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41 色事師(6)
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とにかく葵は伽耶人が気に入ったが、父親の甚五郎さんにとってはとんでもない事だった。
しかし、葵の性格も知っている。我が儘で一度言い出したら手が付けられない。義純の後を慕って追い掛け回しているうちはよかったが、まさか男相手に恋愛感情を持つとは、何処でどう間違えて育てたのやら。
ところで、甚五郎さんには、昔、奥さんに内緒で手を出した女があった。その女は子供が出来て身を引いたが、甚五郎さんがそうと知って探し出したときにはもう死んでしまっていた。
子供は良家に引き取られてすくすく育っている。ヤクザ家業に引き込むのもどうかと見守っていたが、先方の事情も思わしくなく、引き取ろうかと思っていた矢先の出来事だった。
跡取りはいる。しかし、滝伽耶人という男は何かと義純に張り合うような男である。葵が義純の跡取りでなくなると知ったら葵をどうするか分からない。
甚五郎さんは葵にそのことをよっく言い含めた。
「お前があの男をちゃんと落とすまで、決して余計なことは言うんじゃねえぞ」
今回のことについても、
「あいつはどうしても義に張り合おうとするから、義にも、はっきり跡取りだと言って貰いな」
まさか、4Pをするとは思っていない甚五郎さんだった。
* * *
(大変だ! 弟という得体の知れないライバルが現れた)
それはもう義純の妻というものの比ではない。葵の立場を根底から揺るがすものの存在であった。
(そうか、あのチビと仲良くしておけばよかった)
暖斗はもはや葵のライバルではなくなったのだ。
義純とことごとく張り合おうとするこの男を落として、自分の立場をもう一度固めなおさねば。それには暖斗の協力は不可欠であった。幸いなことに暖斗は今までのことをあっさりと水に流して協力してくれるという。
あくまでもこの男を落としてと、伽耶人にこだわる葵であった。
二つのダブルベッドで二組の男が嗜好を凝らして性の宴を繰り広げている。
「ああん……、義さん、もっと」
暖斗の十八番の声が上がる。
(もっとだと? なんて欲張りな奴なんだ)
「ああん……、義さん、そこっ……」
(ソコッて、何処だ)
チラリと義純と暖斗のベッドの方に視線を走らせる。義純の背中が見えた。暖斗は義純の上に跨って、その白い手足が義純の背中の彫り物に絡む。彫り物の腕が動き出したようであった。
(み、見えない……)
見えないほうが余計に想像をかき立てて、余計に見たくなる。首を伸ばそうとした葵の顔を、今度は伽耶人が自分の方に向けた。
「葵君はコッチ」
(そうだった。俺はこの男を落とさなければ)
そうなのだ。他を向いている余裕はなかった。葵は暖斗がしているように伽耶人の首に手を回した。
「ああっ!! 義さん……、イイ、イイよぅーー!!」
隣から暖斗の大胆な喘ぎ声が聞こえてくる。
(ま、負けるものか……)
そう思ったのはどちらだったか。
はじめはぎこちなかった葵も段々興奮してしまっていた。義純のような力強さはないが、何処までもソフトな伽耶人の愛撫に、いつしか暖斗と競うように声を上げていた。
「はあ……ん、伽耶人さん……」
* * *
「何かいつもより興奮したねえ、義さん」
暖斗がまだ余韻の冷めやらぬ顔で言う。
「そうだな。あのやり方は研究の余地がありそうだ」
義純も満更でもなさそうだった。
(なんなんだ、コイツらは!!)
