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1 お嫁に行ってしまった(1)
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芳原暖斗は急いでいた。今日は姉の有香の結婚式の日だった。しかし、暖斗の学校の文化祭の日でもあった。
暖斗の通っている高校は男子校で、文化祭の寸劇で暖斗はお姫様の役を押し付けられていて、抜けられなかったのだ。姉の結婚が急に決まった所為もあった。
女の役を押し付けられて一度はむくれたけれど、引き受けた以上はきちんとこなそうとする、何にでも一生懸命な暖斗だった。
とにかく暖斗は無事に劇を終えて、有香の結婚式会場に駆けつけたのだった。
しかし、式場には姉も父も母も誰もいなかった。
会場を間違えたのだろうか。不安に駆られながら、暖斗は両親と姉を捜して会場をウロウロした。すると受付の男が暖斗を見つけて手招いた。
「君、芳原さんの親戚の人?」
「はい。ええと、新婦の芳原有香の弟です」
手招いた男にそう返事すると、男は暖斗の腕をガッシと捕まえて、引き摺るようにしてこっちだと案内した。
そんな事しなくても、こっちが付いて行きたい位だと思いながら、暖斗は男に引き摺られた。
受付の男は暖斗を控え室のような部屋に連れて行った。その部屋には紋付羽織袴の男が腕を組んで椅子に座っていた。どこかで見たことがある男だと考えて、やっと有香の結婚相手だと思い出した。
暖斗は、姉の有香の結婚相手の如月義純とは、一回しか会っていない。
痩せて細っこい暖斗の二倍も三倍もありそうなガタイの男だった。姉と二人姉弟の暖斗は兄が出来ると喜んだのだが。
義純は腕を組んだまま暖斗を見た。鋭い目つきに暖斗は射殺されそうだと思って唾を飲みこんだ。こんな男だっただろうか。案内して来た受付の男が義純に耳打ちしている。
「こんにちは。あの、姉達は何処に……」
暖斗は恐る恐る聞いた。
「逃げた」
義純は一言答えた。
(逃げた……、逃げたって……? どういうこと……なんだ?)
暖斗は男の鋭い視線に何度も射殺されながら考えた。
(俺はどうしょう。俺も謝って逃げる……、もとい帰るしかないよな。帰って姉ちゃん達に訳を聞いて……)
そこまで暖斗が考えた時、義純が言う。
「お前、姉の責任を取って身代わりになれ」
あんまりな事である。大体暖斗は男だ。見て分からないんだろうか。しかし暖斗が返事をする前に、義純はまだそこにいた受付の男に言った。
「こいつに花嫁衣裳を着せろ」
そして暖斗の襟首を掴んで脅した。
「逃げるなよ。男だろう。姉の落とし前をお前がつけるんだ」
大きなガタイの男が上から睨みつけて鋭い目付きで言う。暖斗は唾を飲み込んでコクコクと頷くしかなかった。
そのまま暖斗は花嫁の控え室に連れて行かれて、べたべたと白粉を塗りたくられ、鬘を被せられ金襴緞子を着せられた。
身代わりとは結婚式の花嫁の役だと、暖斗はやっと納得した。式の日に嫁さんに逃げられたら格好つかないもんなと、少し義純に同情して大人しく衣装を身に着けた。その日の文化祭で、お姫様の役をやったばかりだったので、まだその気分が抜けきっていなかったのだ。
暖斗にとって不幸な事に……。
重い鬘をかぶり、付き添いの女性に手を引かれて義純の後を静々と歩いた。その時まで暖斗は姉達が何で逃げたのか見当もつかなかった。
式場に入って正面に義純と並んで座って、ふと顔を上げた。招待席に座っている人々が見えた。どこか違う雰囲気に首を傾げてそして気付いた。
(ぎゃーーー!!!)
