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三章 魔族ジジ

15 誰が王子に魅了をかけた

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 クリスティアン王子は王都警備の王国軍第二騎士団を呼んだ。公爵邸はただならぬ雰囲気に包まれたが、魔族が出たとあっては仕方のない事である。
「ラフォルス公爵。黙っておいてやる」
 低い声で王子は囁く。
「な、何を……」
「一つ貸しだ」
 何が、いったい何があったというのか。
 王子は背を向けて公爵邸を出て行く。

 屋敷に帰ればクロチルドが放心したようにソファに身を投げ出していた。
「クロチルド、何があったのだ」
「お父様……」
 表情の変わらないクロチルドの瞳から、ころころと大粒の涙が転がり落ちて公爵は驚いた。貴族令嬢として完璧な筈の娘が壊れた。一体何があったのか。


「クリスティアン殿下!」
 王国軍第二騎士団と一緒にやってきたのは、騎士団長の次男ジョサイアだった。
「ジョサイア。元気か」
「はい! 殿下こそ、ご無事で」
 大きな男がもう泣き顔である。
「ランツベルク将軍にお許しをいただいて、これからも殿下の護衛をいたします」
「そうか」
 クリス王子は頷いた。

 王子は理不尽だと思っていた。
 あの時、魅了にかからない、かかりたくない、自分で防いでみせる、そう思ったのに、今、弾いたのは梨奈のかけてくれた何かだった。
 とても強力な、クロチルドに取り憑いていた魔族ジジが、梨奈の力で弾け飛んだのだ。

(理不尽か、そうか、そうだな。私は自分の意志で魅了を防ぎたかった。リナもそうかな。だが自分の意志で、私を選んでくれるだろうか)

 クリス王子は夢で見た男の手練手管を真似ている。
 まだ危うい梨奈の心──。絶対に逃がすものかと思っている。

 ジョサイアを連れ、王子は魔法省に向かった。

  * * *

 魔法省のダールグレン教授の部屋に帰ると、梨奈が飛んで出迎えた。
 ジョサイアが王子を守ろうとする間もあらばこそ、王子の手が伸びて梨奈を引き寄せた。抱きしめて髪にキスをする。
「殿下、その、まだ魅了にかかって」
 ジョサイアが恐る恐る聞いた。メイドの格好をした少女だ。栗色の髪に榛色の瞳で、ピンクの髪のマリアとは明らかに違う容貌だ。
「いや、魅了は解けた。彼女はリナだ、私の魅了を解いてくれた。この男は騎士団長の次男ジョサイア・コーベルガー」
「はじめまして」
 梨奈は恥ずかしそうに挨拶する。

 ジョサイアにとって初めて見る少女だった。メイドの格好をしているが、王子と位置が近すぎる。多分メイドではないのだろう。
 それより部屋の中、ダールグレン教授とシドニーと一緒にいる少女にギョッとする。思わず剣に手をかけようとするが、「この子は違うんだ、ジョサイア」教授とシドニーが首を横に振って引き留めた。

「シドニー、回復したのか?」
「ああ、殿下からアミュレットを貰っていたし、バリアも張っていたのに、口惜しいよな、何でかかったんだか。まあ、おかげで回復早かったけど」
「同じだ、シドニー。この借りは返さないとな」
 ジョサイアは拳を握りしめる。
 
 梨奈は気づかわしげにクリス王子を見ている。
「どうした?」
「だって、ジェリーが──」
『あんた、何か攻撃を受けたー? こいつは大丈夫だって言ったのにー』
 梨奈は何となく気が付いた。攻撃は魅了だ。
「私は大丈夫だ」
 でも、クリス王子は何も言わない。

 魅了の攻撃をかける人って、誰? ジジが居たのだろうか。
 でも、魔族がそのままの姿じゃかけられないだろう。
 誰かに乗り移って魔法をかけた筈だ。スライムがそう言っていたではないか。ずっと憑いていられないから、ジェリーを介在して魅了を維持しているって。

 誰に取り憑いて──?
 さっき殿下は何処に行った? ラフォルス公爵邸に行ったのだ。

 悪役令嬢。公爵令嬢クロチルドがいるじゃないか──。
 なんで王子は言わないのだ。
 だって、元婚約者じゃないか。

 夜会で見た、この世界で一番最初に目に入ったのは、悪役令嬢クロチルドだった。プラチナブロンドの髪と紫の瞳をもつ美しい公爵令嬢。
 クリス王子にはクロチルドの方が似合う。
 クロチルドと一緒なら、この人は王太子にも、王にもなれる。
 あんな蔑んだ冷たい瞳で、誰からも見られることも無く。

(私、この世界にいていいのかしら)

 何処にも行き場がない。
 この人の側しか居場所がないのに──。

  * * *

「ところで魔法陣だが、解析できたよ」
 ダールグレン教授が嬉しそうに言う。
 みんなが教授の広げた魔法陣の用紙の周りに集まった。

「魔族独特の術式が織り込んであるから、ちょっと手間取ったが、どういえばいいのかな。多分もう一個魔法陣があるんだ。そっちに向かって呪文を唱えると、この魔法陣から呪文が紡がれる」

 テレビ的な? じゃなくて電話みたいな?
「それって一方通行なの?」
 梨奈は普通に聞いた。
「うん?」
「ほら、両方向だったら会話できるでしょ」
「「「──! ふむ」」」
 その後、教授とクリス殿下とシドニーが興奮したように議論を始めた。

 しまった、何か余計な事言ってしまったみたい。
 でもまあ今すぐにどうこう出来るものでもなくて、極秘懸案事項として、ダールグレン教授が預かることになったようだ。


「それじゃ、離宮に行くか」
 王子が気持ちを立て直して言う。
「はい」
「私も行きます」
 ジョサイアとシドニーが頷く。
「リナはジェリーと一緒においで。離れないように」
『はーいー』
 梨奈はジェリーに託された。

 クリスティアン王子はダールグレン教授に丁寧に腰を折る。
「教授、ありがとうございました」
「ああ、私も遊びに行くよ」
「お待ちしています」
 魔法庁を出て用意された馬車に乗った。
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