学校帰りに待っていた変態オヤジが俺のことを婚約者だという

拓海のり

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3 テニス部の王子様

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「この由緒正しき藤原家に、このような下賎な者の血を入れることは出来ません。大体、何を血迷って、このような男と結婚するなどと……」
 広いリビングで藤原の妹は仁王立ちして兄貴を睨みつけている。俺は固唾を飲んで二人を見守った。

「血筋はあなたがたの方で継いで下さい」
 オヤジはゆったりのんびり構えている。
「それならば、姉の子もおりますし、私の子もおります。身内の者を誰か一人、養子にすればいいでしょう。この子はこの子でまた別口でいくらでもお好きになさればいいのです」
 妹はピシャッと決め付けた。別口って何だよ。

「では、藤原の姓はお譲りします。私はこの渉君と」
 しかし、藤原という男は暖簾に腕押し、糠に釘な人物だった。激昂する妹をのらりくらりとかわした。

「お兄さま!! どうしてもと仰るならこちらにも考えがございますのよ」
 妹はとうとう頭にきて、俺を睨みつけ足音も荒く出て行った。
 俺が口を挟む暇もない。俺は妹に加勢して、チャッチャとここを出て行こうと思ったのに。

 さすがに、オヤジは溜め息を吐いてソファに身を沈めた。俺はこの際だと思って言ってみたんだ。
「ええと、やっぱり止めたほうがいいよ。あのオバサンの言う通りだよ。親の借金は俺が働いて返すからさ」

 しかし、藤原はニコニコ笑って言うんだ。
「渉君。ご両親の借金がいくらあるか知っているんですか?」
 知らない……。俺は黙って首を横に振った。
「今の君にはどうしようもない金額ですよ。それに、君のご両親を自己破産させたくないでしょう?」
(それは俺を脅しているのか?)

「お金で縛れるなら安いものです。君は気にしないで花嫁修業してくださいね」
 こういうシチュエーションで気にせずに花嫁修業できる奴の顔が見たいぜ。
 しかし、オヤジが俺にこだわるのが分からない。俺はそんな多額の金を積むほど類稀な美少女でも美少年でもない。ましてや脳みそも凡人の、何処といって取り柄のないごく普通のガキだ。
 そこらにゴロゴロいるような色黒のチンクシャのチビなんだ。
(……)
 自分で思ってて、自分でへこんでしまうぜ。


 * * *

 次の日学校に行くと、皆は俺のことを腫れ物にでも触るように遠巻きにして見ている。石原と辻がやって来て俺の肩に手を置き励ましてくれた。
「頑張れよ、渉」
「きっと俺たちが救い出してやるからな」

「一体何の話だ」
「お前がオヤジに例えどんないかがわしい事をされようとも、お前は我がクラスのアイドルなんだ」
「気を大きく持て」
(お前らーー!!)

「俺は修行に行ったんだっ!!」
「分った、分かった。そういう事にしておいてやろう」
 石原と辻はホウッと悩ましい溜め息を吐いて行ってしまった。噂というものは怖い、っていうか、一体誰がそんな事を──。


「大嶋」
 休憩時間に訪ねてきたのはテニス部の松下部長だった。心持ち思いつめたような顔だった。

「部長。何ですか」
「今日の練習試合、出れるか?」
「出ますよ、もちろん」
「そうか、体調はどうもないだろうな」
「部長、何言ってるんですか。俺は元気ですよ」
 色々あって気分はイマイチだが。

「いや、そうかー。何でもないなら良かった」
 松下部長は急に明るい顔になってニコニコ笑って帰って行った。
(一体どうなっているんだよ。どういう噂が……)
 そう思ってクラスに戻ると石原と辻が寄って来た。

「お前、部活に出るのか?」
「当たり前だろ」
「金持ち男に身売りして、あーんなことやそーんなことをされたんじゃ……」
(なんちゅう噂だ!!)

「一体誰がそんなバカな事を言ったんだっ!!」
「昨日、お前の弟に聞いた。はっきり借金の形に貰われていったんだと。今頃はもう……、とか言って泣いていたぜ」
「何だとーーー!! 昴の奴ーーー!!」

 俺は昴を置いて帰ったことに歯軋りしたが、その途端、昴が言ったことを思い出した。
(あいつ、本当の子じゃないって言ってたよな……)
 俺は弟の言ったことが気がかりだった。本当の事かどうか一度家に帰って、親父やお袋に聞いてみなければ。

「いや弟の奴、俺が引き取られたものだからナーバスになっててさ」
「そーだよな。お前んとこの昴君。出来がよくって男前で」
「どっちかというと弟を引き取った方が鍛え甲斐はあるよな」
(お前らー!!)


 * * *

 昨日から、落ち込むばかりの俺は、テニス部の練習試合でも、やって来た名門の青陵高校の同じ一年生相手に善戦虚しく敗れ去った。サーブは決まらない。反対にエースは取られてばかりで。

 頑張っている部活でも負けて最悪な気分だった。俺ってホント取り柄ないよな、と思うと何処までも落ち込んだ。

 訳の分からないオヤジが突然俺を引き取って、そして俺と結婚するんだという。そんなことは冗談じゃないけれど、俺にはそれしか能が無いのかって思ってしまう。多分オヤジにとって俺が若いからだと思うと、もうどうしようもなくて。

 頭を冷やす為に顔を洗いに行った。冷たい水で顔を洗っても落ち込んだ気分は浮上しない。プルプルと顔を振ってタオルに手を伸ばした。手洗い場の上に置いたのに無い。

「あれ……」
 カサッと音がして隣に誰か来た気配がした。
「ほら、向こうっ側に落ちていたよ」
 聞きなれない低い声がした。水の滴る顔で声の方を見上げる。彫りの深い顔と少し茶色がかった髪が額に散った、まるで王子様みたいな奴が俺にタオルを差し出した。

 何故かその時、時間が止まったような気がした。
 俺がタオルを受け取ると王子様はにっこり笑って行ってしまった。俺は背の高い均整の取れた後姿をボケらと見送った。

 テニス部の練習場に戻ると、部長とその王子様の試合が始まっている。王子様は強かった。高い上背から繰り出す強烈なサーブ。バネがあって、足が速い。あっという間にボールに追いついて撃ち返す。松下部長といい勝負をしたけれど、試合は王子様の方が勝った。

 どうせならあんなオヤジじゃなくて王子様のがいいよなと、俺はわけも無く思った。

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