14 / 15
14 揺れる心
しおりを挟む放課後になって、部活に行く前に今度は昴がやって来た。昴は俺を見て唇を噛み締めた。どうやら昴にはばれたようだ。
「あのヤロ…」と低い声で呟いた。
「渉。俺が何とかする」
「昴…? 何とかって、お前、悪いことするんじゃないぞ」
昴は俺の言葉を聞いて少し悲しそうに笑った。
「大丈夫だよ。きっと助け出してあげるからね」
そう言って昴は俺の身体をふわっと抱きこむと、身を翻して駆けて行った。
俺はやっぱりお姫様なのか。すると藤原は悪の大魔王だろうか。いや、ヤマタノオロチだっけ。どうせなら助けられるお姫様じゃなくて、剣を振るってやっつける方がいいなあ。
結局、葉月さんと一度会って話すことになった。
その日、部活の連中とガットを買いに行くと運転手に言い訳をして、部活の後、皆と一緒に街に飛び出した。テニスショップで俺だけ別の出入り口から出て、葉月さんとの待ち合わせ場所に急いだ。
街はもう十二月。俺の誕生日はクリスマスの後だったりする。
待ち合わせ場所のコーヒーショップに葉月さんは先に来て俺を待っていた。
俺が駆けつけると驚いたように俺を見て、ふわりと優しく笑った。何だか胸がきゅうとするぜ。乙女ちっくな気分だ。
「何だか段々きれいになるね、君は」
カウンターの隅っこ。隣に腰を下ろした俺に低い声で囁いた。うう…、頬が染まる。そういう台詞を聞くと、何かこう背中がゾワリとするんだが。
「東原から君の事を聞いた」
(東原って…)
俺の頭の中に細い眼鏡をかけた男と、言った言葉とが同時に浮かび上がった。
(葉月さんははるちゃん人形を持っているのか)
俺はそっと葉月さんのカバンを見たがそんなものは何処にも付いていなかった。でも、葉月さんはあの天使が好きだとはっきり言ったんだよな。
「東原は君を引き取った藤原という男と知り合いだというんだ」
俺は藤原というオヤジのことをどのくらい知っているんだろう。歳が三十一でおっとりとした外見と裏腹に筋肉質な肉体を持っていて、家柄がよくて、広い屋敷に住んでいて、ホテルとか変な人形を作る会社とかやっていて…。オヤジはヤマタノオロチそのもので、知る度にいくらでも違う首が出て来る。
「藤原という男はいろんな事業を手広くやっている男で、俺にとってはたまらなく胡散臭い人物なんだ。どうやら東原とも付き合っていたようだし──」
葉月さんは今何と言ったんだろう。付き合ってって、どういう付き合いだというんだ。俺は何を動揺しているんだ。
あのオヤジは上手かった。知り尽くしている感じで……。だから。
「この前君達が来たとき、東原がいやに君に絡んでいたのが気になってね、後で問い質したんだ」
隣に座った葉月さんの言う言葉が俺の頭を掠めて通り過ぎて行く。
「君は借金の形に引き取られたんだって?」
(あの眼鏡はそんな事まで知っているのか?)
「藤原という男は得体の知れない奴だし、何か君に酷い事をしてやしないかと気になってね。手遅れになってはいけないと思って来たんだ。もしよかったら、力になるよ」
葉月さんは力強くそう言ってくれたけど、何で俺の頭は急に考えることを止めたんだ。オヤジの顔と細い眼鏡をかけた奴の顔がぐるぐる回って、俺の頭の中でとんでもない映像を作り始めて、俺は赤い大きな×印をその映像に幾つも貼り付けなくてはならなかった。
(許せない……。何で…? 誰が…?)
