姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり

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21 追いかけて来た男2(2)

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 東原に誘われて東原の家に行く事になった。広いマンションの東原の自室に案内された。広い部屋のソファに落ち着いて東原と睨み合った。
「実は僕は来年度の生徒会に出ようと思っているんだ。それで良かったら君に手伝ってもらいたいと思って。実績があると君も後々役に立つんじゃないかな」
 東原はにこやかに切り出した。

 眼鏡の奥の何を考えているか分からない目が胡散臭い。
 葉月はそんな事が役に立つとは思わなかったが、東原を見ているとどうしてもむくむくと敵愾心が湧き起こる。
「そうだな。俺も立候補してみようかな」と心にもない言葉が飛び出した。
 東原はニヤリと不敵に笑って「ほう、どうしても僕と仲良くしたくないというのですか」と言った。
「君が手伝ってくれたら鬼に金棒だと思うんですがね」と少し残念そうだ。
「じゃあ暖斗から手を引いてくれるか」
 葉月は交換条件を突き出した。

「葉月君はやっぱり……」と、後はニヤニヤと笑う東原だった。
「何だよ。俺は純粋に友達として暖斗の事が心配なんだ。君はあんな可愛い暖斗がヤクザのところに養子に行って心配だと思わないのか?」
 葉月は逆に東原に詰め寄った。

「でも、僕が如月君に出会った時、如月君はもう養子に行ってた訳だし、前の如月君は知りませんし」
 東原はシレッと答えた。葉月はその言葉に頷くしかない。
「そうだよな」
「前の如月君はどんな子でした?」
 葉月の気持ちを引き立てるように東原が聞いた。
「明るくって花のような奴だった」
 葉月は一緒にいた日々を懐かしむように遠い目をして答えた。
「何にでも一生懸命で、誰も皆あいつの事が好きだった」
「なら今と同じじゃないですか。如月君には誰も優しくしたいと思うような何かがありますよね。きっと如月家でも大切にされていますよ」
 東原の言う言葉はもっともだった。しかし葉月は素直には頷けない。
「そうだろうか・・・」
「そうですよ。じゃあお近づきのしるしに一杯」
 東原は元気付けるように葉月にグラスを差し出した。目の前に差し出されたグラスに入っているのはもしかしてお茶ではなさそうだが。

 葉月は東原に渡されたグラスを手に固まった。東原がニヤリと笑って自分のグラスを掲げる。敵に後ろを見せたくない。それにもしかしたらもう直っているかもしれないし、自分ももう子供じゃないんだし。葉月は手に持ったグラスを東原のグラスとカチンと合わせて中身を呷った。
 しかし、葉月のアルコールに弱い体質がそう急に直る訳はなかった。葉月の視界がグニャリと歪み暗くなった。

 * * *

 真っ先に目に入ったのは手だった。手が二本ある……、いや三本!? コレは誰の手だ!?
 葉月はガバッと飛び起きて頭痛に呻いた。
「うっ!!」
 両手で頭を抱えてガンガンガンと痛む頭を宥めた。胸までむかついてきてそのままベッドに沈没した。暫らく頭を抱えて頭痛をやり過ごした。

「君って非の打ち所がないほど王子様なのに、どこか抜けてるところが親近感が湧くね」
 葉月の背中から誰かの声がする。誰の声かなんて考えたくもなかった。この痛む頭では何も考えられない。
 隣の男が起き上がる気配がする。しかし葉月は痛む頭を押さえたまま身動ぎもしなかった。
 隣に寝ていた男は起き上がって葉月の顔を覗き込んだようだ。葉月は目を閉じていた。

「昨日君が飲んだのは、ものすごく弱いスパークリングワインなんだけど……、それもダメなんだー」
 葉月は頭を押さえたまま片目を開けてそう言った男を睨みつけた。
「一応医者を呼んで手当てをして貰ったよ」
 東原は葉月が目を開いたのでにっこりと笑った。
 それを早く言えと葉月は東原を両目で睨んだ。頭も痛いしむかつきもあるが横になっていれば充分やり過ごせそうだった。

 くったりとしたままの葉月を東原は首を傾げて見ていた。いつもの眼鏡をかけていない顔は切れ長の黒い瞳と形の良い眉の男らしく整った容貌をしていて、額にだけパラパラと散った黒髪がその顔を引き立てた。
 葉月が両目を開いたのでやや安心したように息を吐いた。

「僕は王子様に憧れていたんだ」そう言って笑った。
 葉月は考える気力もなく大人しく東原の話を聞いていた。
「君って本当に非の打ち所がないほど王子様だよね。抜けてるけど」
 余計なお世話だと思ったが、喋ると余計に頭が痛くなりそうなので黙って聞いた。一緒にベッドに寝ていたようだが東原はパジャマを着ているし自分もシャツを身に着けている。何もなかっただろう。
(何かあったとしても……)
 葉月は東原の顔を見た。考えたくない。東原の男らしいが非常に胡散臭い顔がかなり近い。東原はどうやら自分のライバルではないらしい……が、どうやらこいつは……。

 葉月は両手で頭を抱えて目を閉じた。どうやら変なものに気に入られてしまったらしい。
 もしかしたら……、もしかしたら東原はものすごく捻じ曲がった性格の奴ではないだろうか。好きな奴に意地悪をするという類の奴ではないだろうか。
 それとも知らずにホイホイ付いて来た自分の馬鹿さ加減に呆れる。

 もしかしたら今はとってもヤバイ状況にいるのか? 葉月はベッドの中で頭を抱えたまま固まった。
「僕は無理矢理っていうのはあんまり好きじゃないんだ」
 東原の楽しそうな声が聞こえてくる。いちいち葉月の先に回って来るのが気に入らない。気に入らないが意地を張ってバカな目には遭いたくない。
「分かった……、君に協力してもいい……」
 二年生になったらこいつにずっと振り回されなければならないんだろうか……。葉月は頭を抱えたままズーンとベッドに減り込む思いだった。

 東原が楽しそうに言った。
「葉月君、朝食を用意するから食べていきなよ。僕は料理は上手いんだよ」
 世話女房な東原に葉月は頭を抱えたまま頷いただけだった。


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