結局、別々のベッドで互いのそれを横目で見ながらいたすという、甚だ4Pらしくない4Pであった。
そして、伽耶人は義純と戦ったが負けてしまった。耐久力でも持続力でも及ばなかった。今までまともに勝負した事がなかったのは、それが分っていた所為か。いっそ清々しいほどだった。
義純は愛妻を連れて二人で機嫌よく帰って行った。後に取り残されたのは抜け殻の伽耶人と葵。
さすがに秘術の限りを尽くして張り合ったお陰で、伽耶人も葵もすぐにはベッドから起き上がれないほどに疲れきっていた。
テクニックの限りは尽くした。葵も満足そうにしている。しかし何といっても葵は初心者だったし、当の伽耶人も男相手では初心者である。義純たちに劣っても仕方がない。仕方がないが──。
伽耶人がガックリしていると後ろから葵が聞いてきた。
「伽耶人さん。俺、あいつより色っぽくないよね」
葵はそう言ってホウッと溜め息を吐いた。
「いや、そんなことはないよ。私は君ぐらいのほうがちょうどいい。それより君は私に満足したかな」
伽耶人の目にはまた義純の巨大なモノがチラチラしている。いつもは自信たっぷりなのだが今日はちと訳が違う。
「俺は大事に育てられたし、あんたみたいに優しくて痛くないのがいいよ」
好きな男に一生懸命な葵はいつもの我が儘さが影を潜めている。
「俺さ、義純に憧れていてあのチビが邪魔だった。気に食わなかった。しょっちゅう邪魔してたけどさ。俺、焼きもち焼いてたんだ。でも、あいつらのアレ見たら何かこう違うって思ったんだ。求めるものが違っていたんだな」
真摯な瞳で伽耶人を見て言った。
「俺、あんたの方が好きだな」
「葵……」
男と女なら分からないけれど男同士故に分ることもあったのだ。伽耶人は葵に選ばれてしまった。
人にはそれぞれ向き不向きがあるが、思い通りにならないのが世の常である。その点この二人は幸せ者だが、それに気付いたかどうか。
* * *
後日、大姐御のところに義純は顔を出した。大姐御が義純に頼まれたものを渡す。
「あんたにこれがまだ要るのかい」
そう言って大姐御が義純に渡したのは四十八手の教本だった。
「いや、俺じゃねえ。はるが見たいと言って」
「へえ、はるちゃんが?」
大姐御はにわかには信じがたいといった顔をした。
「葵と研究するんだそうだ。この頃は仲がいのなんの。まあ、俺も研究の成果が楽しみだし」
「一体どうしてだい。大体そんなことに興味を持って他に気が向いたらどうするんだい」
「大丈夫だろ。じゃあ大姐御、借りていくぜ」
大姐御の前ではそう言ったが義純はやはり心配になった。
「おい、脩二」と、見当違いのほうに聞いている。
「はるは、その、浮気なんざ大丈夫だろうな」
脩二は怖い仏頂面で言った。
「若頭領。姐さんは私が教育したんですぜ。滅多な事を聞かれても」
脩二はそう言って睨んだ。論外という感じの脩二の態度に義純は苦笑する。
暖斗を呼んで本を渡してやると喜んだ。
「義さん、クリスマスプレゼント楽しみにして」
そう言い残して、今日も遊びに来ている葵の待っている部屋に駆け込んだ。
後で、義純がそっと覗いて見ると、二人で本を覗き込んでクスクスと笑い合っている。
「見て、見て『ひよどり越の逆落とし』だってさ」
「へえ、すげえじゃん」
さて、どんなクリスマスプレゼントになるやら──。
しかし、葵の性格も知っている。我が儘で一度言い出したら手が付けられない。義純の後を慕って追い掛け回しているうちはよかったが、まさか男相手に恋愛感情を持つとは、何処でどう間違えて育てたのやら。
ところで、甚五郎さんには、昔、奥さんに内緒で手を出した女があった。その女は子供が出来て身を引いたが、甚五郎さんがそうと知って探し出したときにはもう死んでしまっていた。
子供は良家に引き取られてすくすく育っている。ヤクザ家業に引き込むのもどうかと見守っていたが、先方の事情も思わしくなく、引き取ろうかと思っていた矢先の出来事だった。
跡取りはいる。しかし、滝伽耶人という男は何かと義純に張り合うような男である。葵が義純の跡取りでなくなると知ったら葵をどうするか分からない。
甚五郎さんは葵にそのことをよっく言い含めた。
「お前があの男をちゃんと落とすまで、決して余計なことは言うんじゃねえぞ」
今回のことについても、
「あいつはどうしても義に張り合おうとするから、義にも、はっきり跡取りだと言って貰いな」
まさか、4Pをするとは思っていない甚五郎さんだった。
* * *
(大変だ! 弟という得体の知れないライバルが現れた)
それはもう義純の妻というものの比ではない。葵の立場を根底から揺るがすものの存在であった。
(そうか、あのチビと仲良くしておけばよかった)
暖斗はもはや葵のライバルではなくなったのだ。
義純とことごとく張り合おうとするこの男を落として、自分の立場をもう一度固めなおさねば。それには暖斗の協力は不可欠であった。幸いなことに暖斗は今までのことをあっさりと水に流して協力してくれるという。
あくまでもこの男を落としてと、伽耶人にこだわる葵であった。
二つのダブルベッドで二組の男が嗜好を凝らして性の宴を繰り広げている。
「ああん……、義さん、もっと」
暖斗の十八番の声が上がる。
(もっとだと? なんて欲張りな奴なんだ)
「ああん……、義さん、そこっ……」
(ソコッて、何処だ)
チラリと義純と暖斗のベッドの方に視線を走らせる。義純の背中が見えた。暖斗は義純の上に跨って、その白い手足が義純の背中の彫り物に絡む。彫り物の腕が動き出したようであった。
(み、見えない……)
見えないほうが余計に想像をかき立てて、余計に見たくなる。首を伸ばそうとした葵の顔を、今度は伽耶人が自分の方に向けた。
「葵君はコッチ」
(そうだった。俺はこの男を落とさなければ)
そうなのだ。他を向いている余裕はなかった。葵は暖斗がしているように伽耶人の首に手を回した。
「ああっ!! 義さん……、イイ、イイよぅーー!!」
隣から暖斗の大胆な喘ぎ声が聞こえてくる。
(ま、負けるものか……)
そう思ったのはどちらだったか。
はじめはぎこちなかった葵も段々興奮してしまっていた。義純のような力強さはないが、何処までもソフトな伽耶人の愛撫に、いつしか暖斗と競うように声を上げていた。
「はあ……ん、伽耶人さん……」
* * *
「何かいつもより興奮したねえ、義さん」
暖斗がまだ余韻の冷めやらぬ顔で言う。
「そうだな。あのやり方は研究の余地がありそうだ」
義純も満更でもなさそうだった。
(なんなんだ、コイツらは!!)
