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四話 シンデレラボーイとオセローゲーム

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 室住は傍若無人で自分勝手な人物に見えたが、約束は守る男だったようだ。その日から三日後に、幸穂はついに椿野圭吾に会うことが出来た。

 いつものように幸穂が練習をしていると、突然部屋に入って来て、会わせてやると幸穂の腕を取って外に飛び出した。着替える暇もない。
 車に乗せられて連れて行かれたのは大きな劇場だった。

「舞台稽古だ。邪魔をするんじゃないぞ」
 幸穂にそう言い置いて室住はどこかに行ってしまった。幸穂はがらんとした客席に一人取り残された。舞台を見上げると照明やら機材やらが運び込まれていた。室住が舞台の袖で指図しているのが見えた。
 舞台監督というのは照明やら大道具やらの監督だろうかと幸穂は出来上がってゆく舞台を見ながら思った。

 やがて室住が戻ってきて客席に腰を下ろすと幕が開いた。オセロー役の顔を黒塗りにした椿野圭吾がイアーゴー役の男優と舞台に上がる。台詞を喋っている。幸穂は食い入るように椿野圭吾を見詰めた。
 一幕が終わると室住はもう一組客席から舞台を見ていた男達の方に行った。打ち合わせだろうか。やがて室住が戻ってきて二幕が始まる。全五幕が終わると室住は幸穂を連れて楽屋へ向かった。

 部屋のドアを開けたのはマネージャーらしき人物だった。どうぞと室住を招じ入れる。室住の後ろで幸穂はじっと椿野を観察した。
「室住先生、そいつは?」
 さっきから気になっていたらしく、打ち合わせが終わると椿野は早速聞いてきた。
「今、私の所にいる宇佐川君だ。宇佐君、憧れの椿野君だよ」
「あ、はじめまして。宇佐川と申します。ファンなんです。ずっと憧れていました」
 幸穂はそう言ってにっこりと笑った。
「サインを頂きたいんですが、突然連れて来られたもので」
 椿野圭吾は複雑な顔で幸穂を見ていた。室住が幸穂を置いて中座すると競争心をむき出しにして幸穂に聞いた。
「君、どういう風に室住先生に取り入ったんだい?」
「え…」
「室住先生は気まぐれで、我が儘で、急に舞台監督がしたいと言い出した時は驚いたが、まあ仕事熱心な方だし、下にいいスタッフも入っているし、心配はしていないが」
 そう言って幸穂に目をやる。
「君は室住先生の家にいるそうだね」
 幸穂はどう見ても自分にいい感情を持っているとは思えない椿野の顔を見ながらコクンと頷いた。
「へえ、あの先生は君みたいなのが好みだったか」

 どうも室住の家にいることを椿野はよく思っていないらしい。これでは椿野に取り入るどころかまともに話すことも出来なかった。何とか話の取っ掛かりをと幸穂が探している内に室住が戻って来て、幸穂は釈然としないまま楽屋を後にしなければならなかった。

 椿野の楽屋を出ると他の役者がそこここにいた。誰も幸穂に嫉妬の視線を向けている。幸穂は室住を捉まえて聞いた。
「あの、椿野さんは俺を……」
「ライバルだと思っているようだな」
「何故ですか? 俺はあの人とお近づきになりたかったけど、決してライバルなんかに」
「そうだな。今の君じゃライバルどころか彼の足元にも寄れんよ。哂われて忘れ去られるのがオチだな」
 幸穂は室住を睨み付けた。この男の所為で幸穂の計画はめちゃめちゃだった。


「君は何故、椿野圭吾に近づきたい?」
 いつもの練習室で、口をへの字にしたぎょろ目の大男が、ベートーベンよろしく振り乱した髪をうるさそうに掻き上げて聞く。
「好きだからだ。あの人がゲイ…、いや、バイだと聞いたから俺にもチャンスがあるかと思った」
 幸穂が答えると、男は両手を横に広げて肩を竦めた。どこまでも芝居がかった男だった。横に広げた手を振って言った。
「今の君では無理だ」
「そりゃあ、あれだけ綺麗な人に囲まれていたら、俺なんか…」
「外見なんか一分で飽きる」
「じゃあ、どうすればいいと……」
 言いかけて幸穂は口を噤んだ。大男を睨んで首を横に振る。
「もういいよ。あんたなんかの世話にはならない」
「ほう、野垂れ死にを選んだか」
「何だと、全部あんたの所為じゃないか」
「私は君に椿野を紹介した。あの男に取り入れるかどうかは君の腕にかかっている」
「俺の腕」
「そうだ。君の腕をもっとピカピカに磨き上げるべきだ」

 大男はそう言って幸穂の服を剥いだ。それがこの男に好きなように抱かれることなのか。確かに椿野はこの男の所為で幸穂を意識していた。そこらの石よりはマシではないか。それにこの男は上手い。この男の相手をしていれば、腕を磨くことは出来るだろう。

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