暖斗は心の中で叫んだ。
招待席には怖げなその筋のお客さんがずらりと並んでいたのだ。暖斗でも分かる。目付きや雰囲気が違う人々が、しかもこれだけずらっと並んでいると、この人々は堅気じゃないという事が。
(じゃあ、じゃあ……、この新郎さんは……ヤの字のつく……)
暖斗は神妙な顔をして隣に座っている義純を恐る恐る窺った。
(姉ちゃんが逃げ出す筈だ。俺も逃げ出したい──)
暖斗は震える体で何とか式が終わるまで我慢した。
しかし、式が終わると挨拶があるからとそのまま着物を着せられ、純日本風の立派な門構えの義純の屋敷に連れて行かれた。逃げようにも暖斗の腕をいつも誰かが捕まえていて逃げられなかった。
広い屋敷の門を入ったとたん、玄関前にずらっと並んで出迎えた子分さんたちが一斉に頭を下げる。暖斗は固まったまま義純に引き摺られて屋敷に入った。
「怖いよ。帰りたいよ。もう俺のすることは終わっただろう。帰してくれ」
部屋に落ち着いてやっと二人きりになって暖斗は義純に訴えた。
しかし義純は暖斗に宣言したのだ。
「お前は今日から俺の嫁だ」
暖斗の通っている高校は男子校で、文化祭の寸劇で暖斗はお姫様の役を押し付けられていて、抜けられなかったのだ。姉の結婚が急に決まった所為もあった。
女の役を押し付けられて一度はむくれたけれど、引き受けた以上はきちんとこなそうとする、何にでも一生懸命な暖斗だった。
とにかく暖斗は無事に劇を終えて、有香の結婚式会場に駆けつけたのだった。
しかし、式場には姉も父も母も誰もいなかった。
会場を間違えたのだろうか。不安に駆られながら、暖斗は両親と姉を捜して会場をウロウロした。すると受付の男が暖斗を見つけて手招いた。
「君、芳原さんの親戚の人?」
「はい。ええと、新婦の芳原有香の弟です」
手招いた男にそう返事すると、男は暖斗の腕をガッシと捕まえて、引き摺るようにしてこっちだと案内した。
そんな事しなくても、こっちが付いて行きたい位だと思いながら、暖斗は男に引き摺られた。
受付の男は暖斗を控え室のような部屋に連れて行った。その部屋には紋付羽織袴の男が腕を組んで椅子に座っていた。どこかで見たことがある男だと考えて、やっと有香の結婚相手だと思い出した。
暖斗は、姉の有香の結婚相手の如月義純とは、一回しか会っていない。
痩せて細っこい暖斗の二倍も三倍もありそうなガタイの男だった。姉と二人姉弟の暖斗は兄が出来ると喜んだのだが。
義純は腕を組んだまま暖斗を見た。鋭い目つきに暖斗は射殺されそうだと思って唾を飲みこんだ。こんな男だっただろうか。案内して来た受付の男が義純に耳打ちしている。
「こんにちは。あの、姉達は何処に……」
暖斗は恐る恐る聞いた。
「逃げた」
義純は一言答えた。
(逃げた……、逃げたって……? どういうこと……なんだ?)
暖斗は男の鋭い視線に何度も射殺されながら考えた。
(俺はどうしょう。俺も謝って逃げる……、もとい帰るしかないよな。帰って姉ちゃん達に訳を聞いて……)
そこまで暖斗が考えた時、義純が言う。
「お前、姉の責任を取って身代わりになれ」
あんまりな事である。大体暖斗は男だ。見て分からないんだろうか。しかし暖斗が返事をする前に、義純はまだそこにいた受付の男に言った。
「こいつに花嫁衣裳を着せろ」
そして暖斗の襟首を掴んで脅した。
「逃げるなよ。男だろう。姉の落とし前をお前がつけるんだ」
大きなガタイの男が上から睨みつけて鋭い目付きで言う。暖斗は唾を飲み込んでコクコクと頷くしかなかった。
そのまま暖斗は花嫁の控え室に連れて行かれて、べたべたと白粉を塗りたくられ、鬘を被せられ金襴緞子を着せられた。
身代わりとは結婚式の花嫁の役だと、暖斗はやっと納得した。式の日に嫁さんに逃げられたら格好つかないもんなと、少し義純に同情して大人しく衣装を身に着けた。その日の文化祭で、お姫様の役をやったばかりだったので、まだその気分が抜けきっていなかったのだ。
暖斗にとって不幸な事に……。
重い鬘をかぶり、付き添いの女性に手を引かれて義純の後を静々と歩いた。その時まで暖斗は姉達が何で逃げたのか見当もつかなかった。
式場に入って正面に義純と並んで座って、ふと顔を上げた。招待席に座っている人々が見えた。どこか違う雰囲気に首を傾げてそして気付いた。
(ぎゃーーー!!!)
暖斗は心の中で叫んだ。
招待席には怖げなその筋のお客さんがずらりと並んでいたのだ。暖斗でも分かる。目付きや雰囲気が違う人々が、しかもこれだけずらっと並んでいると、この人々は堅気じゃないという事が。
(じゃあ、じゃあ……、この新郎さんは……ヤの字のつく……)
暖斗は神妙な顔をして隣に座っている義純を恐る恐る窺った。
(姉ちゃんが逃げ出す筈だ。俺も逃げ出したい──)
暖斗は震える体で何とか式が終わるまで我慢した。
しかし、式が終わると挨拶があるからとそのまま着物を着せられ、純日本風の立派な門構えの義純の屋敷に連れて行かれた。逃げようにも暖斗の腕をいつも誰かが捕まえていて逃げられなかった。
広い屋敷の門を入ったとたん、玄関前にずらっと並んで出迎えた子分さんたちが一斉に頭を下げる。暖斗は固まったまま義純に引き摺られて屋敷に入った。
「怖いよ。帰りたいよ。もう俺のすることは終わっただろう。帰してくれ」
部屋に落ち着いてやっと二人きりになって暖斗は義純に訴えた。
しかし義純は暖斗に宣言したのだ。
「お前は今日から俺の嫁だ」
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