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34 胴元(2)

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 そういう訳で、鵺のような加藤が別荘の場所を知らせてきたのは出発の前の日だった。名のある高原で一行は車を何台も連ねてその別荘に向かった。
 暖斗は変わる外の景色に上機嫌ではしゃぎ、義純も悪くないかといつもよりさらに甘い顔をする。

 やがて別荘に到着すると、加藤が大勢の女中と一緒に玄関に出迎えて、皆を案内した。
 そこは非常に広い温泉旅館みたいな別荘だった。山の中腹にそのまま建てたような屋敷は何階建てやら分からない。
 山の傾斜に合わせて上に上がったり、下に下がったりしていて殆んど迷路と変わらない。上やら下やら斜めやらに廊下は曲がりくねって果てしもなく続いているし、建て増しに次ぐ建て増しで部屋の奥に廊下があったり、幾つもある渡り廊下の一つがいきなり部屋の二階に続いていたりと、とんでもない間取りの部屋が幾つもあった。
 別荘には何人招待したのかゾロゾロと泊客が来ていた。
 暖斗たち一行はその別荘の東の対に案内された。

 暖斗と義純の部屋はもちろん個室である。
 六畳の前室が付いていて、十畳の部屋には縁側があり、広い庭が一望できた。上等の部屋である。二人でくっ付いて縁側に出て、広いねえとか、綺麗だねえとか言っている内にいいムードになってきた。遠慮なくイチャイチャモードに突入してそのまま部屋に倒れこんだ。

 暖斗は義純の首に腕を絡ませる。ヤクザで亭主関白で勝手な男と思っていたけれど、今でもそう思っているけれど、この男がかなりとっても好きになっている。この頃では琴瑟相和して至極仲睦まじい二人だった。
 何度かキスをして、暖斗の服を脱がしていた義純の手がふと止まった。
「どうしたの、義さん?」
 暖斗の声には途中で止めた恨みがこもっている。
 誰かの視線を感じたが「ままよ」とばかりに義純はもう一度暖斗の身体を引き寄せた。

 * * *

 さて、一緒に出かけた他の皆は、その頃どうしていたであろうか。
 まず葵である。

(大事な義さんをあんなガキと一緒にしておく手はない。こんな時こそ邪魔をしまくれば、少しはダメージを与えられるかもしれない)

 葵は部屋に荷物を放り込むと、早速義純と暖斗の部屋に向かった。
 同じ東の対である。部屋に入る前に義純の部屋をちゃんとチェックした。部屋を出て右に曲がって二つ目の部屋に、義純と暖斗が入るのをしっかりこの目で確かめた。

 それなのに、ああ、それなのに、それなのに、部屋を出て右に曲がって二つ目の部屋をぱっと開くと、そこには延々と渡り廊下が続いていたのだ。しかもそれは途中で幾つもの横道がある。どうやら途中であみだのようにくっ付いたり離れたりしながら、上やら下やらその向こうに伸びているらしい。

(くっそー!! 謀ったな。こうなったら意地でも探してやる!)
 葵はそのあみだになった渡り廊下を片っ端から調べはじめた。まず一番最初を右に曲がった。右の渡り廊下は上に向かっていた。そのまま行くと部屋がある。
(ここか!?)
 勢い込んで開けたが部屋には廊下と階段があるだけだった。
「外れか」
 葵は戻ろうとした。下に下がって戻ると途中に分岐点があった。そこを曲がってみる。しばらく行くとまた分岐点に出た。まず右に行く。それは下に下がっていた。下りると右の方に部屋がずらっと並んでいる。そっちに行って部屋を片っ端から開けてみたが、義純たちの部屋はなかった。

 反対に「誰だ、キサマ!!」と怖げなオヤジに凄まれて慌てて逃げた。もう一回自分の部屋から出直してと考えて愕然とした。葵は完全に迷子になっていた。部屋に帰る道が分からない。

 どうしようと途方に暮れているところに、運良く女中さんが通りかかった。
「すいません。部屋に戻りたいんですが」
 女中は愛想よく答えた。
「あいすみません。私はお玄関しかご案内できませんが、ようございますか?」
 仕方がないので頷いた。女中さんの後に付いて玄関まで戻ると、そこには葵と同じように迷子になった連中がウジャウジャいて、鵺のような加藤がいちいち女中をつけて案内させていた。

