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二章 規格外スライムとエロ王子
11 仲がいいのは良いことだ
しおりを挟む朝は遠慮なく来た。目を覚ましてまだ薄暗い部屋を見回す。
「ここ何処?」
梨奈は知らないベッドにひとりで眠っていた。段々と昨日のことを思い出す。
このベッドは昨日寝た広いベッドだ。まだ自分の家に、自分の世界に帰っていない。昨日のままの世界だった。がっかりしてベッドの上に座り込む。
そういやピンクのスライムと王子は何処に行ったのだろう。もしかして今までのことはどっきりカメラで、これから帰れたりするんだろうか。
しかし、天井からポタンとピンクの丸いものが落ちて来て、ベッドの上にグニョンと広がると「ぎゃああぁぁーー!!」と叫んでしまった。
隣の部屋からクリスティアン王子が顔を覗かせる。
「リナ、起きたのか」
にこりと笑う王子の顔を見てボンッと梨奈の顔が染まる。どういう訳か昨日のカウチの上での出来事が、ありありと浮かんで梨奈の頭でぐるぐると再生された。
「朝食の用意が出来ているが、シャワーを浴びるか」
王子はそ知らぬ様子で手を取ってエスコートしながら梨奈の身体を引き寄せる。手を取った時、ピクンと梨奈の身体が反応して、魔紋が上手く機能していると内心でよしっと頷いたが、梨奈が顔を見ると何食わぬ顔でシャワー室に案内する。
「もう、急に落ちて来ないでよ、びっくりしたわ」
梨奈は全部ふたりの周りでプルプルしているジェリーの所為にする。
「大体何でこんな奴がいるのよ」
「スライムは無害化されて清掃と浄化に使われる。王宮にもたくさんいる」
「へえ、そうなんだ」
スライムって便利なんだ。
「こんなふうに悪用されている奴なんか、聞いたことがない」
王子が綺麗な顔を顰める。
『オイラは希少種なんだー、滅多にいないんだぞー』
ピンクのスライムが伸び上がったり縮んだりしながら自慢げに主張する。
シャワーを浴びて、ベーコンエッグにパンとコーヒーの朝食をとった。
「これから魔法省に行くんだ。リナも連れて行く」と王子の言葉。
「魔法省ですか?」
「そうだ。魔法省副長官で私の恩師のアンフィン・ダールグレン教授の所だ。安心して君を預けられるのは彼の所しかない」
「そうですか」
そういえば、昨日国王にそんなことを言っていたような。帰る方法ももしかしたら知っているかもしれない人だわね。クリス王子は昨日のエロ王子から気配り王子にジョブチェンジしている。
「その、聞いてもいいですか?」
「何だ」
「どうして魅了されたのですか? 夢を見たそうですし、準備も警戒もしていらっしゃったのに。希少種だから魅了できるの?」
「魅了された時のことを覚えていないんだ。まだ頭の中で魅了されてからの出来事は薄く靄がかかっている状態だ」
魅了の後遺症だろうか。
「あんたが魅了したんでしょ」
ジェリーを問い詰めると、
『ジジは遠くから魔法陣で魔法操作出来るんだー、魅了に抵抗がある奴はジジが魅了して、ずっと憑いていられないから、後はオイラが操るんだー』と暴露する。
クリス王子と顔を見合わせた。何と、王子を魅了したのはこのジェリーじゃなくて、ジジという魔族なのだ。魔族の魅了って強力なのか。
「ジジも着ぐるみを着るの?」
『着ぐるみってなにー? オイラ、知らないー』
思いがけないジェリーの返事であった。
「え、ぬいぐるみとかあるでしょ、クマさんのお人形とか。あれを大きくした中に人が入るの」
『そんなの、したことないー。人がこっちに来たら、オイラすぐ食べてたしー、ジジは食べないしー』
ジェリーがブワッと広がって襲う真似をする。目の前にうねうねした触手らしき物や、触角らしき物や、ヌメヌメしたナメクジらしき物の合体が広がった。
「うぎゃ、何すんねん!!」
バチン!
梨奈の必殺クマパンチが決まって、ジェリーがベタンと床に広がる。
『うっうっうっ、主ー、酷い―』
「何がひどいのよ、主人に襲い掛かるなんて、サイテー!」
『襲わなーい、でも分かったー。主、こっち来た時、呪文みたいに言ってたのソレの事かー。主の呪文で、オイラは着ぐるみになったんだー』
「なにそれ、私、呪文なんか……」
『言葉が力を持つ感じー、魔族に近い感じかなー』
どういうことだろう。
クリス王子はふたりの攻防を面白そうに眺めている。少し腕を組んで考えてる風だったが「そろそろ用意をしてくれ」と声をかけた。
「私、まだコイツを着なきゃいけないんですか?」
「魔法省で着替えてもらうから、それまで我慢してくれ」
昨日グダグダになったジェリーだけど、着ぐるみになれるかと聞いたら、もちろんという返事。
「あんたって、直にしか着れないの?」
『間に異物があるとー、造形が崩れるー』
(ムッ、人食いスライムの癖に、芸術家気取りするのか)
「昨日みたいに、いきなりずり落ちたらどうするのよ。痴女で捕まってしまうわ」
「ローブを着ていけ」
殿下が黒のローブを寄越した。サラッとしたシルクみたいな生地で、裏地が臙脂色で綺麗だ。
ベッドルームの奥のドアは化粧室で大きな鏡があった。
ローブを羽織って、部屋着を脱ぎ落すと、スライムが伸びてぐるぐると巻き付いてきた。顔まで来るとちょっと怖い。
「食べないでよ」
『食べない―』
問題なく息が出来て、昨日と同じピンクのヒロインが出来上がった。
「髪の色とか変えられるの?」
『少しならできるぞー』
「じゃ、もっと色を薄くして。銀色にピンクが乗る感じで。胸をもっと小さくして、歩きにくいのよ。この服いやよ、紺色にして胸あまり出さないでね。センス悪いわね」
『オイラの趣味じゃないよぉー。主ー、細か過ぎー』
げんなりとした様子のジェリーに、梨奈を呼びに来たクリス王子が加勢した。
「程々にしておけ、別人になってしまう」
「──はい」
「ええと、ジェリーは私の使役している魔物で、クリス殿下は王子様で──」
「何の問題もない」
『そうだなー』
いや、仲が良いのはいい事か?
「私が一番下っ端みたいな……」
なんか釈然としない。
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