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20 追いかけて来た男2(1)
しおりを挟む「おかしい」
葉月瞬は鏡を覗きこんで首を傾げた。
鏡の中には背の高い均整の取れた体躯のハンサムな王子様が映っている。この彫りの深い整った顔立ち。額にクルクルと舞い落ちた髪が甘い顔をさらに引き立てる。バランスの取れた引き締まった身体。長い足。自分のかっこよさに暫し見惚れてしまう。おまけに親は代議士で血統もよくて、お金もあって、こんなに暖斗のことを思っているのに……、
何で暖斗は…、俺を好きにならない──。
葉月は大きな姿見に手を置きホウッと深い吐息を吐いた。
しかし葉月の辞書に暖斗を諦めるという言葉はない。そうだ何とかして暖斗をそのヤクザの手から救ってやらねば。葉月は握り拳を作ってまた決意を新たにするのだった。
とりあえず暖斗が身を寄せているヤクザを調べた。
如月組といって古くからこの辺りを仕切っているヤクザである。祭りだなんだというとこのヤクザが出てきてさっさと仕切ってしまう。昔はどうか知らないが最近は揉め事もあまり聞かないという。
大体、如月組は如月工務店という会社を営んでいて、裏で何をやっているか知らないが表向きは真面目に仕事をしている。
父に聞いても如月組には手を出すなということだった。暖斗がここの跡取りになるというのなら、自分は暖斗と仲良くして父の地盤を継ぎ強力な助っ人の下に政界に打って出られる。ますます暖斗と仲良くしたい葉月であった。
学校でとりあえず自分の味方を作ろう。一人では何かと風当たりが強くて不便だ。
王子様の葉月にはすぐに親衛隊が出来た。しかし──、
「やあ、葉月。沢山友達が出来たそうだね。よかった、よかった」
暖斗はこの学校に葉月が慣れてくれたことを喜んでくれたが、暖斗の横には相変わらず眼鏡の東原が陣取っている。二人は暖斗を間に挟んで睨み合った。
ダメだ! ダメだ! あいつを何とかしなければ。
暖斗の側には俺のほうが似合うはずだ。ぽっと出の何処の馬の骨とも分からない男に可愛い暖斗を渡してなるものか。葉月はもう一度拳を握り締めた。
とりあえず来年度こそは同じクラスにならなくては。葉月は教師連中に運動を始めた。東原については別のクラスに追いやればそこで片が付くと思った。
「よう、随分と姑息な手段をとっているようじゃあないか。前途有望な若手代議士葉月涼太郎の息子は裏でこそこそするのが好きなんだー」
「グッ!!」
職員室から出てきた時だった。東原に声をかけられて葉月は思わずその後ろを見た。幸いな事に暖斗はいない。葉月は胸を張って東原を睨んだ。
「変な言い掛かりは止めてくれ。君みたいな奴が暖斗の側にいるなんて」
「そうかい。如月君は僕のことを頼りにしているようだよ」
(頼りに……頼りに……頼りに・・・)
葉月の頭の中に頼りにしているという東原の声がこだまのように鳴り響いた。
(クッソーーー!!)
葉月はその王子様の顔を歪めてギリギリと東原を睨み付けた。東原は眼鏡の奥の目を少し細めて軽く肩をすくめると、さっさと職員室の中に入っていった。
葉月も優等生だが東原も優等生なのだ。葉月はやはりあの馬の骨の東原の事も調べた方がいいと思い直した。そのまま暖斗のクラスに行くと暖斗はちょっと憂鬱そうな顔をして席に座って肩肘付いていた。
「暖斗」と葉月が声をかけると、それでも立ち上がって教室の入り口まで出て来た。
「どうしたんだ暖斗、どこか具合でも悪いのか?」
「ううん。何でもない」
暖斗は柔らかな表情でにっこり笑った。しかしやはり元気がない。額に触ってみたが熱はないようだ。葉月が心配してあちこち触っている所に東原が帰って来た。
「何をしているんですか? 如月君に気安く触らないで下さい」と葉月の手を叩いた。
丁度予鈴が鳴って葉月は自分のクラスに帰らなければならなくなった。
(クッソーーー!!)
葉月は東原を睨み付けると自分のクラスに帰った。
暖斗はお尻の刺青が痒くて仕方が無かったのだが、もちろんそんな事は誰にも言えない。
* * *
(暖斗はどうしたんだろう?)
葉月舜は暖斗が元気がないのが心配になった。
(もしかして、ヤクザの所で慣れないヤクザ家業を仕込まれているんじゃあないだろうか。カツアゲの仕方とか、万引きの仕方とか・・・)
葉月の頭の中に似合わないサングラスをした暖斗がそーじゃあねえだろと先輩やくざたちに小突かれている様子が浮かび上がった。
(それとももしかして大物ヤクザか政治家にお稚児として送り込む為に、あーんな事とかこーんな事とかイロイロイロ・・・)
葉月の頭の中にあられもない格好をした暖斗の色っぽい妄想が次々に浮かび上がった。
(グォーーー!!! そんな事は許せなーーい!!!)
葉月は拳を握って立ち上がった。
(何とか、何とか、何とかしなければいけない!)
* * *
葉月は目の上のたんこぶである東原の事を調べた。
何と東原の両親は弁護士だった。なるほどあいつの企んだ物言いと口が立つのはその所為か。葉月の父親の事も知っていたし。コレは気を引き締めて掛からないといけない。葉月は報告書をキッと睨み付けた。
とにかく何としても暖斗と同じクラスにならなければ。すぐ近くにいて、暖斗の様子を見守って、異変があればすぐに対処できるようにしたい。
しかし東原も同じクラスになるよう運動しているようだ。東原の方がこの学校で長いから一日の長がある。
そしてどうやら運動の結果、葉月は暖斗と同じクラスになれるようだが東原も一緒らしい。
何故東原は暖斗に付きまとうのだろう。頭を冷やして見た限りでは暖斗を大事にしているようだが、どうも自分と同じ気持ちには見えない。
暖斗に不埒な思いをもたれるのも困るが、そんな気持ちもなくてただ優位に立ちたいだけなら譲ってほしいものだ。
葉月は東原に直談判する事にした。
「話があるんだが」しかし、そう話しかけてきたのは東原の方だった。
「君とも仲良くした方がいいかと思ってね」
東原の胡散臭い笑顔を見て油断ならない奴だと改めて思う葉月だった。
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