修道院で生まれた娘~光魔法と不死の一族~

拓海のり

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18 お披露目のお茶会

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 マティアスは堅実で真面目な男で頭も良かった。だから子爵家から引き取り、仕事を教えた。真面目に働いていると思っていた。レオミュール侯爵は外務卿で忙しく、外遊中でルイーズの断罪にも間に合わなかった。

「申し訳ありません。ご連絡も間に合わなくて」
 マティアスはそう言って帰国した侯爵に頭を下げた。すでに何もかもが終わっていた。レオミュール侯爵家は無事でルイーズの断罪の余波を受けなかったが、それが何だというのだろう。
 侯爵は王宮の職を辞して領地に籠った。妻は嘆き悲しんで体調を崩し領地で死んだ。マティアスの話には不明な点もあったが、ルイーズと妻を失った侯爵には全てどうでもいい事だった。
 鬱々と領地で暮らしていたある日、手紙が来た。

『娘は子供を残している』


  ◇◇


 アストリが養生してすっかり元気になると、レオミュール侯爵は一門の子弟を集めて、アストリのお披露目を兼ねた茶会を開いた。学校に行く前に顔繋ぎをする為であった。マティアスも何食わぬ顔で出席している。


 侍女たちは初めてのイベントなので、張り切ってアストリを磨き上げた。
 髪はサイドを緩くハーフアップにして宝石を使った髪留めで止め、真っ直ぐの髪の毛先をふんわりとカールして広げ、顔は軽く化粧してピンクの口紅をさし、薄いグレーの光沢のあるシルクシャンタンの生地にピンク、ブルー、グリーンの淡い小花の刺繍を散らしたデイドレスを着る。

「いかがですか、お嬢様」
 侍女に手を取られて鏡の前に立った。
 これは誰だろう。
 美しい少女がいる。銀の髪がサラサラと艶めいて流れ落ち、上品な淡いグレーのドレスに襟と裾に散らした可愛らしい小花の刺繍が若さを主張する。

「お綺麗ですわ、お嬢様」
 侍女の誰かが言う。やり切った満足感が侍女たちの間に漂う。

 レオミュール侯爵が迎えに来て「とても綺麗だ」と眩しそうに笑う。
「ありがとうございます、お祖父様。ドレスに着られなければいいのですけど」
 はにかむように笑ったアストリは非常に可愛いかった。

 会場の庭園に祖父にエスコートされて出る。
「はっ」と息を呑む声。
「ルイーズ様が──」
「ルイーズ……」

 さざ波のように広がる溜息と声が。これは一門のお茶会だ。アストリの母親を知る人も参加しているのだ。十六年前の出来事を覚えている人がいる。
 決して侮るとか侮蔑する態度ではなく、悲しみと怒りと、懐かしみが交差する感情がアストリを取り巻く。

(お母さん……、お母さん……)

 侯爵はアストリを連れて、茶会の招待に応じてくれた一門に礼を述べる。この国において一大派閥であり勢力である。国王はあの時潰したかっただろうが、まだこうして生きている。

「レオミュール侯爵、お招きありがとう」
 貫禄のある女性の声が響いた。懐かしい声だった。厳しく躾けられたけれど、それも今日の日を想えばこそだったのか。
「アストリさん、素敵ですよ」
「院長先生、ありがとうございます」
「院長、あなたのお陰だ。私まで騙すとは」
 渋い顔で侯爵が恨み言をいう。
「無事に育って良かったです。アストリにはサウレ神の御加護があったのですわ」
 彼女はそう言ってアストリを抱きしめたのだった。

 慈悲深いその顔を見る。ミハウが言うには、この修道院院長は仲間だ。今度その仲間になった経緯を聞きたいと思った。
 クルトとマガリみたいに戦闘に巻き込まれたとか、帝国の教授みたいに死にかけの時に来合わせたとか、アストリみたいに死のうとしたのを引き止めたとか、きっと大層な物語があるに違いない。

 だが院長はゆったりとした笑顔で言うのだった。
「私はね、死んでも良かったの。王家に、今の教会のあり方に嫌気がさしてね。だから死にたいと言ったのよ。神にこの身を委ねたの」
「まあ」
「もう少し頑張らなくちゃいけないみたい。まあ、視界は開けたのよ」
 彼女はにっこりと笑って、人を呼んだ。人の間からまるで今そこに現れたかのようにミハウが顔を覗かせる。

「あら!」とか「まあ!」とか、人々の騒めきは、この男の人を惹きつける魅力の所為だろうか。王族の風格を持つのに明るくてしなやかだ。軽いともいう。肩までの銀に近い青銀の髪にアイスブルーの瞳がニコニコと笑って両の手を広げる。

「綺麗だアストリ、プロポーズしてもいいよね」
「先生……! もちろ──」
 広げた腕の中に飛び込もうとしたが、そこに横から侯爵がアストリを抱え上げて引き剥がす。

「大人げないな、侯爵」
 ミハウは口を尖らせる。
「何を言う、アストリはまだ十五なんだぞ」
「婚約には、遅い位じゃないですか」
「きさまはどこかで会ったような……」
 目を眇めて見る侯爵に、修道院長が「こちらノヴァーク王国のミハウ・クサヴェリ・ノヴァーク公爵」と、慌てて紹介をし、ミハウが軽く胸に手を当てて、綺麗に挨拶をする。
「初めてお目にかかります、レオミュール侯爵」

「ふん、遠い国ではないか、アストリは何処にもやらんぞ、間違えてもきさまのような遠国の男にはな」
「私は自由人です。こちらに養子に来てもよいのです」
「む……」

 ミハウの言葉に侯爵はじろりともう一度彼を見た。その隣でアストリがハラハラしながらくっ付ている。
「何故、いつの間にそこに居る、アストリ」
 今しがた侯爵は引き剥がしたばかりの自分の手を見る。仲が良すぎる。それに、この構図はつい最近見たことがある。別々であれば気が付かないだろうが、同じ人物である。それも間近に見ていれば気が付く者は気が付く。

「なるほど、お前が引き取って誑かしたか」
「違います。彼はそんな方ではありません」

 観客が見守る中、親子喧嘩、もとい爺孫喧嘩になりそうな所をもう一人の人物が遮った。堂々とした立派な体躯の男である。この前見た辺境伯によく似ているが、祖父と同じぐらいの歳に見える。
「まあ寸劇はそれぐらいにして」
「あなたは……」
 レオミュール侯爵は絶句した。
(もう何年も前に死んだ男だ)


 侯爵にはこの人物も覚えがあった。友人の父親だった。

 辺境伯家の男は短命が多い。魔物と隣国と厳しい戦いが多い。若い頃何度か辺境の地に行き、友人と共に戦ったことがある。厳しい戦いに値を上げそうになった時颯爽と彼らを守ったのはこの男であった。

 そんなに何度も会ったわけではない。確か五十代で死んで、辺境伯領とあって葬儀にも行けなかった。友人は二十代で辺境伯を継いで、結婚式にはお互いに行ったが、その後は忙しくて偶に王都で会う程度だった。

 そして、帝国が仕掛けて来た戦で王家の援軍派遣が間に合わず、辺境伯は西側の領地と当主を失ったのだ。

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