60 / 60
60 星の降る丘
しおりを挟む「これは仮説だが、感染力の強い者よりも、弱い者のミアズマのワクチンが免疫も出来やすいのではないだろうか。この仮説についてはどう思う?」
「そういえば病原菌の強さで、何か変わることがあるのだろうか」
「絶対数が多くないので何とも言えませんが、弱い者は寿命もそれなりかと──」
「寿命があるのか」
「多分。我々の身体にはカレンダーがある。日めくりのカレンダー、月めくりのカレンダー、一年のカレンダー。カレンダーは更新されるが、普通の人間はカレンダーが更新されなくなって死んでしまう。我々に寄生したミアズマは宿主を失うまいとしてカレンダーを更新する。身体はいつ果てるともなく彼らによって更新される。が、ある日、突然更新されなくなる」
いつか終わりの日が来るという。
「まだ、ただの仮説にすぎません、我々の寿命がどれほどなのか分かりませんので」
「そうか、我々にも寿命があるようで安心した」
「仮説にすぎません、空を渡る船に乗って来るくらいですので」
それにアストリの作る薬がどういう風に絡んで来るか、まだまだ研究しなければ。
◇◇
四つの国の境界の地に、かつて小さな集落が幾つかあって戦場の村と呼ばれた。この地はノヴァーク王国に併合され、この内三つの小公国と戦場の村を辺境の地としてエドガールが治めている。
ミハウはその戦場の村の地に聖堂を建てた。
その聖堂の女神サウレ像は、鍵になった首飾りとその鎖に通された指輪の入った宝石箱を大事そうに両手に抱えている。
サウレ像の立つ天井はステンドグラスではなく透明なガラス張りで、晴れた日は光が降り注ぎ、夜は星が瞬く。
戦場の村からシェジェルの鉱山の町に行く道は、街道が整備され家々も立ち並び賑やかになった。エドガールは領都をそこに置き、立派な城砦を建て街は賑やかである。
「セヴェリン、公国領を分けないか」
「いや、俺は一介の兵士だ。今でも十分過ぎる身分だ」
「そうかなあ」
エドガールは辺境伯で侯爵待遇の身分である。副官として十分に働いてくれる男に報いたいと思うが断られる。
「それにこの領地は、前に細切れにして上手くいかなかったんだろう。そのままがいいさ。俺は人の上に立つなんてガラじゃないし」
そう言いながら面倒見の良い男で配下に懐かれている。そういえばジャンもこの男にいまだに懐いていて、暇なときはワインを持ってふらりと遊びに来る。
ある日鍛錬を終えて一休み。空を見上げる。帝国は帝国ではなく共和国になった。ノヴァーク王国は友好条約を結んだ。
こういう時は思い出す。付かず離れずしていた魔術師を。
アイツは何をしているんだ。もう来ない気か。
ヒュンヒュンヒュンヒュン……
考え込むセヴェリンの眼の前を、風魔法のカマイタチが飛んでいった。
(誰だ! 女?)
暫らく前からこの地に来て、男所帯のこの辺境伯家に居ついた女。侍女頭を務め、裏表なく働き、荒事にもひるまない。
「全然気付かないんだもの、鈍感、ニブチン、セヴェリンの馬鹿──」
「え、お前……」
「私達、いい相棒だったよね。そう思わない?」
女が逃げる。そういえば何時もローブを深く被って、幻視をかけていた。そういえば少し細かった。そういえば少し高い声だった。男だと決めつけていたのだ。
「思っているさ」ずっと待っていたんだぞ。その姿は反則だ。
セヴェリンはダッシュして追いかけた。
◇◇
空には星が輝いている。昔ここは戦場の村だった。今は辺境伯領、星の降る丘。
ミハウが一つ目の魔獣を呼び出す。魔獣はそこらの木の枝に舞い降りて、映像を出す。王宮の舞踏会だ。ワルツの音楽が流れる。
ミハウはアストリの前で胸に手を当て片手を差し出す。
「奥様、お手をどうぞ」
「はい」
アストリがにっこり笑って手を乗せるとホールドして音楽に合わせ踊り出す。
踊って笑って、くるくる回って、抱き上げて、そしてキス。
この世界が終わるまで、あなたと伴に生きよう。
そして流れる星になって、見知らぬ星に降りそそぐ光となろう。
終
読んで下さってありがとうございました!
0
お気に入りに追加
78
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる