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30 跡目(1)

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「今年は連休が少ないねえ、義さん」
「ああ、そうだな」
「でも、ちゃんと三日間は休めるんだろう?」
「ああ? はる、何が言いてぇ」
「俺、ちゃんとやってるよな」
「ああ、分った分った。子供の日があったな」
 義純の書斎である。暖斗にねだられて、義純はしぶしぶ頷いた。最も暖斗は義純の言い様に少しむくれたが。
「何処に行きたいんだ? 遊園地か?」
「もう! 俺、義さんとデートがしたいんだ」
「ガキがませたことを……」
「義さんのバカッ!」
 暖斗はむくれて、義純の書斎をどしどしと出て行った。
 残された義純は苦笑い。しかし、愛妻の折角の申し出を無下には出来ないと、あれこれ算段し始めた。

 一方、暖斗がむすけて台所に戻ると、丁度、台所では、脩二が子分さんたちと一緒にお茶をしていた。
「姐さん、柏餅が出来ております。若頭領にもおひとつ」
 脩二が柏餅の乗った皿とお茶のセットを出した。
「いいんだよ。俺、此処で食べる」
 暖斗はむすけたまま、子分さんたちの間に腰を下ろした。ここに来た当座は、恐くて考えられなかった事だが、慣れというものは恐ろしい。子分さんの一人が暖斗に柏餅を取ってやって、他の一人がお茶を注ぐ。暖斗は当然のように、皆と一緒にそれをパクつきだした。
 脩二が仕方ないといった風に少し口を曲げて、お茶と柏餅を持って、台所を出て行く。

 脩二が行って暫らくして、玄関の方が騒がしくなった。暖斗が出て行くと、子分さんに案内されて玄関に入って来たのは、中肉中背の若い男だった。出て来た暖斗に胡散臭げな視線を向ける。
 そこに子分さんが知らせたのか、義純と脩二が出て来た。
「これは葵さん。どうなさったんで」
 どうやら知り合いのようである。名前で呼ぶところを見ると随分と親しいらしい。
 暖斗はさっきむくれたのも忘れて義純の側に行き、若い男をじっと観察した。自分よりは年上だがそんなに離れてはいない、多分大学生ぐらいだろうと見当をつける。

「ちょっと挨拶に来たんだ。正月に来れなかったからよ」
 葵と呼ばれた若い男は、まだ暖斗の方をジロジロ見ながら言った。
「それはそれはご丁寧に。こちらは別に変わりありませんから、安心しておくんなさい。社長には?」
「親父には会った」

 社長というのは甚五郎さんの事だよなと、暖斗はその気難しそうな顔を思い浮かべた。その子供がこの人で、義さんは塗り壁の大姐御の息子で、社長の義理の息子で……、俺が義さんの養子で……。じゃあ俺とこの人は……?
 段々、訳が分からなくなってくる暖斗だった。

 客間に通された葵の視線は、お茶と柏餅を運んで来て、そのまま義純に自然と寄り添う暖斗に目が行く。
「そいつは何だ」
 横柄そうに暖斗の方に顎を杓った。
「俺の嫁だ」
 義純が平然と答える。
「何だと? 男に見えるが、実は女か」
「男だ」
「何だって! じゃあ、こいつが跡目を」
「跡目は葵、お前が継ぐことに決まっている」
「じゃあ、こいつは何だ」
 葵と義純の会話は、噛み合わずにどこまでも続く。
「だから、俺の嫁だと言っている」
 二人はしばらく睨み合った。
「許せん! どういう事だ」
「お前は俺の跡目だ。如月組を継ぎ会社を継ぐ。今まで通りだ。こいつは俺の嫁だ。仕事や組の事に関しては、まだガキだし先の事だ。俺の家と家庭を守り、俺の嫁としての勤めを果たす分には、他はこいつの自由だ」
 義純は決して暖斗の方を向いてはいなかったけれど、はっきりと言い切った。
(初めて聞いた義さんの俺に対する思い。そうなのか! 俺は自由だったんだーーー!!!)
 拳を握る暖斗に「俺の嫁でいる分にはだ」と義純が釘を刺す。
「義さん。俺、嬉しいよ」
 暖斗は義純にぴったり寄り添って言った。ここに葵が居なかったら抱きつきたいところだ。
(やっぱり、子供の日だろうが何だろうが、二人でデートだよな。思いっきりロマンティックなコースがいいな)
 暖斗の心はすっかり、この前からの懸案に向いた。

 しかし、二人の仲むつまじい様子を目の当たりにした跡目君の眉が上がる。
 義純と一緒に、義純と対等に、義純と組を守り立ててゆく。葵はずっとそう考えていた。
(それなのにこのチビは何だ!)
 すっかり目の前の葵のことを忘れ、義純とのデートコースをアレコレ夢見て、瞳にキラキラ星を浮かべている暖斗を睨み付けた。
(俺の希望、憧れの的、かっこいい義純に変な虫が付いた! 俺と義純との間に、こんなモノが入るなんて、許せん!)
 硬く硬く拳を握ったが、そんなことは与り知らない暖斗は義純に「遊園地でも何処でもいいけど、二人っきりがいいな」と早速注文をつけている。

(遊園地だと? このガキが!! 追い出してやる! 絶対追い出してやるーーー!!)
 かくして、跡目君こと葵の、お邪魔虫大作戦が始まったのだが。


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