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60 星の降る丘

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「これは仮説だが、感染力の強い者よりも、弱い者のミアズマのワクチンが免疫も出来やすいのではないだろうか。この仮説についてはどう思う?」
「そういえば病原菌の強さで、何か変わることがあるのだろうか」
「絶対数が多くないので何とも言えませんが、弱い者は寿命もそれなりかと──」
「寿命があるのか」

「多分。我々の身体にはカレンダーがある。日めくりのカレンダー、月めくりのカレンダー、一年のカレンダー。カレンダーは更新されるが、普通の人間はカレンダーが更新されなくなって死んでしまう。我々に寄生したミアズマは宿主を失うまいとしてカレンダーを更新する。身体はいつ果てるともなく彼らによって更新される。が、ある日、突然更新されなくなる」
 いつか終わりの日が来るという。
「まだ、ただの仮説にすぎません、我々の寿命がどれほどなのか分かりませんので」
「そうか、我々にも寿命があるようで安心した」
「仮説にすぎません、空を渡る船に乗って来るくらいですので」
 それにアストリの作る薬がどういう風に絡んで来るか、まだまだ研究しなければ。


  ◇◇

 四つの国の境界の地に、かつて小さな集落が幾つかあって戦場の村と呼ばれた。この地はノヴァーク王国に併合され、この内三つの小公国と戦場の村を辺境の地としてエドガールが治めている。
 ミハウはその戦場の村の地に聖堂を建てた。
 その聖堂の女神サウレ像は、鍵になった首飾りとその鎖に通された指輪の入った宝石箱を大事そうに両手に抱えている。
 サウレ像の立つ天井はステンドグラスではなく透明なガラス張りで、晴れた日は光が降り注ぎ、夜は星が瞬く。


 戦場の村からシェジェルの鉱山の町に行く道は、街道が整備され家々も立ち並び賑やかになった。エドガールは領都をそこに置き、立派な城砦を建て街は賑やかである。

「セヴェリン、公国領を分けないか」
「いや、俺は一介の兵士だ。今でも十分過ぎる身分だ」
「そうかなあ」
 エドガールは辺境伯で侯爵待遇の身分である。副官として十分に働いてくれる男に報いたいと思うが断られる。
「それにこの領地は、前に細切れにして上手くいかなかったんだろう。そのままがいいさ。俺は人の上に立つなんてガラじゃないし」
 そう言いながら面倒見の良い男で配下に懐かれている。そういえばジャンもこの男にいまだに懐いていて、暇なときはワインを持ってふらりと遊びに来る。

 ある日鍛錬を終えて一休み。空を見上げる。帝国は帝国ではなく共和国になった。ノヴァーク王国は友好条約を結んだ。

 こういう時は思い出す。付かず離れずしていた魔術師を。
 アイツは何をしているんだ。もう来ない気か。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン……

 考え込むセヴェリンの眼の前を、風魔法のカマイタチが飛んでいった。
(誰だ! 女?)
 暫らく前からこの地に来て、男所帯のこの辺境伯家に居ついた女。侍女頭を務め、裏表なく働き、荒事にもひるまない。
「全然気付かないんだもの、鈍感、ニブチン、セヴェリンの馬鹿──」
「え、お前……」
「私達、いい相棒だったよね。そう思わない?」
 女が逃げる。そういえば何時もローブを深く被って、幻視をかけていた。そういえば少し細かった。そういえば少し高い声だった。男だと決めつけていたのだ。
「思っているさ」ずっと待っていたんだぞ。その姿は反則だ。
 セヴェリンはダッシュして追いかけた。


  ◇◇

 空には星が輝いている。昔ここは戦場の村だった。今は辺境伯領、星の降る丘。
 ミハウが一つ目の魔獣を呼び出す。魔獣はそこらの木の枝に舞い降りて、映像を出す。王宮の舞踏会だ。ワルツの音楽が流れる。

 ミハウはアストリの前で胸に手を当て片手を差し出す。
「奥様、お手をどうぞ」
「はい」
 アストリがにっこり笑って手を乗せるとホールドして音楽に合わせ踊り出す。
 踊って笑って、くるくる回って、抱き上げて、そしてキス。


 この世界が終わるまで、あなたと伴に生きよう。
 そして流れる星になって、見知らぬ星に降りそそぐ光となろう。



  終



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