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05 光魔法
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属性魔法は個人によって覚えられるものが異なる。アストリは四属性を使えるようになった後、次は氷と雷だと教えられた。しかし、どちらも危険だからミハウが帰って来てから教えて貰うことになっていた。
氷でも雷でもなさそうな不可思議な現象にアストリは怯えた。だがミハウは大丈夫だと言う。ミハウが言うと大丈夫な気がする。得体の知れない相手だが。
ミハウは教会の裏に出て教会堂全体に結界を張り、アストリに魔法を唱えさせることにした。
「氷魔法を使ってみろ」
「はい。水よ凍れ『グラース』」
井戸から汲んだ桶の水がピキッと凍った。
「よし、雷魔法は?」
「えと、雷よ落ちよ『トネール』」
バリバリガッシャーーーン!!
「きゃあ!」
「うわっ」
何の気なしに浮かぶ言葉を紡いだアストリだったが、バチバチと派手な稲光と落雷音に驚いて頭を覆ったまま固まった。ミハウはアストリを抱えて飛び退る。凍った桶に雷が落ちて桶がバラバラに壊れて飛び散った。
「何をなさっているんですか!」
母屋からクルトとマガリが飛び出て来た。
「いや、結構派手だな」
顔を上げたアストリは青い顔をして「ごめんなさい」と謝っている。
「まあ、水汲み桶が壊れて」
「しょうがねえ、作り直すか」
クルトが桶の残骸を拾い集めている。ミハウは頭をガシガシと掻いて「これじゃあ、練習が出来んな」と呟く。
くしゅんとしょげてしまったアストリを連れて「まあいいか」と教会に帰って聖堂に向かう。
「ここで祈っていたんだな。出来るか」
まだ少し蒼い顔のアストリに聞くと気丈に頷いた。
「はい。ええと先生が無事に帰って来られるよう祈りましたから、あの、感謝の祈りでもいいでしょうか」
「ああ、そうか。じゃあそれで」
「はい」
アストリは聖壇に向かって跪き、手を組むと感謝の言葉を紡ぎ始める。
「神よ、ミハウ先生を無事にお帰し下さってありがとうございます」
祈っていると身体が段々熱くなる。アストリの身体が熱を持つとミハウには光ったように見えた。
「先生、手がジンジンします」
「そのまま癒しが出来るか」
「ここに癒しを『デュカルム』」
その場に居たミハウと、様子を覗いていたクルトとマガリに癒しの光が輝く。
「ほう」
「まあ」
「おわっ……」
三人の身体が滲むようにボワンと光ったのでアストリは慌てた。
「な、何で光るんでしょう。だ、大丈夫ですか」
びっくりして側に寄って、確かめるように聞く。
「大丈夫だ、旅の疲れも癒えたような気がする」
ミハウが首を回して言う。
「そういえば最近の頭痛がマシになったかもしれません」
マガリが額を押さえて言う。
「少しはやる気が出たような、まあ気分的な物かもしれませんが」
クルトに言われて何となく気付いた。
「気分の問題だな」
ミハウが結論付ける。
「それは光魔法だ」
「これがそうなんですか」
手がジンジンして、発動すると気分が少し持ち直す程度の魔法。あまり大した魔法ではないらしいとアストリは思った。大騒ぎした自分が恥ずかしいと。
少し気を持ち直したアストリに「光魔法が発現すると聖女になれるというぞ」とミハウが唆す。
「聖女様っているんですか?」
「お前は本を読んだことが無いのか」
「ええと、どんな本でしょうか」
この世界に聖女はいない。物語とか信仰の世界だ。身を挺して奇跡を起こし、村や国を救った女性の話が大げさになった物語だ。大抵は悲劇で、壮大な大聖堂を建て、そこで上演される。荘厳で素晴らしい舞台装置と美しいヒロインと悲劇。観客は涙を流し感激して、信心し、ありがたがってお布施を惜しまない。
物語は本になって巷に流布される。修道院であれば信仰心を高める為に幾つでもあるような気がするが。
「ミハウ様、最近の本は婚約破棄とか悪役令嬢の方が流行っていまして、そういうのは修道院では置いていないんじゃないですか」
マガリが説明する。
「何だそれは」
「恋愛物ですよ」
「ああ、あれか」
首を傾げるアストリにマガリが説明する。
「学園でですね、身分の高い貴族子息と平民とか身分の低い令嬢とが恋仲になって結ばれるんですよ」
ますます訳が分からない。王族は尊い血で、身分は絶対だといわれる。
「そのような事があるのでしょうか」
「物語ですからね。で、お貴族様は大抵小さい頃から婚約者が決められておりますから、まあ色々とある訳ですよ。それを物語にする訳です」
「はあ」
まだ得心のいかなさそうなアストリを見てミハウが言う。
「お前の色のない銀の髪、グレーの瞳はあまり聖女っぽくないな」
アストリは少し唇を尖らせる。
「どういう人が聖女っぽいんですか」
「金髪かピンクの髪で青い瞳のグラマーな女性が多いな」
「先生なんか嫌い!」
どうしてそんな言葉が口から零れ落ちたのか分からない。アストリはハッと口を押えた。ミハウと目が合ったような気がした。顔を真っ赤にして、パッと身を翻し回廊を走って、階段を駆け上がり部屋に駆け込んだ。
バタンとドアの閉まる音が響く。
ミハウは驚いて口を開けたままだ。そして、びっくりして自分を見ているクルトとマガリに気が付く。
「ずっと修道院にいて、他に男を知らないんだな。可哀そうに」
クルトが首を横に振って回廊を庭に向かって出て行く。
「そうですね、ミハウ様はもっと自分を磨かないと直ぐ取られちゃいますね」
マガリも溜め息を吐いて聖堂から出て行く。
「お前ら、他に言う事はないのか」
ミハウは呆然と突っ立ったままだ。
氷でも雷でもなさそうな不可思議な現象にアストリは怯えた。だがミハウは大丈夫だと言う。ミハウが言うと大丈夫な気がする。得体の知れない相手だが。
ミハウは教会の裏に出て教会堂全体に結界を張り、アストリに魔法を唱えさせることにした。
「氷魔法を使ってみろ」
「はい。水よ凍れ『グラース』」
井戸から汲んだ桶の水がピキッと凍った。
「よし、雷魔法は?」
「えと、雷よ落ちよ『トネール』」
バリバリガッシャーーーン!!
