学校帰りに待っていた変態オヤジが俺のことを婚約者だという

拓海のり

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2 色黒でチビでチンクシャの

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 天井からシャンデリアが下がるだだっ広い食堂で夕飯を食べた。伊東という執事が澄ました顔で給仕をする。今朝までの賑やかな食卓と違ってテーブルに着いたのは二人っきりだ。

「ええとさ、あんた誰?」
 とりあえず敵を知らなければ話にならない。

「おおっ!! これは自己紹介するのをすっかり忘れていましたよ。私としたことが逆上ってしまって」
 オヤジはニコニコと嬉しそうに膝を叩いて言った。そして早速自己紹介を始めた。

「私は藤原と申します。藤原雅彌(まさや)。某名門大学卒。三十一歳。独身です。子供もありません。仕事は、商売を色々やっていますがまあ遊び人と申せましょうか」

 オヤジ、藤原は簡単に略歴を言った。きっちり背広を着て髪もオールバックにしている所為か、話し方がおっとりとしている所為か、それともニコニコ笑うと目尻に小じわが寄る所為か老けて見える。

「俺まだ十五だけど、あんた随分年上だね」
「そう! だから早いとこ結婚したいんですよね。体力の問題もありますし、渉君もうお嫁になりますか? 私は優しいですよ」
 目がにへらと下がったような気がした。
「いい」
 抜けているようで抜け目のないオヤジのようだ。油断は出来ない。

「いいですね、その勝気でつぶらな瞳。ちょっと手を出したらすぐに引っ掻いたり噛み付いたりする。捕まえようとするとするりと逃げて、まるでネコのようだ」
 まるで手に持ったフォークとナイフで俺を食べたいといわんばかりな目付きで見た。

 こんな奴に食べられてたまるか。
 俺はオヤジを無視してせっせとフォークとナイフを動かした。


 * * *


 とりあえず対策を立てねばならない。次の日、車で学校まで送られながら対策を練った。見たところ紳士的だし、持久戦で来るようだが油断は出来ない。

 しかし、学校に行くと、クラスで仲良くしている石原と辻が俺の腕を掴んで教室の隅に強引に連れて行った。

「何だよ、お前ら」
「大嶋。お前、昨日、変なオヤジに連れ去られたって本当か!?」
「婚約者だと言ったそうだな」

(くっそー!! あのバカオヤジ。あっという間に広まっているじゃんよー!!)
 二人とも背が高くて隅に押しやられると人の壁が出来たようだ。大体、何でそんな思いつめたような目付きで俺を見るんだ?

「今朝それを聞いて、どんなに心配したか」
「我らの渉があんなオヤジの手にっ!!」
(何なんだよ、こいつら……)
「違ーう!! あのオヤジのとこに修行に行くんだ」
「本当か?」
「本当だっ!!」

 俺は二人の壁を押し退けて、やっと自分の席に着いた。なんだか周りの奴らの俺を見る目が違う。あのオヤジの所為で俺はこの学校でホモ野郎として認識されたのか。俺、今日からどういう顔して歩けばいいんだ。

 石原と辻は俺の席まで追いかけて来た。
「怒るなよ、渉」
「そうだ。お前は我クラスのアイドルだからな」
「えっ!?」
「見知らぬオヤジにいきなり出て来られて、アイドルを攫われてしまったと聞いたら驚くもんな」
「……」
(誰がアイドルだって……!?)


 その日、俺を問い詰めたのはクラスの石原と辻ばかりではなかった。
「おい、渉」
「どういう事だ」
「ちゃんと説明しろ」
 行く先々で皆が迫ってくる。怖い顔をして。同じ学年の奴だけじゃあない、顔見知りの上級生までが聞いてくる。俺、結構顔が広かったんだ、……て、そうじゃなくて。

(どーなっているんだよーー!!)
 知らぬは俺ばかりだった。何とこの長門北高校で俺はアイドルに祭り上げられていたんだ。この色黒でチビでチンクシャの俺が──。


 昼休みになると、俺が所属しているテニス部の松下先輩が怖い顔をして俺を呼び出した。
「渉。婚約者がいるというのは本当か?」

 松下先輩は新学期からテニス部の部長で生徒会の運動部長にもなった。高い身長と日焼けした精悍な顔、兄貴肌というか面倒見がよくって、男ばかりのこの長門北高校でも絶大な人気がある。

「あのオヤジの家で修行する事になったんだ」
 俺は皆に説明した事を松下先輩にも説明したが、それで引き下がるような先輩ではなかった。
「何故だ。こんなに急に。何か訳でもあるのか」

 俺は唾をコクンと飲み込んだ。嘘を許さぬそのきつい目付きが怖い。普段は優しくておおらかな先輩なんだが。しかし、下手なことは言えなかった。俺は皆にした返事をもう一度繰り返すしかなかった。

「本当に修行に行くんだ」
 しかし、先輩も引かない。
「どういう修行だ」
「商売だよ。親も喜んで承知してくれた」
(遊び人だなんて言えないよな。あのオヤジも人をおちょくって)
 オヤの二文字で松下先輩は溜め息を吐いて引き下がった。
「そうか。何かあったらいつでも相談しろよ」
 その背の高いがっちりした後姿を見て、俺は本当の事をぶちまけたい欲求に駆られた。


 環境の激変にくたびれ果てた放課後、弟の昴が訪ねてきた。
「兄貴。養子にいったって本当?」
 昴は中学三年のくせして俺より背が高い。ちくしょうと見上げながら頷いた。

「何で? 養子なら俺がいく。だって俺は本当の子じゃないもの」
「えっ?」
「大切な兄貴にそんな修行なんてさせられない。家に戻ってくれ。俺が、俺がその家にいく!!」
(ちょっと待てっ!! どーなってんだあーー!?)

 必死な顔つきでそう言って、昴は俺の腕を掴んでじっと顔を覗き込んだ。昴はすこーし遊び人で、煙草とか女とか俺が時々注意しても、いつものらりくらりと笑っている。こんな真剣な顔は見たことがなかったが。
(その昴が本当の子じゃないって……?)
 俺の頭は真っ白でもう付いて行けない──。


 よろけたところにタイミングよく迎えが来た。その話は親父とお袋にしてくれと昴に手を振ってヨロヨロと迎えの車に乗った。

 ぐてぐてで藤原の家に帰るとオヤジの妹が来ていた。
「お兄さま。男の子と結婚だなんて、私は反対ですからね!!」
 その時俺は、やっとまともな人間に会えたと思った。

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