修道院で生まれた娘~光魔法と不死の一族~

拓海のり

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20 王太子は王に、聖女は王妃に

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「あのう、横から失礼します」
「何だお前は」
 いきなり目立たない侍女のような中年のご婦人が話しかけて来て、レオミュール侯爵は驚いた。いつの間にこの部屋にいたのだ。
「はい、私はミハウ様の召使でマガリっていうんですけどね、侯爵様」
「あいつの召使が何の用だ」
 侯爵はミハウの名前を聞いて眉間にしわが寄る。

「聖女様というのは聖魔法を使うんじゃないのですか?」
「聖魔法なんかないぞ」と、エドガールが気軽に返す。
「怪我は水魔法や風魔法の『キュア』があるし、病気は薬で治す。浄化は教会の聖水を使うし、他に何かあるか?」
 エドガールが侯爵に水を向けるが、マティアスが答えた。
「聖女とか、教会が昔の言い伝えを利用して、王家に便宜を図ったものですよ」

 この世界の聖女とは昔、病や敵から身を挺して民衆を救った女性を指して言う。決して聖魔法がある訳ではない。『キュア』は水か風の属性魔法があれば発動し、結界は土か風で発動する。浄化は聖水で、病気は薬で治す。

「じゃあ、魅了魔法については、何もお咎めがないのでしょうか? 禁術なんでございましょう?」
 マガリはなおも食い下がる。
「王妃であれば、魅了が我が国に有利に働くと考える者もいる。実際上手く使えば有利にはなる」

 侯爵は外務卿だった時の事を思い出す。他国に、頭が良く機転が利き、出しゃばらない愛嬌のある王妃がいた。時に出し抜かれて、悔しい思いと好敵手とかライバルとかいった感情を持った。

「王妃!?」マガリが素っ頓狂な声を上げる。
「だから、聖女として崇めれば王妃になったとしても不思議ではないだろう。そういう事にして王太子が聖女を娶って王妃としたんだ」
「じゃあ、当時の王太子が国王様で、聖女が王妃?」
 まるで廉価本の世界の話だとマガリは思った。そちらの方にはロマンティックが要求されるが、現実にあっていいとは思わない。

「王妃の魅了について知っているのはマティアスくらいか?」
 先々代辺境伯エドガールはそちらが知りたいようだ。
「大した魅了じゃない。魅了は好意が無ければかからないし、ずっとかけられていられるものじゃない」
 マティアスが経験則から答える。

「王妃、つまり聖女の魅了が大したことないってことですか」
「アレは遊び好きで勉強は嫌いだ。仲間同士でつるんでいるんだ」
「ずぶずぶで、なあなあな、お互い様な関係なのでしょうか?」
 マガリに辛辣な疑問を呈されて誰も言葉をなくす。それをずっと放置しているのだから。


「いい加減にしろマガリ」
 いつの間にか部屋に、もうひとり人が増えている。
「君は?」
「あ、どうも、俺はクルトっていいます。こいつの連れ合いです」
「何なの、あなた?」
「だから根本的な事だけど、アストリ様はこの地を継がないと思いますんで」
「な、何を──」
「そうだろうな」と答えたのはエドガール。
「領地と爵位を喜んで継ぐ方がいらっしゃるなら、そちらに任せた方が」
「何を言ってるんだね君は、貴族の何たるかを──」
 呆れかえった侯爵の言葉を不敬にもクルトが遮る。

「いや分かってますけどね。横から口を出す事でもございませんし。でも、我々は一つ所にずっと居る訳にもいきませんし」
「いや、そういう事だよ。だから跡継ぎなぞ出来ん。その養子の男が頑張ると言っておるなら頑張ってもらえばよいではないか。一応血筋なんだろう」
「それはそうだが」
 エドガールの言葉に侯爵は渋い顔をする。
 思わぬ成り行きにマティアスの方が驚いている。

「ところでどうなるんでございましょう。大聖堂を滅ぼすのでございますか」
「王家も一緒に滅びるかもしれん」
「色々と大変な事になる」
 彼らの言葉に呆れたのはマティアスだ。

「何だか信じられないんですが。たったこれだけの人数で、どうするというのですか? 兵隊も傭兵も何もこちらに連れて来ていないし。何なら護衛の騎士だっていつもより少ない位ではないですか。本当にこんな人数で王家を滅ぼすとか、悪い夢でも見たのですか?」

 その言葉に一同唖然とした。
「うん、君の頭の方が正常だと思う」
 エドガールがマティアスの肩を叩く。
「そうですね。まともな人の意見というものは貴重ですね」
 マガリはうんうんと頷いている。
「頭が一気に冷えたな。食事にしよう」

「結局、どうなったんですか」
 取り残されたマティアスに「アストリが無事に帰ってからだな」と、侯爵が溜め息交じりに言った。

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