上 下
16 / 50

16 追いかけて来た男(5)

しおりを挟む

 翌日、暖斗が学校に行くと、暖斗にとって最も恐ろしいものが待ち構えていた。
「えええっ? もう期末テスト?」

 そう、教室の後ろの掲示板にデカデカと張り出されているのは期末テストの日程表だ。何が怖いってテストほど怖いものはない。暖斗はまだ高校生なのだ。
 義純と結婚してからこっち、まともに勉強した日があっただろうか。
(いや、ない……)
 青くなって日程を写していると東原が「如月君、おはよう。昨日はどうしたんだい?」と呑気そうに聞いてきた。
 その向こうから隣のクラスの葉月が教室に入って来て「暖斗、昨日は来なかったのか? どこか具合でも悪かったのか」と聞いた。

 しかし暖斗はそれどころではなかった。二人をほっちらかして机に噛り付いて教科書を広げた。しかし教科書はまるで見た事も無い他所の国の言葉で書いてあるように思えた。
 授業が始まるとさらに悲惨だった。教師の話は何がなんやらさっぱり分からない。ぐったりと机に突っ伏して誰が話しかけてもまともに相手にならなかった。


 その日帰った暖斗は、教科書を片手に脩二に勉強の事を聞いた。
「試験なんだ。期末テストなんだよ。お前何とかならないか?」
「姐さん、学校を出てから何年もたっている俺に聞かれても……」
 脩二はそう言って逃げた。
「わーーん!! どーしてくれんだよー。俺、落第するー」
 しかし一人で喚いていても仕方が無かった。暖斗はもう一度机に噛り付いて教科書を広げたがやはりチンプンカンプンだった。

 やがて義純が帰って来て、暖斗は早速教科書を持って迎えに行った。
「期末テストなんだ。義さん何でもいいから教えて」
 暖斗が教科書を差し出すと、義純は一目見て「俺に聞くな」と逃げ出した。
「あんた、国立大卒じゃあないのか」
 逃げようとする義純に縋りつく暖斗。
「あほう、とっくの昔に出てるのに教師じゃあるめえし知るかよ。誰かいねえのか」
「学校ならいる。教えてもらってもいいのか?」
「まさか、あのちゃらちゃらした野郎じゃねえだろうな」
 義純の声が幾分低くなる。
「そうだけど」
 暖斗は当たり前のように答えた。
「いかんいかん」
「だったら、あんたが教えてよ」
「分かった。学校はもう諦めな。おめえはここで花嫁修業でもしてろ」
「義さんのバカーー!!」
「うるせえな。分かった分かった。好きなようにしろ」
 言い合いは暖斗の勝利に終わった。


 翌日、早速暖斗は葉月に頼みに行った。
「オイ葉月、教えてくれるか?」
「いいとも暖斗。俺んちに来いよ。徹夜で頑張ろうぜ」
 葉月はチャンスとばかりに暖斗の手を取り、肩を抱くようにして誘った。しかし暖斗の後ろから東原が現れて葉月の手を引き剥がす。
「何だよ、お前は」
 咎める葉月に東原はニヤリと笑って言った。
「あいにく僕も頼まれたのさ。他にも如月君の役に立ちたいと言う奴は大勢いるんだ」
 東原の後ろからぞろりと現れたのは一年生だけではなかった。
「俺たちも如月の役に立ちたいんだ!!」
「すまないなあ、皆」
 暖斗は教科書を手ににっこり笑った。皆がその笑顔にポーとなったのは間違いない。とても罪な笑顔だった。

 義純が家に帰ると迎えに来る人数が一人足りない。
「あいつはどうしたんでえ」
「姐さんはお勉強がはかどっておいでのようだったんで」脩二が申し訳なさそうに言う。
「そうか」
 義純が部屋に覗きに行くと暖斗は机に突っ伏していた。
「おい、風邪引くぞ」と、この頃は非常に甘い義純だったが暖斗はまだ寝ぼけていて小さな声で返事した。
「……ううん……、義さんもっと……」
 義純がどんな顔をしたかは分からない。回りを見回し、やにわに暖斗を抱きかかえて寝室に直行した。

 * * *

 さてそういう訳で最後の頑張りが効いたか暖斗の二学期の成績は見事なものであったそうな。
「お前あれだけの人数に教えてもらってこれっぽっちか? 俺の嫁として恥ずかしくねえか?」
 義純が暖斗の成績表を手に渋い顔をする。
「教えてくれなかったくせに……」
 義純の前に畏まって座った暖斗は上目遣いにボソッと零した。
「何か言ったか?」
「いーえ、別に──」

 * * *

 葉月は張り出された順位表の前で東原に出会った。お互い睨み合ってから目を順位表の方に向ける。何と東原と同点一位だった。東原が眼鏡の奥の目を細めて言う。
「君は中々やりますね」
 葉月も腕を組んだまま東原を斜めに見返して言った。
「お前こそ出来るな」
 二人は睨み合った。好敵手だと思っただろうか。それとも……。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

酔った俺は、美味しく頂かれてました

雪紫
BL
片思いの相手に、酔ったフリして色々聞き出す筈が、何故かキスされて……? 両片思い(?)の男子大学生達の夜。 2話完結の短編です。 長いので2話にわけました。 他サイトにも掲載しています。

「イケメン滅びろ」って呪ったら

竜也りく
BL
うわー……。 廊下の向こうから我が校きってのイケメン佐々木が、女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくるのを発見し、オレは心の中で盛大にため息をついた。大名行列かよ。 「チッ、イケメン滅びろ」 つい口からそんな言葉が転がり出た瞬間。 「うわっ!?」 腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。 -------- 腹黒系イケメン攻×ちょっとだけお人好しなフツメン受 ※毎回2000文字程度 ※『小説家になろう』でも掲載しています

うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。 そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。 けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。 始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話

上総啓
BL
何をするにもゆっくりになってしまうスローペースな会社員、マオ。小柄でぽわぽわしているマオは、最近できたストーカーに頭を悩ませていた。 と言っても何か悪いことがあるわけでもなく、ご飯を作ってくれたり掃除してくれたりという、割とありがたい被害ばかり。 動きが遅く家事に余裕がないマオにとっては、この上なく優しいストーカーだった。 通報する理由もないので全て受け入れていたら、あれ?と思う間もなく外堀を埋められていた。そんなぽややんスローペース受けの話

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

処理中です...