呆然と目を上げると葉月さんは俺の顔を見て息を飲んだ。
「君、大丈夫かい?」
俺はゆっくりと首を横に振った。全然大丈夫なんかじゃなかった。視界がぶれて滲んで訳が分からなくなった。葉月さんが俺を支えて何か言っているが俺には何も聞こえなかった。
「出よう」と葉月さんは俺の腕を抱えてコーヒーショップを出た。
俺は何にも考えられなくて、いや、どうなってもいいという自暴自棄な気持ちとか、オヤジに対する復讐心とかがぐちゃぐちゃに絡み合って、差し出してくれる葉月さんの手に縋った。
葉月さんは気分の悪そうな俺を支えてそこらを見回した後、裏路地にある小さなホテルに飛び込んだ。
部屋に上がってベッドに葛折れると葉月さんの腕をつかまえた。見上げるともう一度葉月さんは息を飲み込んで、そっと俺を抱き締めた。
涙が転がり落ちるのは何でだろう。目を閉じると唇がゆっくりと降ってきた。背中にしがみ付いてその唇を味わったけれど、それは俺が知っているものとは違っていた。弾力が違うとか癖が違うとか、たいした違いじゃないのに何でこんな小さなことにいちいち拘ってしまうんだろう。
俺は葉月さんの方がいいと思ったんじゃなかったか。なのに何で身体が逃げを打っている。手で身体を突っ張って首を横に振った。
「渉君」
「ごめん」
「いや、……気分は大丈夫かい?」
全然大丈夫じゃなかったけれど頷いた。葉月さんの身体が離れた。
身体が寒いと感じたけれど、この温もりに縋ることは出来ないんだ。葉月さんは優しくて王子様のような人だけれど俺の王子様じゃなかった。引きずり回したことが申し訳なくて、俯いたままでごめんともう一度謝った。
(何をやっているんだろう俺は……)
ホテルを出て大通りに戻った所で別れた。葉月さんは心配そうに送ってくれると言ったけれど、俺は頭を冷やしたかったんだ。
バカだよな。俺は借金の形に引き取られたんだ。あのオヤジがどんな奴で、どのようにされようと文句は言えない筈なのに、浮気とかしたらそれこそ価値が無くなって、借金を返せとか言われたら取り返しがつかない事になるところだった。
こうなったら俺が反対にあのオヤジを誑し込んで、他所に売られたりされないよう惹きつけなければ。オヤジが俺の考えを聞いたら『そう、発想の転換です』とか言いそうだよな。そう思うと何故か笑えた。
俺は自分の埒もない考えに浸りきっていて、周りを注意するのがちょっとばかし遅れたんだ。
いきなりドヤドヤと四、五人の男に取り囲まれた。その向こうにいる化粧オバケは知っていた。
「いい度胸ですわね。稚児のクセに他の男と逢引とは、それも随分いい男でしたわ」
俺を睨みつけて化粧オバケが顎をしゃくった。俺は男たちに腕をつかまれ、側に止まっていた濃いグリーンのワゴンに押し込まれた。車の中で男達が寄ってたかって俺を縛り上げる。
「止めろよっ、どうするつもりだよっ!!」
運転席の横に座った女に縛られたまま飛び掛ろうとして男たちに押さえ込まれた。女はゆったりと俺を振り返り赤い唇を歪めた。
「さあ、どうして差し上げましょうかしら」
閉ざされた空間に女のきつい香水の匂いが充満する。鼻が曲がりそうでクシャンと何度もくしゃみが出た。
「さっきコーヒーショップであんたを見かけて私のお友達を呼びましたの。皆、どうする?」
ニヤッと笑った顔が怖い。
「藤原に身代金を要求してぇ、この子は顔を見られているから、やっぱり殺してぇ、でもぉ、その前にちょっと楽しませてもらいたいしぃー」
男たちに聞いたくせに、化粧仮面女はどうするかを自分で嬉しそうに並べ立てた。
(今なんか、ものすごいコトを言わなかったか!?)
恐ろしい言葉を口にして平然としている女と男たちを見回した。
(俺って、今、ものすごくヤバイんじゃあ……)
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

ポンコツアルファを拾いました。
おもちDX
BL
オメガのほうが優秀な世界。会社を立ち上げたばかりの渚は、しくしく泣いているアルファを拾った。すぐにラットを起こす梨杜は、社員に馬鹿にされながらも渚のそばで一生懸命働く。渚はそんな梨杜が可愛くなってきて……
ポンコツアルファをエリートオメガがヨシヨシする話です。
オメガバースのアルファが『優秀』という部分を、オメガにあげたい!と思いついた世界観。
※特殊設定の現代オメガバースです
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる