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二章 規格外スライムとエロ王子

12 再び国王陛下の執務室

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 振り向くと殿下は軍服を着ていた。
 濃いミッドナイトブルーの上着にグレーのパンツ、黒いロングブーツ。腰に佩刀。羽織ったマントは黒地で裏地と裾に金と銀糸で刺繍がしてある。
 なんでこの人、こんなにかっこいいの。
 呆然として見惚れてしまう。
 
「行くぞ」
(そんな色っぽい流し目をして言わないでくれる?)
 クリス殿下は今日は眉を顰めない。ジェリーの魔法陣が無くなった所為だろうか。それとも、このピンクの可愛い女の子の外見が──?
 あ、なんかいじけたい気分──。
 殿下はぐずぐず考えている梨奈の手を取って、さっさとドアを開けた。

 ドアの外には昨日と同じ護衛の騎士が二人居た。
「殿下、お出かけの前に、国王陛下がお呼びでございます」
「分かった」

 広い回廊を殿下にエスコートされて歩く。
 高い天井はアーチ型で、太い大理石の柱が何本も立ち並び、綺麗に整えられた庭園には、名も知らぬ花が咲き誇り、遠くに噴水が見える。

 空気の匂いが違う。空の色が違う。耳に入る音が違う。建物が違う。歩く人の姿が違う。

 別の世界であった──。

 昨日は動転していて、異世界にいるという実感も、日常から遠く離れた見も知らぬ場所に居るという実感も無かった。
 梨奈はただただ押し流されただけだった。

 どういう訳か言葉が通じる事だけがありがたい。
 そんなことまで分かっていなかった──。

 恐ろしい。自分は一人だ。
 この世界を何も知らない。
 それなのに、もう帰れないかもしれないのだ──。

 恐ろしいほどの孤独の中で、梨奈には自分をエスコートするクリスティアン王子しか、頼れる者がいないのだ。


  * * *

 国王の執務室の前まで来ると、近衛兵が待っていて「国王陛下がお待ちです」と扉を開けた。部屋の中には威厳のある方々がいて、クリス殿下と梨奈が入室すると、ふたりに対して厳しい目を向ける。
 有力者の娘と大勢の前で婚約破棄したバカ王子と、王子を誑かした常識知らずのふしだら女だと思われているのだ。
 昨日から護衛としてついていたルパートとアンソニーは、部屋にいたランツベルク将軍に報告をすると部屋を出て行った。


 国王陛下の前に跪くと、さっそく「クリスティアン。ラフォルス公爵が、了承してくれた」と、切り出した。
「ありがとうございます。この後、お詫びに行きます」
「うむ」
 国王は頷いて、すぐ次の話に移る。
「隣国ブルグンド帝国だが」
「はい」
「国境近辺のオフジェ砦に不穏な動きがある。近隣の村や町の住人が避難しておると聞く」

 それはオフジェ川の近くの小高い丘にある砦で、このノイジードル国王都から一番近い隣国ブルグンド帝国の砦である。
「しかし、昨日から動きが止まったと報告があった」
 クリス殿下は黙って陛下を見守る。
「我らもこちら側の砦を固め、出兵の準備を進めておるが──」
 王は顎を撫でて言う。
「そなたにも出番が来るであろう。それまでは謹慎しておくよう」
「はっ」
「ところで昨日の熱源はなんだ」
 思いついたように国王が聞く。
「は……、熱源は管理いたしますれば、もうこのようなことはないかと。念のため西の森離宮にて謹慎をいたしたいと心得ます」
「そうか」
 クリス王子の要領を得ない返事に、陛下は梨奈をちらと見る。熱源の犯人である梨奈は着ぐるみの中で首を竦めた。

「ランツベルク将軍」
「はっ」
「甥っ子はどうか」
「今日になって大分しっかりしてまいったようですが」

 すっかり忘れていた。そう言えば、パーティ会場で殿下には取り巻きがいた。
 小説とか漫画では、宰相の子息、宮廷魔術士の子息、侯爵家の子息、騎士団団長の子息、後どんな人がいたか、梨奈の後ろにいたのは四人だった。騎士団の子息は定番だとしてあと三人はどういう身分だろう。

 クリス殿下が元に戻ったから、他の方も戻っただろうか。
 自分が魅了したわけではないけれど、ここの重臣達には自分がやったと思われている訳で、居心地が悪い。冷や汗たらたらでいると、王子があやすように手を重ねてきて、尚更、居心地が悪くなった。
 俯いて大人しくしているが、きっとこの方達は、ものすごい顔をして梨奈とクリス殿下を睨んでいるだろう。

「そうさな。だがこの代償は払わねばならぬ。なあ、クリスティアン」
「はい、如何様にも」
「仕方がないの」
 この流れはもしかしたら、臣下に降格とか、王位継承権剥奪とか、平民に……。
その先は考えたくない。けど、殿下が失脚して嬉しい人もいる……、のか?

 国王陛下は続けて言う。
「西の森離宮には急いだほうが良い」
「はっ、今日の夕刻には出立いたします。これより魔法省に向かいます」
「そうか、ダールグレン副長官によしなにな」
「はい、お伝えいたします。では、失礼いたします」
 殿下は梨奈を伴って出て行く。
 部屋にいるお歴々を見ると、苦々しい視線、冷たい視線、嘲笑が返った。
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