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13 不死人を探して(ミハウ)
しおりを挟む二年ほどでミハウは体調不良の為と従兄弟に王位を譲り、病気療養目的の領地を貰って田舎に引っ込んだ。
領地の屋敷には管理人を置いて、離れに住むことにしたがほとんど帰ることはない。時々変装して身分を隠したりしながら各地を転々とした。
疲れ果てると領地に戻って離れに籠った。
その間三人の容貌は変わることがなく、不死で不老で怪我をすれば人殺しになってしまうという三重苦に愕然とするのだった。
ミハウは自分の跡継ぎに自分がなるという芸当をやって領地を継続した。
不死の人間はなかなか見つからない。まあ見つからないだろう。彼らも必死で身を隠している筈だから。
ある時、ゼムガレン帝国の変わり者の学者で、吸血鬼とか人狼とかについて研究している人物がいると聞いた。ミハウたちは帝国に行って、その学者のいる帝国大学にミハウが潜り込み、クルトとマガリは彼の住居を調べ近くに住んだ。
その変わり者の学者モンタニエ教授は病に侵されていた。すでに余命幾ばくもなくて自宅で療養しているという。
見舞いと称して彼の住居に行くと、ベッドの上で痩せさらばえた男は、無念と諦念の狭間で揺れる目でミハウを見た。
「ノヴァーク国王のミハウ陛下であらせられるか……」
しわがれた声で聞く。もう何十年も前の事だが、彼はミハウを知っていたのだ。
「もう国王ではない。ただのミハウだ、モンタニエ教授」
「せっかくお越し下さいましたが、見ての通り明日をも知れぬ命です。もう……、正気の今くらいしか、お話し出来る事はないでしょう」
「それでは教授にお聞きしたい。今、命を失うか、それとも少し先に、その病で命を失うか、ご希望を選んでいただきたい」
「どうして、そんなことを……?」
「私はあなたに会いに来た。あなたは明日をも知れぬ命だった。それだけだ」
「なるほど……」
教授はしばらく考えて決断した。
「今、死ぬことにする──」
ミハウは頷いてナイフを取り出し指の先を切った。
「手を──」血の盛り上がった手を病の教授に差し出す。彼は震える手をそっと持ち上げる。ミハウはその手を握った。
「ぐっ!」
彼は一日中苦しみ、その後も暫らく体調不良であったが、持ち直したのだ。
「こんな事があるとは、あの時決断して誠に良かった」
モンタニエ教授は六十前で、病が癒えてからは痩せ衰えた身体も次第に元に戻り、顔にも艶が出て意欲も戻った。
「あなたが初めてだ。大抵の人は死んでしまう」
「これで思うさま研究出来ますぞ。何か調べたい事がありましたら──」
「我々の血は危険なのです。知りたいのは弱点だ」
「なるほど」
仲間を増やそうとは思わなかったが、モンタニエ教授は有名人でそれなりに人脈があった。頼まれて接触した者も何人かいる。はかばかしくはなかったが、それでも怪我や病で死にそうな人間を何人か仲間に引き込んだ。サウレ修道院の院長もそうだったし、デュラック辺境伯の何代か前の人物もそうだった。
突然、空から降り注いだ瘴気ミアズマに冒されて罹った病。それが不死になる病と誰が予測しえただろう。流れる血に潜むミアズマは傷口が開くと、まるで生きているように飛び散って新たな生命体に襲い掛かる。次々に襲い掛かって、そして受け入れられない生命体とともに死に絶える。
「──というのが、今のところの仮説であるな。この生命体というのが他の動物や魔物には当てはまらぬが」
モンタニエ教授の唱えた説は仲間内でのものだ。これが世間に出ることはない。
◇◇
「この廉価本に吸血鬼のお話があるのですけど、心臓に杭とか、光魔法で散じるとか本当でしょうか?」
マガリが恐々と本のページを開いて、先頃仲間になった変わり者の医学博士モンタニエ教授に聞く。
「何とそんな廉価本が出ているのか。だがこれは小説で実際の事ではないな」
「これは首に噛み付いているが、こんな事はしないぞ」
小説の挿絵を見てクルトは呆れている。
「吸血鬼は血を吸って仲間にするのだ。昼間は棺桶で寝ておるし、心臓に杭を打たれたり聖水を撒かれたりすると散じるという」
「「「フムフム」」」
「会った事はないがのう」
教授のあっさりとした暴露に三人はがっかりする。
「光魔法だが──、大丈夫じゃろう。邪悪なものに対する攻撃魔法ではないからの。この吸血鬼のように明るい所が苦手ならいざ知らず、我らは普通に生活しておる。大体誰が光魔法など唱えられるんじゃ、そんな者が居るのか」
教授は最後には開き直った。
「そうですね」
三人はジト目で教授を見る。この男を頼りにしていいのだろうかと。
「ところでミハウ様。私、思うんですけどね、不死人って神秘的で幻想的で、古城や教会を舞台にした、妖しくて恐ろしい物語じゃございませんか?」
そういった類の薄い本をパラパラとめくりながらマガリが聞く。
「それがどうしたんだ、マガリ」
「そのう、ミハウ様はそりゃ美しい方ですけれど、ロマンティックが全然足りないと思いません?」
ミハウは痛い所を衝かれた。婚約者はいたが知らない間に取られていた。恋愛経験は殆んど無しだし、この訳の分からない状態で恋人など作れようか。ミハウは美しい王子であったが不憫な王子であった。
この頃から拗ねて顔を隠したり、女装するようになったかどうかは定かではない。
◇◇
そうしてミハウはアストリに出会った。
聖サウレ修道院の院長が頼んできたのだ。サンブル廃教会堂に送るから預かって欲しいと。四属性持ちの少女を──。
アストリは痩せて色味の無い少女だった。
何をしていいか分からなくて戸惑い、修道院でやっていた事を始める。なかなか頭も良さそうだ。性格も可愛げがある。
訳ありな娘なのだろう。だからミハウに預けたのだ。
(いつか私の血を与えることになるかもしれない)
だが運命の神は悪戯だ。思いもしない別の未来が開けたのだ。
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