異世界転移したら断罪の現場でした。頼る人が婚約破棄した王子しかいません

拓海のり

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七章 コルベルク公国編

41 最初の町で炊き出し

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「仕方がないな。引き続き、そのルーカス・ファン・コルベルク侯爵一味の動静を調査しておいて欲しいが──」
「このギード・ヘーゲル中尉を隊長とした先遣部隊に、トニョとソラノとアルタも付けて、交代で見張らせましょう」
 ジョサイアが提案する。その横にはジョサイアに負けない位ガタイのよい黒髪蒼瞳の騎士がいる。
「私の方からも応援を出しましょう。こちらはダフネ・ヘンケルス少尉に魔術師の分隊です」
 シドニーもローブを着た魔法騎士を推した。こちらはマホガニー色の髪の女性である。
「ヘーゲル中尉とヘンケルス少尉か」
 クリスティアン殿下はどちらも顔見知りの方のようで頷いている。
「我らが公都に着任するまでに公都の様子や彼らの事を調べておいて欲しい。正面から行くのは私たちが着いてからだ。なるべく気取られぬように情報を集めてくれ。しかし彼らが何か仕掛けて来るようなら戦闘はなるべく控えてこちらに合流してくれ」
「「はっ」」
 二人は殿下から魔道具の入ったバッグを受け取って、準備のために引き下がる。

「コルベルク公国はブルグンドに征服されたんでしょう? そんな人達サクッと掃除した方がいいです。片付けましょう」
 梨奈はジョサイアとシドニーの報告に切れてクマゴリラ化しそうであった。

 大体、一族なのに自分だけ逃げて生き延びて、のうのうと居城を不法占拠しているのに、国は荒れ果てたままで管理も統治もされていないとは、どういうことなのだ。跪いて迎えに来たのであればまだしも、こちらの悪口をばら撒いて、国民を不安に陥れるとは。

 最近腕を上げつつある梨奈は、もうやる気十分であったが、クリス殿下に引き止められた。
「じゃあ、ブルグンドみたいに悪夢を見せますか?」
「待て。彼らはこの公国の公族なのだ。自分たちに権利があると主張するかもしれんし、あちらが正しいと思う者も現れるだろう。力付くは最終手段として、今は疲弊したこの国を回復しながら見回って知るのも良い」
 言う事は分かるが梨奈はクマとゴリラの子供である。まだ目が三角のままだ。この振り上げた拳をどうしてくれよう。

「リナ、お前は火の玉だな。まあ、いざとなったらお前に頼もう。その時は、あいつらのやり様を大きく吹聴して、糾弾して、女神の怒りを好きなだけ落してやれ」
「それって、いつになるんですか」
 梨奈は少し恨めし気に聞く。
「向こうはこちらに来る様子はなさそうだし、まあ、公都カランタニアに着くまで大分あるからねえ」
 ダールグレン教授がのんびり言って、そうかと、思い直した。戦争は先に手を出した方が負けだという。相手国に戦争の口実を与えるからだ。大義名分のある方が遠慮なく戦いやすい。
 相手の次元にまで落ちないでもっと高尚になるべきね、と梨奈は拳を握る。

 それより、まず目の前の惨状である。
「この町の町長はいるのか?」
「はっ」
 兵士が連れて来た老人を引っ張り出す。薄い胡麻塩頭の痩せた老人である。
「お前がこの町の長か」
「はい、ホルムと申します」
 老人は恐る恐る答えた。

「炊き出しをするが、ここでよいか」
「は、はい」
「皆を呼び寄せよ、手伝える者は手伝え」
「はいっ」
 老人は家のものを呼んで家々を回り、怯えて引き籠っていた人を広場に集める。

「リナ殿下、炊き出しでございますか」
 ミランダが聞く。後ろに侍女がいると思ったら、クロチルドとイルマが質素なドレス姿でいた。彼女らの連れてきた侍女も一緒だ。
 この方達にも大変な思いをさせてしまったと思ったが、案外ケロリとしている。
「では、早速準備を──」
「リナ殿下もエプロンをお召しになってください」
「はーい」


 こちらの世界にはドロワーズという下着がある。ペチコートとパンツを一緒にしたみたいなものだ。梨奈がそれに改良を加えてスパッツとか、ダボパンツみたいな履きやすい下履きが欲しいと絵で描いた。

 すると、パタンナーの才能があるミランダがデザインから型紙を起こし、配色のセンスが良いイルマが布地や柄を選び出して、刺繍が得意で、裁縫もお手の物であるクロチルドが見本を縫う。梨奈が色々な衣服の絵を描くと、それを三人がたちまち型紙にして布を合わせ縫い上げる。

 男たちが戦争に行っている間に、何着か作って、ドレスの下に着こんでいる。冬は防寒もかねてビロードとかウールとかシルクで作った。ついでにエプロンドレスやキャミソールドレスみたいなものも作った。出来上がったものを身体に当てて、みんなで楽しく盛り上がった間は気が紛れた。

 梨奈たちはそれを着こんで炊き出しをする。最早、そこらの平民と同じ格好だ。


 男たちが広場にかまどを幾つか設えて火を起こす。クロチルドとイルマは手馴れた感じで、大鍋を出して乗せ、水を入れると、肉と野菜を入れて煮込みスープを作る。
「すごいわね」
「食料は公爵家の倉庫から、たくさんいただきました」
「わたくしもこちらに共に行くと申しましたら、親兄弟が持ち寄ってくれまして」
「まあ、素敵ね」
 梨奈も負けじと西の森離宮から、さらばえてきた食料を出そうとすると、クリス殿下が引き留めた。

「公都カランタニアまで十日以上かかる。途中各町で食料を配るからな」
「まだそんなにかかるの?」
「公道を修復しながら行くから、余計に時間が掛かるだろう。最初の町でこれだからな」
 町の人々はボロを纏い痩せ細っていたが、それでも健気に立ち働いている。

 広場に温かい湯気といい香りが漂い、あちこちで固まって食事をとる風景が広がる。町長のホルム氏は地主階級の人物で、クリス殿下やダールグレン教授たちと一緒に、食事をとりながら話している。

 町には男手はあまりない。いてもどこか怪我をしている。殿下と同じか、少し若い中学生とか高校生位の子たちが男手として駆り出されて、ジョサイアたちと一緒に力仕事をしている。


 炊き出しの後片付けを終えると、クリス殿下が来て声をかけた。
「みんな疲れただろう」
「そうでもないですよ」
「楽しんでいます」
 マジックバッグに詰めるだけ詰め込んで、荷物も少ない馬車の旅である。
 行く先々で引き留められるし、主に盗賊とか兵士崩れとかだが、地元の人々は優しいし、宿も貸してくれるし。

 コルベルク公国が一番ひどいというか、一番ひどい目に遇ったというか、そんな所を押し付けられた殿下は少し沈んでいる。申し訳ないとか思っているのかな。

 梨奈はどうすればいいのだろうか。これはまだ物語の一歩で、この先に途轍もない長い物語が続くのだろうか。それとも一瞬で終わるのか。
 でも隣に愛する人がいて、自由に統治できる国があって、他に何を望むべきか。
 やりたい事がやれるんだ。決して後戻りはできないけれど、試行錯誤はしてもいいよね。
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