49 / 60
49 その頃シェジェルでは
しおりを挟むシェジェルの鉱山の町から戦場の村寄りに小高い山があった。頂は割となだらかで戦場の村からの街道を見下ろす位置にある。頂付近を平らにならして鍛錬場にした。仮屋を建てて結界魔道具を置き体裁を整えると、このシェジェルの駐屯兵たちや鉱山の警備兵が集まって来た。警備の兵卒と鉱夫の募集を出しているので少しずつ人が増える。住まいを整えて、食堂を作ると段々賑わって来る。
「俺の人望だな」
エドガールは胸を張る。満更違う訳でもない。
「俺はあんたに謝るべきだろうか」
エドガールはゆっくりと、少し暗い顔をしたセヴェリンを振り返る。口を引き結んだ大男が上から無表情に見ると非常に恐ろしいものがあった。内心、地雷を踏んだかと思ったがこれは聞いておかなければいけない事だ。セヴェリンはつばを飲み込んで何とか耐える。
「お前が斃したリュクサンブールという男は強かった。顔に傷を負っていたが、あ奴に嫁したいという女性は多かった。嫁は貰わんと言っていたようだがの」
あのアストリの父親かも知れぬと言われていた男。あの男は強かった。剣は掠りもしないし、彼は無駄な殺生はしなかった。彼が剣を振るっていたら、いち早くセヴェリンたちの血の餌食になっただろう。彼は囮だと思って避けたのだ。
「我々は西の地をあいつに任せておけば良かったのだ、城も人も。それをお前は斃した。お前の所為だとは言わん。帝国の策略であるし、お前も被害者だからな。それでも、お前は生きているのだ。何かの役に立て。その為に俺はお前を鍛える」
最後にセヴェリンの襟首を捕まえて「逃げるなよ」と怖そうな顔で笑う。
セヴェリンはエドガールの顔を見たままコクコクと頷いた。
死なない身体になった。それだけでなく、怪我をすれば人がバタバタ死んでゆく。人が逃げる。行き場がなかった。帝国に捕らえられ、牢に繋がれ、実験動物のように扱われた。帝国側の人間が死んで、牢に放置されていた時もある。
やがて人殺しの道具として使われるようになった。ジャンが仲間になり、自分に名前があった事を思い出した。
帝国には相変わらず道具として使われた。何人もの人間が血に染まって死んでゆくのを見た。
「その、勘違いかもしれないが──」
「何だ」
マリーの血でひとり仲間が増えた時。もしやと思った。
「あんたの息子たちを殺した時、後ろから魔法を放った奴がいた」
「風魔法か」
「そうだ。考えてみればあいつも仲間かもしれん。魔術師は寿命が長いと聞いていたが、それに何時もローブを被って顔を隠していて、話しかけたり近付いて来ることはなかったが」
セヴェリンはエドガールに鍛えられながら待っていた。
彼には確信がある。帝国で隷属の首輪を嵌められ使われていた時、セヴェリンといつも対になって魔法を使う男がいた。風魔法をセヴェリンの背中に当てた男だ。リュクサンブール城を落すきっかけになった魔法。
あいつとは長らく対で使われた。年齢も分かりにくい、魔術師は長生きするというので帝国ではセヴェリンたちの仲間とは思っていなかったようだ。彼は首輪をしていなかった。長いローブを着て顔を隠して、でも帝国には魔術師が多くないので珍重されていた。
あの男が来る。きっと来る。
◇◇
ジャンは葡萄畑をシェジェルの鉱山の町に行く途中で見つけた。川を渡る橋の上から川の斜面に沿って広がる段々畑を見たのだ。職人としてワイナリーに雇ってもらい、当主と一緒にワインを作っている。
その日、離れた一角の葡萄畑にカビが生えてしなびたようになっている葡萄を発見したジャンは、慌てて当主に知らせに走った。
「大変だ、葡萄にカビが生えて──」
「そいつは川の近くの畑か」
「そうだ」
「行こうか」
当主はジャンと一緒に畑に向かうが、その顔は何となく嬉しそうだ。
そしてカビの生えた葡萄をチェックして頷いた。
「このしなびた奴でワインを作ると非常に甘いワインが出来るんだ」
「もしかしてトカイとかいう……?」
話に聞いた事がある。非常に甘いワインで熟成に適していると。
「そうだ、良く知ってるな。前にお屋敷の家令殿に苗を頂いた。あの川沿いの畑はその品種を増やしたもので占めている」
「そうか、見た目が病気に見えるんでオレ慌てたよ」
「他の病気に罹るとダメなんで気を付けないとな」
「おお」
◇◇
ミハウは執務室でクルトとマガリが作ってくれた人物リストのひとりと引見していた。彼はリシャルト・バクスト辺境伯。ノヴァーク王国の東の端に位置するバクスト地方を治め、東側から来る蛮族や遊牧民、あるいは魔獣から国を守る辺境伯である。
非常に大柄でガタイが良い。髪は濃い栗色でうねった髪を耳の下で切り揃えている。齢は死んだ兄王ルドヴィクと同い年で、兄と仲が良かった。彼はミハウが親書で呼び出すまで、ずっと辺境領に引き籠っていた。