「きゃあ!」
「うわっ」
何の気なしに浮かぶ言葉を紡いだアストリだったが、バチバチと派手な稲光と落雷音に驚いて頭を覆ったまま固まった。ミハウはアストリを抱えて飛び退る。凍った桶に雷が落ちて桶がバラバラに壊れて飛び散った。
「何をなさっているんですか!」
母屋からクルトとマガリが飛び出て来た。
「いや、結構派手だな」
顔を上げたアストリは青い顔をして「ごめんなさい」と謝っている。
「まあ、水汲み桶が壊れて」
「しょうがねえ、作り直すか」
クルトが桶の残骸を拾い集めている。ミハウは頭をガシガシと掻いて「これじゃあ、練習が出来んな」と呟く。
くしゅんとしょげてしまったアストリを連れて「まあいいか」と教会に帰って聖堂に向かう。
「ここで祈っていたんだな。出来るか」
まだ少し蒼い顔のアストリに聞くと気丈に頷いた。
「はい。ええと先生が無事に帰って来られるよう祈りましたから、あの、感謝の祈りでもいいでしょうか」
「ああ、そうか。じゃあそれで」
「はい」
アストリは聖壇に向かって跪き、手を組むと感謝の言葉を紡ぎ始める。
「神よ、ミハウ先生を無事にお帰し下さってありがとうございます」
祈っていると身体が段々熱くなる。アストリの身体が熱を持つとミハウには光ったように見えた。
「先生、手がジンジンします」
「そのまま癒しが出来るか」
「ここに癒しを『デュカルム』」
その場に居たミハウと、様子を覗いていたクルトとマガリに癒しの光が輝く。
「ほう」
「まあ」
「おわっ……」
三人の身体が滲むようにボワンと光ったのでアストリは慌てた。
「な、何で光るんでしょう。だ、大丈夫ですか」
びっくりして側に寄って、確かめるように聞く。
「大丈夫だ、旅の疲れも癒えたような気がする」
ミハウが首を回して言う。
「そういえば最近の頭痛がマシになったかもしれません」
マガリが額を押さえて言う。
「少しはやる気が出たような、まあ気分的な物かもしれませんが」
クルトに言われて何となく気付いた。
「気分の問題だな」
ミハウが結論付ける。
「それは光魔法だ」
「これがそうなんですか」
手がジンジンして、発動すると気分が少し持ち直す程度の魔法。あまり大した魔法ではないらしいとアストリは思った。大騒ぎした自分が恥ずかしいと。
少し気を持ち直したアストリに「光魔法が発現すると聖女になれるというぞ」とミハウが唆す。
「聖女様っているんですか?」
「お前は本を読んだことが無いのか」
「ええと、どんな本でしょうか」
この世界に聖女はいない。物語とか信仰の世界だ。身を挺して奇跡を起こし、村や国を救った女性の話が大げさになった物語だ。大抵は悲劇で、壮大な大聖堂を建て、そこで上演される。荘厳で素晴らしい舞台装置と美しいヒロインと悲劇。観客は涙を流し感激して、信心し、ありがたがってお布施を惜しまない。
物語は本になって巷に流布される。修道院であれば信仰心を高める為に幾つでもあるような気がするが。
「ミハウ様、最近の本は婚約破棄とか悪役令嬢の方が流行っていまして、そういうのは修道院では置いていないんじゃないですか」
マガリが説明する。
「何だそれは」
「恋愛物ですよ」
「ああ、あれか」
首を傾げるアストリにマガリが説明する。
「学園でですね、身分の高い貴族子息と平民とか身分の低い令嬢とが恋仲になって結ばれるんですよ」
ますます訳が分からない。王族は尊い血で、身分は絶対だといわれる。
「そのような事があるのでしょうか」
「物語ですからね。で、お貴族様は大抵小さい頃から婚約者が決められておりますから、まあ色々とある訳ですよ。それを物語にする訳です」
「はあ」
まだ得心のいかなさそうなアストリを見てミハウが言う。
「お前の色のない銀の髪、グレーの瞳はあまり聖女っぽくないな」
アストリは少し唇を尖らせる。
「どういう人が聖女っぽいんですか」
「金髪かピンクの髪で青い瞳のグラマーな女性が多いな」
「先生なんか嫌い!」
どうしてそんな言葉が口から零れ落ちたのか分からない。アストリはハッと口を押えた。ミハウと目が合ったような気がした。顔を真っ赤にして、パッと身を翻し回廊を走って、階段を駆け上がり部屋に駆け込んだ。
バタンとドアの閉まる音が響く。
ミハウは驚いて口を開けたままだ。そして、びっくりして自分を見ているクルトとマガリに気が付く。
「ずっと修道院にいて、他に男を知らないんだな。可哀そうに」
クルトが首を横に振って回廊を庭に向かって出て行く。
「そうですね、ミハウ様はもっと自分を磨かないと直ぐ取られちゃいますね」
マガリも溜め息を吐いて聖堂から出て行く。
「お前ら、他に言う事はないのか」
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