結局、別々のベッドで互いのそれを横目で見ながらいたすという、甚だ4Pらしくない4Pであった。
そして、伽耶人は義純と戦ったが負けてしまった。耐久力でも持続力でも及ばなかった。今までまともに勝負した事がなかったのは、それが分っていた所為か。いっそ清々しいほどだった。
義純は愛妻を連れて二人で機嫌よく帰って行った。後に取り残されたのは抜け殻の伽耶人と葵。
さすがに秘術の限りを尽くして張り合ったお陰で、伽耶人も葵もすぐにはベッドから起き上がれないほどに疲れきっていた。
テクニックの限りは尽くした。葵も満足そうにしている。しかし何といっても葵は初心者だったし、当の伽耶人も男相手では初心者である。義純たちに劣っても仕方がない。仕方がないが──。
伽耶人がガックリしていると後ろから葵が聞いてきた。
「伽耶人さん。俺、あいつより色っぽくないよね」
葵はそう言ってホウッと溜め息を吐いた。
「いや、そんなことはないよ。私は君ぐらいのほうがちょうどいい。それより君は私に満足したかな」
伽耶人の目にはまた義純の巨大なモノがチラチラしている。いつもは自信たっぷりなのだが今日はちと訳が違う。
「俺は大事に育てられたし、あんたみたいに優しくて痛くないのがいいよ」
好きな男に一生懸命な葵はいつもの我が儘さが影を潜めている。
「俺さ、義純に憧れていてあのチビが邪魔だった。気に食わなかった。しょっちゅう邪魔してたけどさ。俺、焼きもち焼いてたんだ。でも、あいつらのアレ見たら何かこう違うって思ったんだ。求めるものが違っていたんだな」
真摯な瞳で伽耶人を見て言った。
「俺、あんたの方が好きだな」
「葵……」
男と女なら分からないけれど男同士故に分ることもあったのだ。伽耶人は葵に選ばれてしまった。
人にはそれぞれ向き不向きがあるが、思い通りにならないのが世の常である。その点この二人は幸せ者だが、それに気付いたかどうか。
* * *
後日、大姐御のところに義純は顔を出した。大姐御が義純に頼まれたものを渡す。
「あんたにこれがまだ要るのかい」
そう言って大姐御が義純に渡したのは四十八手の教本だった。
「いや、俺じゃねえ。はるが見たいと言って」
「へえ、はるちゃんが?」
大姐御はにわかには信じがたいといった顔をした。
「葵と研究するんだそうだ。この頃は仲がいのなんの。まあ、俺も研究の成果が楽しみだし」
「一体どうしてだい。大体そんなことに興味を持って他に気が向いたらどうするんだい」
「大丈夫だろ。じゃあ大姐御、借りていくぜ」
大姐御の前ではそう言ったが義純はやはり心配になった。
「おい、脩二」と、見当違いのほうに聞いている。
「はるは、その、浮気なんざ大丈夫だろうな」
脩二は怖い仏頂面で言った。
「若頭領。姐さんは私が教育したんですぜ。滅多な事を聞かれても」
脩二はそう言って睨んだ。論外という感じの脩二の態度に義純は苦笑する。
暖斗を呼んで本を渡してやると喜んだ。
「義さん、クリスマスプレゼント楽しみにして」
そう言い残して、今日も遊びに来ている葵の待っている部屋に駆け込んだ。
後で、義純がそっと覗いて見ると、二人で本を覗き込んでクスクスと笑い合っている。
「見て、見て『ひよどり越の逆落とし』だってさ」
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