「元気だったか」
「お陰様で」
低い腹に響くような声が返答する。立ち上がって片膝をつき、謝罪した。
「ミハウ陛下、即位のお祝いにも駆け付けず申し訳ありません」
「いや、こちらこそ何もかも投げ出して逃げて悪かった。君は後から来たんだとばかり思っていたよ」
「当時の国王に呼びつけられて参上しまして、騒ぎに巻き込まれ、気が付いたら王宮内に倒れておりました。体調が悪く、暫らく王都の屋敷で臥しておりました」
兄王ルドヴィクの友人であった彼が、兄を斃し王位を簒奪したミハウを良く思う訳がない。彼は体調を理由に辺境の地に帰った後、二度と王都に来ることはなかった。
「話というのは外でもない。君の領地の東北に広がる草原と砂地を農地に変える気はないか」
「は?」
真面目な男であった。ミハウに靡く臣下を苦々しく思ってもいた。自分はそうはならない。反旗を翻す気はなかったが、膝を折る気にもなれなくて王都を去った。
蛮族も遊牧民も追い払って、最早ノヴァーク王国の北東側には敵はいない。だから何か文句があるか、と半ば捨て鉢な気持ちで王都を訪れた。
ミハウの意外な言葉に何と答えるべきか、バクスト辺境伯がその硬い頭を捻っていると、人払いをした執務室に、いきなり側付の侍従が飛び込んできた。
「陛下、王妃様が──」
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
異世界でもプログラム
北きつね
ファンタジー
俺は、元プログラマ・・・違うな。社内の便利屋。火消し部隊を率いていた。
とあるシステムのデスマの最中に、SIer の不正が発覚。
火消しに奔走する日々。俺はどうやらシステムのカットオーバの日を見ることができなかったようだ。
転生先は、魔物も存在する、剣と魔法の世界。
魔法がをプログラムのように作り込むことができる。俺は、異世界でもプログラムを作ることができる!
---
こんな生涯をプログラマとして過ごした男が転生した世界が、魔法を”プログラム”する世界。
彼は、プログラムの知識を利用して、魔法を編み上げていく。
注)第七話+幕間2話は、現実世界の話で転生前です。IT業界の事が書かれています。
実際にあった話ではありません。”絶対”に違います。知り合いのIT業界の人に聞いたりしないでください。
第八話からが、一般的な転生ものになっています。テンプレ通りです。
注)作者が楽しむ為に書いています。
誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめてになります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚
ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。
しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。
なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!
このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。
なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。
自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!
本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。
しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。
本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。
本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。
思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!
ざまぁフラグなんて知りません!
これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。
・本来の主人公は荷物持ち
・主人公は追放する側の勇者に転生
・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です
・パーティー追放ものの逆側の話
※カクヨム、ハーメルンにて掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる