異世界転移したら断罪の現場でした。頼る人が婚約破棄した王子しかいません

拓海のり

文字の大きさ
上 下
2 / 70
一章 異世界に転移しました

02 裸のヴィーナス

しおりを挟む
「どうしたんだ、マリア」
 男は驚いて心配そうな顔になった。いきなり梨奈を軽々と抱き上げて歩き出す。
 ざわざわと揺れるホールに「すまなかった。そのままパーティを続けてくれ」そう言い残して、どこかに連れて行く。

 何をするんだ。どこに連れて行かれるんだ。
(私はマリアじゃなーい! 人生初のお姫様抱っこが人違いとか、ないわー!)
 梨奈は痛む頭を抱え、心の中で叫んだ。


   * * *

「殿下!」
「人払いをしろ、誰も入れるな」
「はっ」
 バタンと音がして、どこかの部屋に入った。
 ソファに下ろされてやれやれと目を上げる。

 まだ頭が痛い。それに視界が悪いし、身体が重くてうまく動けない。
 梨奈を運んできた金髪男を見ると、どういうわけか宙を見て呆然と突っ立っていた。

「ちょっと、ファスナーを下して」
 こんなピンクの髪も大きな胸も梨奈のものではない。
 これは着ぐるみだ。絶対着ぐるみだ。梨奈は決めつけた。春休みに遊園地のイベントで着た着ぐるみの感覚によく似ている。
 こんな着ぐるみは早く脱ぎたい。

「え……??」
 まだ呆然とする男を急かす。頭が痛いし身体が重いし、ブツブツ言う声がとても五月蝿くてまともに話も出来ないのだ。
「これは、着ぐるみなの。早くファスナーを下ろして!」
 そう、きっと自分は着ぐるみを着せられているのだ。ピンクの頭に胸の大きな男爵令嬢の役の着ぐるみだ。

 梨奈はソファから立ち上がって男の前に行き、後ろ頭を手探りで掻き分けて探す。そして目的のものを見つけた。
「これよ!」
 手に当たった四角い金属を引っ張って、男に見せる。
「これか? 下ろせばいいんだな」
 男は梨奈に確かめると、力いっぱいその金属を引き下ろした。
 ばさりと床にドレスと髪のピンク色が広がる。


「ふう……」


 梨奈は息を吐き、ゆっくりと首を振り上げた。
 栗色の髪が、彼女の顔を追うように、弧を描いてゆっくりと背中に落ちて行く。

 つんとした鼻、形の良い唇、顎から喉への美しい横顔のラインが、形の良い胸につながってゆく。白く滑らかな肌。

 もう一度、フルフルと顔を横に振ると、しなやかな栗色の髪がさらさらと白い背中で揺れた。


 ふと傍に立っている男を見上げる。
 金髪のイケメン男はじっと彼女を見ていた。
 頭の天辺からつま先まで何度も視線が往復する。
 梨奈の視線に気が付いて、彼は顔を真っ赤に染め、手で口を覆って横を向いた。

(ええと……)
 男が文句を言うかと思ったが、この反応は予想外であった。
(一体……? え……!?)
 何かスースーする。梨奈は自分の身体に目を落とした。

 何と! 着ぐるみを脱ぐと、下には何も着ていなかった!!
 素っ裸! という言葉が、梨奈の頭の中をぐるぐる回る。しかも目の前の男に全部見られていた。顔が何度も自分を上下したのだ。一体、何往復見たのか。

「きゃああぁぁぁーーー!!」
 梨奈は盛大な悲鳴を上げて、足元にある着ぐるみに蹲った。胸元まで着ぐるみを引っ張り上げて男を睨む。

「何、見てんのよぉぉーーー!! バカ、エッチ、チカン!!!!!!」
 男は慌てて自分の騎士服の上着を脱いで、梨奈に着せかけた。男の着ていた服の暖かい空気と纏っていた香りがふうわりと梨奈を包み込んで、なおさら居たたまれなかった。

 男はコホンとわざとらしく咳払いをして仕切り直した。
「君は誰だ? どこから来たんだ?」
 どこからどう見ても、ヒーローポジションの、背が高くてスタイル抜群でイケメンだけど、まだ大人になりきっていない青年だ。

 サラサラの金色の前髪を額に流し、長い髪を後ろに緩くリボンで括っている。きりっとした眉に切れ長の透き通るような青い瞳が、きつく睨むように向けられる。

 とてもバカ王子には見えないけれど、バカ王子なのだろうか。このピンクの髪の女に誑かされるなんてバカ王子に決まっているが。

 部屋の中に二人っきり。王子は人払いをしたようで誰もいない。大広間に取り巻きがいたようだがどうしたんだろう。すぐ外にいるんだろうか。
 婚約破棄をするバカ王子とヒロイン役のアホの私とか最悪のメンツだ。今すぐ逃げ出したい。しかし、全く知らない場所にいて、着る物も何もない素っ裸とか、逃げるに逃げられない。ざまぁがあればバカ王子と一蓮托生とか泣きたい。

 しかも、梨奈の責任ではないけれど、状況は真っ黒だった。梨奈がこの着ぐるみを操っていたと思われても仕方がない状況なのだ。
 取り繕っても始まらない、事実を簡潔に告げるのだ。彼とは一連托生なのだから。
 梨奈は腹を括った。

「私は梨奈。多分、異世界から来たの」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...