「俺、義純の部屋に行きたいんだが」
 葵がそう注文を出すと「又、迷子になられても困りますので……」と受け付けてくれなかった。
 葵のお邪魔虫作戦は失敗に終わった。
(クッソー! 明日こそはべったりと張り付いていてやる)
 葵はそう拳を握って布団に倒れこんだ。

 * * *

 さて、東原と葉月は同じ部屋に押し込められてしまった。
「何でお前と同じ部屋なんだ!」
 こんな所に来てまで、東原の胡散臭い顔を見なければならないのかと葉月の機嫌は悪い。しかし東原は何処吹く風と行った体で言った。
「部屋数の関係じゃないでしょうか」
「暖斗はどうしたんだ」
「如月君はご主人とご一緒ですから。なんでも新婚旅行がまだだったとか」
「し、新婚……」
 葉月は絶句してしまった。義純と暖斗は仲良さそうにくっ付いていた。蟻の入る隙間もないくらいだ。

(俺の無垢でいたいけな暖斗が、あんな男にかかってどんどん変わってゆく。俺はそれを指を咥えて見ているだけか? 俺だって、ちょっとでも暖斗に触りたい!!)
 葉月がこぶしを握り締めて悩んでいると、東原が取り成すように言った。
「まあまあ、テレビでも見ませんか」
 東原がテレビをつけると、何と暖斗と義純の抱きあったシーンが大写しになった。
「あああ、俺の暖斗がぁぁーーー!!」
 葉月がテレビに向かって絶叫する。東原は慌ててテレビを消した。
「まあまあまあ、こういうときはお酒でも飲んで」
 東原が何処から用意したのかウイスキーとグラスとアイスペール、それにミネラルウォーターを持ってきた。ご丁寧に皿に盛ったオードブルまである。

「俺は飲めない」
 葉月は氷点下よりも低い声で掃き捨てて、顔をぷいと背けた。しかし東原はそれに怯みもしない。細い眼鏡の奥の胡散臭い瞳をにっこりと笑ませてせっせと水割りを作り始めた。
「少しずつ慣らすべきですよ。如月君は結構いける口なんだそうです」
「そうか?」
 葉月が疑わしそうに聞く。
「お酒を飲むと、すっごく色っぽくて大胆になるそうですよ」
 葉月の頭の中に先程のテレビの画面が大写しになった。悔しかった。自分ではなく、他の人間が暖斗にあんな顔をさせているのが。
「これは、すごく薄いんですよ。ぼちぼち慣らした方がいいですよ」
 東原の笑顔は胡散臭い。しかし、暖斗の色っぽい顔が瞼に焼き付いて取れない。暖斗の相手は断じて義純ではなくて、この自分でなければいけない。葉月は恐る恐る東原の作った水割りに手を伸ばした。

 * * *

 そして、こちらは大姐御。脩二以下、付いて来た子分さん達の部屋にやって来た。
「賭場を開いているんだってさ。お前たちも覗いて見ないかい?」
「若頭領と姐さんは?」
 脩二が聞くと大姐御は手を振って答えた。
「ああ、ここの持ち主が分ったんでね、ほっといても大丈夫だよ。二人っきりにして、新婚気分を味わわせてやろうじゃないか」
「そうですか。野郎ども、行くぞ」
「へい」

 大姐御達は案内する女中の後を、ぞろぞろと付いて地下に降りた。
 そこは特設会場になっていた。天井にはくるくる廻るミラーボールが輝き、壁はビロードのカーテンで覆い尽くされ、広いフロアでは案内されてきた人々がルーレットやスロットマシーン、ポーカーなどに興じていた。
「大姐御もこんな感じの賭場がよろしいんで?」
「うーん、もうちょっと、こう明るい感じがいいねえ。舞台があって、ショーとかあってさ。別間に日本風の丁半の部屋とかも作ってさ」
「いいですねえ」
 大姐御達はあちこちのブースを冷やかしながら、のんびりとフロアーを見物した。

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