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58 ルーク湖
しおりを挟む春になって、うらうらと晴れた日に、ミハウはボロウスキ公爵の案内でルーク湖に視察に出ていた。湖の半分、深くて入り組んだ入江のある方側はサーペントたちのもので、人間には不可侵領域である。サーペントは湖の中を何処までも自由に行き来できるが人は入れない。漁師がたまに苦情を訴えて来るがノヴァーク国側は周知しているので、他の国の者あるいは不法就労者が多い。
わざわざ派手に視察と銘打って大型船で出向けば、恨みを抱いた者や湖賊の残党が湧いて出る。近頃サーペントの領域を設けたことで余計に腹立たしく思っているのか、沢山の小舟で取り囲み、問答無用で弓矢火矢を射かけてきた。
大型船に火が点いてあちこちで煙が上がる。それっとばかりに勢い付いた湖賊は、鉤縄を投げて船を接舷して乗り込んで来る。
「皆殺しだぜ」
「捕まえろ。身代金を取るんだ」
「殺っちまえ」
カットラスやレイピアを持ち込んで襲い掛かって来る。
「こいつらは学ばんのか」
「あの時は皆殺しだったんだろう」
湖賊が船に乗り込むのを待ち構えて、ボロウスキ公爵が腕を斬って血を飛ばすと、バタバタと面白いように倒れる。
「おお、これは良い」
「気違いに刃物だな」
悪鬼の如き公爵とそれを横目に渋い顔のミハウ。
「小舟は早いですね。どういう仕組みか見たいです」
どういう訳かエリザも同乗していて、興味深げに湖賊の船を見ている。
「では、小船を少し頂こうか『パラリゼ』」
ミハウたちの乗った船に取り付いていた湖賊船の男たちが痺れてバタバタと倒れ、動かなくなった。軽く一言唱えただけでこの威力である。ボロウスキ公爵は口を引き結んで無言でミハウを見た。
「誰か生き返らないか」
船の上で血を吐いて斃れた者達を調べている護衛兵に尋ねると、思いがけず公爵が返事をする。
「生き返った者ならこの前の火事でいたぞ。牢に入れてある」
ボロウスキ公爵は屋敷の牢で喚いていた湖賊を思い出す。拷問しようが餌を提示しようが頑としていう事を聞かない。もはや飽いて忘れるともなく放置していた。
「モンタニエ教授に聞かなかったか? 貴公の血でこのように死んでしまうと。その捕らえた湖賊も我らと同じだろうに」
「話は聞いたが免疫の話も聞いた。屋敷に襲い掛かった湖賊を始末した者を使ったのだ。大体は無事であった」
そうかとミハウは息を吐いた。公爵を見くびってはいけない。ミハウを気に入らなくとも、この利のある話に乗って、湖賊を片付け、湾港を整備し、船を造船する。並大抵の力では出来ない。
「そいつを連れて来い公爵。王都に彼らと一緒に連れて行く」
ミハウが湖賊の船で痺れて捕縛されている者たちを指す。
「どうするんだ。奴らは反抗的で扱い辛いぞ」
「彼らには、このルーク湖の湾港警邏隊になってもらう」
「なるか?」
「なるさ」
「魔道具付きで?」
「そんなことはしない」
「ふん」
公爵はミハウの考えを推し量るのを止めた。
王宮に連行された男たちは牢に入れられた後、選別されて何人か後宮に留め置かれた。その後、ミハウはエドガールとボロウスキ公爵を引き合わせ、別邸を襲撃し生き返って公爵の牢に留め置かれた男も伴って、ルーク湖の奥のサーペントの領域に連れて行く。男は不敵な顔をしていたが態度には出さない。
湖に突き出た岬で待つと、やがて波を蹴立ててサーペントの群れが近付いた。
『何か用か』
群れの中からひときわ大きな個体が泳いでミハウの前に近付く。
「この湖の警邏隊を立ち上げる。この男がエドガール辺境伯だ。彼が責任者。ボロウスキ公爵だ。彼が所有者だ。そしてこの男が警邏隊の隊長を務める」ミハウは最後に牢に入っていた男を紹介する。
「なっ!」男は驚いた様子でミハウとサーペントを交互に見る。
「今日は顔見せに来た」
ミハウが紹介する男達をサーペントの長は次々に見て『あい分かった』と頷いた。群れは悠々と引き上げて行く。
「お、おい、お、俺が隊長だと──」
「ああ、任せた。あとはエドガールに従ってくれ」
呆然としている男とエドガールと公爵を残して、ミハウは帰って行った。
「彼奴はいつもああいう奴なのか」ボロウスキ公爵が聞けばエドガールは溜め息を吐く。「俺も暇じゃないんだがな」
いや聞きたいのはそこじゃない。ボロウスキ公爵は呆れかえったが、やはりミハウの考えを推し量るのを止めた。
三人で湖上警邏隊を立ち上げる。隊員は改心した湖賊と、王国兵とボロウスキ公爵家の警備兵から募った。警邏隊の小舟は湖賊の船を押収して改造したものだ。
警邏隊員用の詰所や宿舎にいちいち文句をつけるエドガールに、公爵も王宮に苦情を申し立てた。結局、ミハウはエドガールとレオミュール侯爵を呼んでボロウスキ公爵と折衝してようやく着地点を見出した。
その甲斐あってか、やっとルーク湖の海上輸送航路が開けた。この折衝に当たったのはレオミュール侯爵で、ルーク湖の沿岸四カ国の意見をまとめ上げて条約の締結にこぎつけたのは秋だった。
◇◇
ボロウスキ公爵の港は順調に整備されてゆく。すでに出来上がった港で他国からの荷物が水揚げされ、この国からも物資が他国へ運ばれ始めている。
そんな活気のある港に、マリーがブルトン夫人とロジェを案内してきた。
「何じゃ」
「ここにホテルを建てたいそうなの」
「ここにはカジノと娼館とヨットレースを設置して、一大歓楽街を作るのだ」
「まあ、私は高級避暑地が良いですわ。話が違いますわ」
夫人と公爵は睨み合う。
ミハウが呼ばれた。
「カジノは隣の領との境にしろ。ここは海運業の積み荷下ろし場にして倉庫など置く。高級ホテルはサーペントの領域近くの静かな場所でどうだ。別荘なども建てて家族連れが来るような所にすればよい」
ブルトン夫人が頷く。それを見て、ボロウスキ公爵に向かい言う。
「カジノや歓楽街は隣の領と話し合って悪評を躱せ。共同事業にしてやれば協力するだろう。距離はそう離れていないから、殿方はそちらに行く」
「なるほど」
「街道を整備すれば人の動きも活発になる。お金を落して行くだろう」
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