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21 審問と聖女
しおりを挟む王都の聖サウレ大聖堂。
修道院の院長とミハウと三人で乗り込む。従者は控室にて待つように、何かあれば侯爵邸に帰って、レオミュール侯爵の指示を仰ぐようにと──。
「私たちは大丈夫ですので」
アストリがそう言えば従者は頷くしかない。
神殿騎士達が待ち構えていて、囲まれるようにして案内されて大聖堂に向かう。
非常に立派な建物である。正面ファサードに立つと両側に高く聳える尖塔、正面上部には大きなバラ窓がある。
扉口を入れば聖堂は眩いばかりで、透かし彫りの施された長椅子が並び、身廊に絨毯が敷かれ、美しい柱は天井に向かって枝を広げ模様を描く。正面には色鮮やかなステンドグラスと美しいバラ窓、そして女神サウレの像が正面に鎮座している。
三人で女神サウレの前に跪き、手を組む。
「女神様に感謝を。ここまで来れたことに──」
祈りを遮って神官が声をかけた。
「アストリとはそなたか。大司教猊下がお呼びである」
大聖堂には司教がいる。王都の大聖堂の司教は大司教と呼ばれる。ネウストリア王国の聖サウレ教会派を束ねる者である。大司教猊下と呼ぶ。
アストリたちは騎士らに引き立てられて聖堂の周歩廊にある階段を降りた。そこは広間になっている。石の床に拘束具のぶら下がった壁。反対側は階段状にせり上がった審問席で、すでに聖職者たちが着席していた。
内部はほのかに暗い。高窓にあるステンドグラスだけが上から明るく赤や青の光を落している。審問席の最上階に白い立派な法衣を着て赤や金の帯を垂らし、冠を被った男が前後に聖職者を従えて現れた。
進行役の司祭が重々しく告げる。
「では、これより異端審問を行う。サウレ修道院長並びに孤児アストリ」
騎士が司教の前に院長とアストリとミハウを跪かせる。
審問員の司祭のひとりが罪状を述べる。
「この者たちは聖サウレ神の教えに背く異端者である。潔く罪を認め、考えを改め、刑罰に服するならよし、反抗すれば、改宗するまで拷問にかけて神の許しを乞い願うのだ」
堂々と修道院長が反駁する。
「聖サウレ神は、そのような惨い事を我々神の子に押し付けたりいたしません」
審問員が立ち上がろうとしたが、それを遮って司教がアストリに語りかけた。
「聞けば四属性持ちで光の属性にも目覚めたとか、こちらに降るなら、王家から庇ってあげないでもありませんよ、ねえアストリとやら」
騎士がアストリの髪を持ち上げて上を向かせる。銀の髪グレーの瞳の色の無い少女は、ミハウに引き取られ、レオミュール侯爵家で磨かれて、伸びやかな肢体、真っ直ぐな視線の、美しい娘に変身していた。
「神に罰されるべきは王家と組み、強欲を貪り、己の無知を顧みず、幾多の人々の勉学を閉ざそうとする者でございましょう」
その淡いピンクの唇から紡ぎ出される声は美しい韻を踏み、この場にいる人間に説得力を持って滔々と流れる。小娘と侮っていた司教は顔を真っ赤に染めた。自分の言葉に平伏すと思ったアストリが生意気な言葉で反駁し、それが説得力を持つのが許せない。
「黙れ、黙れ! 神をも恐れぬ者どもよ。地獄に落ちるべし」
指揮を執っていた司祭が神殿騎士に命じる。
「審問は終わった。彼らを地下牢に入れ、改宗するまで拷問にかけよ」
その場に居た神殿騎士が、修道院長とアストリとミハウの後ろに回り、捕縛しようとする。
「お待ち下さい」
「誰だ!」
「王妃殿下がお見えでございます」
審問部屋を見下ろす二階席の通路から、ぞろぞろと侍女や護衛騎士が出て来る。彼らが半分に別れ、後ろから美しい女が現れる。
淡いピンクの髪、青い瞳の三十過ぎの女は容色の衰えもなく、豊満な肢体を金銀の刺繍を施した豪華な衣装に包み、深い谷間に輝くルビーのネックレス、指輪に腕輪にイヤリングはステンドグラスの光を弾いて七色に輝く。
「その娘と話してみたい。こちらに」
美しい声でそう言うと背を向ける。
アストリを拘束していた神殿騎士は引き下がり、前へとその身体を押し出す。
ミハウの方を見ると目が合ったような気がする。前を向き、口元をきゅっと引き締めて、王妃の行った方に向かって歩く。
「さて」と司教に向かい修道院長が言う。
「修道女たちが噂しておりましたわ」
退席しようとしていた司教は斜めに見てふんとバカにする。
「ほう、どのような」
「王都の修道院は良いと──」
神殿騎士達を振り解いて立ち上がった。
「毎週末はどんちゃん騒ぎで、国王陛下は若い少女のような娘がお好きだとか。処女が泣き叫ぶのが楽しいと」
「嘘だろ……」
愕然とした声を上げたのはミハウだった。
「そこまで酷いか?」
立ち上がってアストリを追いかけようとする。だが神殿騎士が寄ってたかって遮ってミハウを押さえ付けようとする。
彼らは武器を持っていて、利用価値のない名もなき罪人は切り捨てられる。いとも簡単に容赦なく斬り捨てた。
「うわあ!」
斬られて血が飛び散る。
「痛い!」
飛び散った血が騎士達に襲い掛かる。騎士達は何が起こっているのか分からない。危険なミハウを斬ろうとする。そして血を浴びて叫び声を上げる。ミハウを遮ろうとした者たちが次々に血に斃れて行く。
目から鼻から口から血を吐きだした。その血がまるで生き物のように次から次へと飛び散り四方八方へ広がって行く。
「あああ、どうなっているのだ」
ついに逃げようとした司教にまで血が飛び散った。
「ぎゃああーー!!」
誰も逃げられない。
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