよ。その絶妙な力加減、戦闘と何が違うの!」
 全然違うと誰も言わないで、皆微妙な顔で聞いている。

「更には材料よ! 雉鳥の巣を探して、こそっと卵を採って来て、ミツバチの巣を見つけて蜂と格闘し、高い木に登って木の実を採って来て、サトウキビを採って砂糖を作って、そしてオーロックスからミルクを搾って──」
 ちょこちょこ聞いた、適当な料理の材料の知識をひけらかす。
「一体どれだけの労力がかかると思っているの!」
「そうか!」
「そうよ!」
 ババは単純に目をキラキラさせたが、梨奈だって負けずに単純だった。ただ美味しいお菓子が食べたいだけだ。

「目指すのよ! あのパティシェへの道を! パティシェの星になるのよ!」
『なるのだー、お菓子―』
 梨奈とジェリーに乗せられて、頑張るババの物語ここに開幕。
『ウィンウィン』
 能天気なスライム音頭に送られて、ババはミランダに引き摺られた。
 ミランダにあっさり引き摺られて行くババを、みんな呆然と見ている。ミランダ恐るべしと。
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