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17 連絡手段

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 倒れているアストリを見つけた侍女と護衛兵が駆け付ける。
「その子に触れてはダメ……」
 血がかかった人が死んでしまうと、ミアズマも死んでしまうと聞いた。それでも直ぐには触らない方がいいだろう。
「アストリ様」
「大丈夫ですか」
「ええ……、でも起き上がれないの」
 毒の所為か吐き気がして目眩がする。
「失礼いたします」
 護衛騎士がそっとアストリを抱えて、部屋のベッドに運ばれた。すぐに医者が呼ばれる。

 暫らくして、帰って来た侯爵がアストリの部屋に飛んで来る。
「アストリ!」と言ったまま、青い顔をしてベッドの側に立ち竦む。しばらく声も出ない有様だ。
「大丈夫ですわ、お祖父様。お医者様にお薬もいただきましたし。侍女は大丈夫でしたの?」
「アレは死んだ」と吐き捨てるように言った。
「まあ」
「お前の飲んだカップに毒が入っていた」
「そうなのですね」
「致死量だったらしいが──」
「あまり飲んでおりませんし、直ぐに吐き出しましたの」

 侯爵の目付が鋭くなる。無事だったからいいというような事ではないのだ。彼は使用人の身元精査と、アストリの立場の確立を急がねばと考える。

 そういえばお茶が熱かった。アストリは熱いのが苦手なのが周知されていて、熱いお茶と一緒にミルクと蜂蜜を出されるし、普通は程々の熱さで供される。
 いつもと違う事。こういうことは覚えておかないといけないだろうか。

「そうか」
 そう言って彼はアストリを抱きしめた。頭を撫でて「よかった」と呟く。
「わたくしは大丈夫ですわ」
「無理をしてはいけない」
「はい」
 温かくて優しい。肉親ってこういうのかしら。


  ◇◇

 一日ベッドに居るとすっかり元気になった。しかしみんなが過保護になって一日余計にベッドに居ることになった。
 暇なのでマガリのくれた廉価本を読む。伝説や魔物退治の物語や英雄詩、お料理、恋愛などの本があった。本は薄くてすぐに読めるものばかりだった。


 夜になって、部屋に誰もいなくなると、アストリはそっと魔獣を呼び出す。
「ミアちゃん」
『ぴ!』
 短く返事をして、アストリの影から一つ目の魔獣が現れる。
 たくさん聞きたい事があるのに、誰にも言えなくて辛いのだ。だから彼との繋がりのある魔獣を呼んだ。それだけだったのに──。
 魔獣に手を差し伸べようとしたら別の声が呼んだ。

『アストリ!?』
 思わず声の人物を探す。窓、壁、鏡、広い部屋に天蓋の付いたベッド。
「先生! 何処?」
『こっちだ』
 背後から声が聞こえる。振り向いたベッドの向こうの壁にミハウが居る。
「ミハウ先生!」
 ベッドに乗り上がって、枕も布団も飛び超えて壁に手を差し出す。壁に激突しそうになった。

「先生……」
『元気そうで良かった』
 声は聞こえる。けれど触れない。あのダンスの時と同じ、映像だけのミハウだった。悲しげな顔になったアストリにミハウが言った。
『結界を張れ、アストリ』
「え、あ、はい?」
 映像だけではない。触れられないけれど、話せる。聞けば答えてくれる。
『結界だ。分かるか、出来るか』
「はい、ええと、秘密のお部屋『ラ・シャンブル・スクレ』」
『くっ、そう来たか』
「先生? これで大丈夫でしょうか」
『ああ……』
 微妙な顔をしたミハウに気付かず、疑問を口にする。

「先生、怖いんです」
『殺されそうになったからか? 死にそうになったからか?』
「いいえ、侍女が私の血を浴びて死んじゃったんです。それなのに私、平然と見ていて、罪悪感もなくて。私が殺したのに──」

『ああ、相手が自分の血で死ぬと、そういう感覚になるみたいだ。何で死んでんの? って感じ、妙に冷静で他人事みたいに次の事を考えている』
 同じ感覚だ。人を殺したのに罪悪感とかまるで無くて、どのくらいで感染しないようになるとか考えて、その方が怖かった。

『君の様子はずっと見ていた。あの養子の男が怪しいな』
「そうなのですか。あの人は同じ養子なら叔父ではなくて兄妹になるのかしら?」

 思い当たるような犯人は、今の所あの男しか思い浮かばない。マティアスという名の養子の男。アストリがサッサと死ねば侯爵家を継げると思ったのだろうか。上手く行きかけていた未来が潰れそうになって焦ったのか。

『どっちでもいいだろう。侍女が死んだから証人が居なくなった。怪しいというだけだ。侯爵には睨まれるだろうがね』
「そうですか、お祖父様も気を付けないと──」
『そういえばそいつ、ミアを常時、出していたらどうだ』
『びゃ!』
「いいのですか?」
『ああ、認識阻害をかければいい。そうすればこうやって話せるだろう』
「ああ、そうなんですね!」
『いやか?』
「いいえ、嬉しいです! とても不安で、独りぼっちで──」
『アストリはもうひとりじゃない。私がいるし仲間がいる。お祖父さんもいるじゃないか。折角一緒に居るんだ、祖父さん孝行してやれ』
「分かりました」
 嬉しそうに笑って、それでもピッタリと壁に寄り添うアストリを見て、ミハウは思った。
(くそう、早く結婚したい)
 気を取り直して細々と注意事項を告げる。

『誰かに囲まれて攻撃されたら、結界を張るんだ。土の結界だと周りに被害が及ばなくていいだろう。乱暴されそうになった時は攻撃しろ。雷撃でいいから無詠唱で発動出来るようにしておけ。遠慮するなよ』
 と、少々物騒な事まで言うのだった。

『アストリ様、大丈夫ですか?』
 クルトとマガリがミハウの横に出て来た。
「まあ、私は生きています。クルトさんもマガリさんもお元気ですか?」
『元気ですよ。それでですね、アストリ様から頂いたお薬が、辺境伯のお屋敷で体調の悪い方に差し上げたら大変に評判が良くて、もっと欲しいと仰るんですね』

 アストリにとって薬作りは日課のようなものだった。教会堂を出てから移動ばかりでしばらく作っていない。止めてしまわないでここでも作ってみようか。ミハウが言う魔法の練習もしなければ──。


 アストリはさっそく食事の時に侯爵に相談した。
「お薬を作りたいのですが、使ってもいいお部屋はありますか」と、祖父に聞くと早速調剤室を作ってくれたのだ。
 侯爵家すごい。
 適温に空調された部屋に、薬研、鍋、魔導コンロ、ふるい、捏ね鉢、ビーカー、フラスコ、燃焼抽出用のガラス管等々。棚に引き出し、箪笥、冷蔵庫、薬草や薬に関する書籍まで揃えてくれた。
 更に庭園の一角に温室と薬草畑まで作ってくれたのだ。

 アストリが飲んだ物と同じ薬を盛られたら、お祖父様が危ない。毒消しを作って、毒を飲んでも無効にするお薬も作りたい。

 それまで借りてきた猫のように、隅っこに大人しくしていたアストリが、目を輝かせて薬作りを始める様子に、侯爵家の一同は胸を撫で下ろしたのだ。

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