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45 跡目2(4)

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 昴の操る小型のバイクは風を切って走る。耳元をゴウゴウと風が唸る。景色がどんどん流れていく。車より格段にスピード感があった。暖斗は振り落とされまいと昴にしがみ付いた。
「どこに行くんだよ!」
「うるせえな、アバズレ!」
「何で俺がアバズレなんだよ。俺、義さんしか知らねえぞ!」
「男に媚びて、男の嫁になって、アバズレ以外の何だ!!」
 バイクの排気音と風の音で、ともすれば声が聞こえない。二人は大声で喚きあった。
「俺にだって事情があるわい!! それより、お前、免許持ってんのか」
「腕は確かだ」
 確かに昴の運転捌きは堂に入ったものだが、ヘルメットも被っていない。パトカーに見つかったらおしまいである。しかし運が良かったのか、見つからずにそのままバイクは海岸線に出た。

 しばらく走っているとだんだん寒くなってきた。
「風が冷たい。耳が千切れそう。寒いっ!!」
 暖斗は昴の背中に向かって喚いた。身体が芯から冷えて、まるで凍って行くようだ。
「うるせえ奴だな」
 そうブツクサとこぼしながら、昴はスピードを落として、海岸沿いにある自動販売機の横にバイクを停めた。
 春の日差しは暖かくても風は冷たい。ましてや吹きっさらしになれば尚更である。春物のブルゾン一枚を羽織って出て来た暖斗は、ガチゴチに冷えた身体を両腕で擦った。
 それを見た昴が仏頂面のまま上着を脱いで、暖斗の頭に投げつける。
「あんたって、向こう見ずな奴だな」
 拗ねたような顔で睨んだまま言った。
「お前に言われたかないや」
 暖斗は昴の上着を羽織って、かじかんだ手で自動販売機に小銭を入れる。チャリーンチャリーンと何枚か落ちたがお構い無しだ。代わりに小銭を拾って渡した昴に、顎をしゃくって缶コーヒーを選ばせ、自分の分も買った。
 温かい缶コーヒーで手や頬を暖めて一口啜ると生き返ったようだった。
 昴はコーヒーを啜りながら海を見ていたが、ぽつりと言った。
「俺、振られたんだ」
 葉月がそう言っていた。暖斗は何も聞かず、ただ相槌を打った。昴は海を見ながら独り言のように呟く。
「もうどうなってもいいって思ったんだ。だって俺の実のオヤジはヤクザだったし──」

 暖斗は黙っていられなくなって、脩二からの聞きかじりで昴に講釈をはじめた。
「うちはまっとうな商売をしているんだぞ。ヤクザつったって、大昔に的屋と博打打ちとそこらの世話役とかが合体して出来た組なんだって。昔からの付き合いとか、色々世話したり仕切ったり大変なんだぞ。おまけに縁の下の力持ちで誰も褒めちゃくれないし」
「それって、どこか違う……」
 昴が異議を挟んだが構わずに言った。
「違っていてもいいんだよ。お前はお前の好きなようにしたらいいんだ。義さんは俺にそう言ってくれるんだ。いや、言ってないけど分かる。だからお前も好きなように伸びていけばいいじゃん。まだ若いんだしさ。跡を継ぐんだったらお前がやりたいようにやればいい」
 暖斗が断言する。昴はあきれ顔で言った。
「あんたって、なよなよした女みたいな奴だと思っていた。口うるさいし」
「悪かったな」
 暖斗は昴が落ち着いてきたようなので携帯を取り出した。家に電話をかけると、どういう訳か義純が出てバカヤロウと怒鳴った。首を竦めてチラッと舌を出すと、昴も肩を竦める。
「あのね、昴の相手はまだ現れていないんだと思う。いつかきっと現れるから、それまで、そいつが他の奴に行かないよう、そいつが自分を振り向くよう、自分を磨けばいいんじゃないかな」
 暖斗がそう言ってにっこり笑うと、昴は戸惑ったように顔を背けた。
「偉そうなこと言ってごめんよ。お前って今のままでも充分なのにな」
 暖斗はコーヒーの空き缶をゴミ箱に放って、昴に上着を返した。

 やがて黒塗りの大型車が一台、二人の横に滑るように止まった。車が止まるや否や、バッとドアを開けて先に降りてきたのは、昴の教育係の神藤で、目を怒らせて昴のすぐ側に走り寄ったが、言葉も出ずに睨みつけている。
 車を運転してきたのは何と義純だった。暖斗はそれに気が付くと、タッと走ってその首にかじり付いた。
「ごめん、義さん。心配した?」
「この、あほんだらっ!!」
 義純は暖斗を腕に抱えてギッと睨みつける。
「ごめんってば。もともと俺が悪かったから、自分で責任取りたかったんだ」
 義純の眉間に入った縦皺を指でこしこしとさすって、また首に腕を回す。
「すっごく寒かった」
 義純は暖斗の冷たい体に気が付いて、暖斗を車の助手席に放り込んだ。
「おい、帰るぞ」
 その場に突っ立って、二人の様子をボケらと見ていた神藤と昴に声をかける。
「あ、バイクは……」
 やっと自分を取り戻した昴が聞いた。
「若いモンに取りに来させろ」
 義純が顎をしゃくったので、神藤は昴を促して車に押し込んだ。車はバイクを置き去りにして滑るように走り出した。義純の運転は危なげのないもので、制限速度をきっちりと守ってゆく。
「危ねえ真似しやがって。警察に捕まって経歴が汚れたら、それで終わりだぞ」と、真面目に前を向いて運転しながら説教をはじめた。
「どういう……」
 昴が分からないという風に聞くと、説明した。
「もともとヤクザだというだけで目を付けられているんだぞ。余計に警察の目を引いて、痛くもない腹を探られて、ちょっとのことでもしょっ引かれるようになっちゃあ、お仕舞いだ」
 神藤も勢いを得て説教を始めた。
「そうですよ。ウチは由緒ある家柄なんです。皆さんの顔に泥を塗るような真似は、金輪際なさってはいけません」
「どうしても暴れたいっていうんなら、それ相応のところを紹介してやる」
 義純の言葉に昴は身を少し震わせた。
「いや、もうしません。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
「それはみんなの前で謝りな」
 ちょうど義純の家に着いた。脩二を先頭に、子分さんたちがゾロゾロと出迎える。
「姐さん」という脩二の仏頂面に、暖斗はいち早く謝った。
「すまん。心配かけてごめん」
 遅れて降りた昴も、出迎えた子分さんたちに頭を下げる。
「皆さん。ご心配をかけて申し訳ありませんでした」
 一緒に神藤も頭を下げた。
「こういう時は飲んで騒ぐに限ります」
 脩二が仕切って、その後はどういう訳か宴会になった。未成年の昴も引きずり込まれて、皆で飲んでドンチャン騒いだ。


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