姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり

文字の大きさ
上 下
1 / 50

1 お嫁に行ってしまった(1)

しおりを挟む
 芳原暖斗はるとは急いでいた。今日は姉の有香の結婚式の日だった。しかし、暖斗の学校の文化祭の日でもあった。
 暖斗の通っている高校は男子校で、文化祭の寸劇で暖斗はお姫様の役を押し付けられていて、抜けられなかったのだ。姉の結婚が急に決まった所為もあった。
 女の役を押し付けられて一度はむくれたけれど、引き受けた以上はきちんとこなそうとする、何にでも一生懸命な暖斗だった。
 とにかく暖斗は無事に劇を終えて、有香の結婚式会場に駆けつけたのだった。

 しかし、式場には姉も父も母も誰もいなかった。
 会場を間違えたのだろうか。不安に駆られながら、暖斗は両親と姉を捜して会場をウロウロした。すると受付の男が暖斗を見つけて手招いた。

「君、芳原さんの親戚の人?」
「はい。ええと、新婦の芳原有香の弟です」
 手招いた男にそう返事すると、男は暖斗の腕をガッシと捕まえて、引き摺るようにしてこっちだと案内した。

 そんな事しなくても、こっちが付いて行きたい位だと思いながら、暖斗は男に引き摺られた。
 受付の男は暖斗を控え室のような部屋に連れて行った。その部屋には紋付羽織袴の男が腕を組んで椅子に座っていた。どこかで見たことがある男だと考えて、やっと有香の結婚相手だと思い出した。


 暖斗は、姉の有香の結婚相手の如月義純きさらぎよしずみとは、一回しか会っていない。
 痩せて細っこい暖斗の二倍も三倍もありそうなガタイの男だった。姉と二人姉弟の暖斗は兄が出来ると喜んだのだが。

 義純は腕を組んだまま暖斗を見た。鋭い目つきに暖斗は射殺されそうだと思って唾を飲みこんだ。こんな男だっただろうか。案内して来た受付の男が義純に耳打ちしている。

「こんにちは。あの、姉達は何処に……」
 暖斗は恐る恐る聞いた。
「逃げた」
 義純は一言答えた。

(逃げた……、逃げたって……? どういうこと……なんだ?)
 暖斗は男の鋭い視線に何度も射殺されながら考えた。
(俺はどうしょう。俺も謝って逃げる……、もとい帰るしかないよな。帰って姉ちゃん達に訳を聞いて……)

 そこまで暖斗が考えた時、義純が言う。
「お前、姉の責任を取って身代わりになれ」
 あんまりな事である。大体暖斗は男だ。見て分からないんだろうか。しかし暖斗が返事をする前に、義純はまだそこにいた受付の男に言った。
「こいつに花嫁衣裳を着せろ」
 そして暖斗の襟首を掴んで脅した。
「逃げるなよ。男だろう。姉の落とし前をお前がつけるんだ」
 大きなガタイの男が上から睨みつけて鋭い目付きで言う。暖斗は唾を飲み込んでコクコクと頷くしかなかった。

 そのまま暖斗は花嫁の控え室に連れて行かれて、べたべたと白粉を塗りたくられ、鬘を被せられ金襴緞子を着せられた。
 身代わりとは結婚式の花嫁の役だと、暖斗はやっと納得した。式の日に嫁さんに逃げられたら格好つかないもんなと、少し義純に同情して大人しく衣装を身に着けた。その日の文化祭で、お姫様の役をやったばかりだったので、まだその気分が抜けきっていなかったのだ。
 暖斗にとって不幸な事に……。


 重い鬘をかぶり、付き添いの女性に手を引かれて義純の後を静々と歩いた。その時まで暖斗は姉達が何で逃げたのか見当もつかなかった。

 式場に入って正面に義純と並んで座って、ふと顔を上げた。招待席に座っている人々が見えた。どこか違う雰囲気に首を傾げてそして気付いた。
(ぎゃーーー!!!)
 暖斗は心の中で叫んだ。
 招待席には怖げなその筋のお客さんがずらりと並んでいたのだ。暖斗でも分かる。目付きや雰囲気が違う人々が、しかもこれだけずらっと並んでいると、この人々は堅気じゃないという事が。

(じゃあ、じゃあ……、この新郎さんは……ヤの字のつく……)
 暖斗は神妙な顔をして隣に座っている義純を恐る恐る窺った。
(姉ちゃんが逃げ出す筈だ。俺も逃げ出したい──)
 暖斗は震える体で何とか式が終わるまで我慢した。


 しかし、式が終わると挨拶があるからとそのまま着物を着せられ、純日本風の立派な門構えの義純の屋敷に連れて行かれた。逃げようにも暖斗の腕をいつも誰かが捕まえていて逃げられなかった。

 広い屋敷の門を入ったとたん、玄関前にずらっと並んで出迎えた子分さんたちが一斉に頭を下げる。暖斗は固まったまま義純に引き摺られて屋敷に入った。

「怖いよ。帰りたいよ。もう俺のすることは終わっただろう。帰してくれ」
 部屋に落ち着いてやっと二人きりになって暖斗は義純に訴えた。
 しかし義純は暖斗に宣言したのだ。
「お前は今日から俺の嫁だ」



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。

くまだった
BL
 新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。  金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。 貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け ムーンさんで先行投稿してます。 感想頂けたら嬉しいです!

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!

BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!

学校帰りに待っていた変態オヤジが俺のことを婚約者だという

拓海のり
BL
「はじめまして、大嶋渉(わたる)君。迎えに来ました」 学校帰りに待っていたスーツをきちっと着たオヤジはヘンタイだった。 タイトル少しいじっています。 ヘンタイオヤジ×元気な高校生。 拙作『姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました』のスピンオフ作品です。これだけでも読めると思います。40000字位の短編です。 女性表現にこてこての描写がありますので、嫌な方は即ブラウザバックして下さりませ。

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話

屑籠
BL
 サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。  彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。  そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。  さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

処理中です...