上 下
5 / 60

05 光魔法

しおりを挟む
 属性魔法は個人によって覚えられるものが異なる。アストリは四属性を使えるようになった後、次は氷と雷だと教えられた。しかし、どちらも危険だからミハウが帰って来てから教えて貰うことになっていた。

 氷でも雷でもなさそうな不可思議な現象にアストリは怯えた。だがミハウは大丈夫だと言う。ミハウが言うと大丈夫な気がする。得体の知れない相手だが。


 ミハウは教会の裏に出て教会堂全体に結界を張り、アストリに魔法を唱えさせることにした。
「氷魔法を使ってみろ」
「はい。水よ凍れ『グラース』」
 井戸から汲んだ桶の水がピキッと凍った。
「よし、雷魔法は?」
「えと、雷よ落ちよ『トネール』」

 バリバリガッシャーーーン!!

「きゃあ!」
「うわっ」
 何の気なしに浮かぶ言葉を紡いだアストリだったが、バチバチと派手な稲光と落雷音に驚いて頭を覆ったまま固まった。ミハウはアストリを抱えて飛び退る。凍った桶に雷が落ちて桶がバラバラに壊れて飛び散った。

「何をなさっているんですか!」
 母屋からクルトとマガリが飛び出て来た。
「いや、結構派手だな」
 顔を上げたアストリは青い顔をして「ごめんなさい」と謝っている。
「まあ、水汲み桶が壊れて」
「しょうがねえ、作り直すか」
 クルトが桶の残骸を拾い集めている。ミハウは頭をガシガシと掻いて「これじゃあ、練習が出来んな」と呟く。
 くしゅんとしょげてしまったアストリを連れて「まあいいか」と教会に帰って聖堂に向かう。


「ここで祈っていたんだな。出来るか」
 まだ少し蒼い顔のアストリに聞くと気丈に頷いた。
「はい。ええと先生が無事に帰って来られるよう祈りましたから、あの、感謝の祈りでもいいでしょうか」
「ああ、そうか。じゃあそれで」
「はい」

 アストリは聖壇に向かって跪き、手を組むと感謝の言葉を紡ぎ始める。
「神よ、ミハウ先生を無事にお帰し下さってありがとうございます」
 祈っていると身体が段々熱くなる。アストリの身体が熱を持つとミハウには光ったように見えた。

「先生、手がジンジンします」
「そのまま癒しが出来るか」
「ここに癒しを『デュカルム』」
 その場に居たミハウと、様子を覗いていたクルトとマガリに癒しの光が輝く。
「ほう」
「まあ」
「おわっ……」

 三人の身体が滲むようにボワンと光ったのでアストリは慌てた。
「な、何で光るんでしょう。だ、大丈夫ですか」
 びっくりして側に寄って、確かめるように聞く。
「大丈夫だ、旅の疲れも癒えたような気がする」
 ミハウが首を回して言う。
「そういえば最近の頭痛がマシになったかもしれません」
 マガリが額を押さえて言う。
「少しはやる気が出たような、まあ気分的な物かもしれませんが」
 クルトに言われて何となく気付いた。
「気分の問題だな」
 ミハウが結論付ける。


「それは光魔法だ」
「これがそうなんですか」
 手がジンジンして、発動すると気分が少し持ち直す程度の魔法。あまり大した魔法ではないらしいとアストリは思った。大騒ぎした自分が恥ずかしいと。

 少し気を持ち直したアストリに「光魔法が発現すると聖女になれるというぞ」とミハウが唆す。
「聖女様っているんですか?」
「お前は本を読んだことが無いのか」
「ええと、どんな本でしょうか」

 この世界に聖女はいない。物語とか信仰の世界だ。身を挺して奇跡を起こし、村や国を救った女性の話が大げさになった物語だ。大抵は悲劇で、壮大な大聖堂を建て、そこで上演される。荘厳で素晴らしい舞台装置と美しいヒロインと悲劇。観客は涙を流し感激して、信心し、ありがたがってお布施を惜しまない。

 物語は本になって巷に流布される。修道院であれば信仰心を高める為に幾つでもあるような気がするが。

「ミハウ様、最近の本は婚約破棄とか悪役令嬢の方が流行っていまして、そういうのは修道院では置いていないんじゃないですか」
 マガリが説明する。
「何だそれは」
「恋愛物ですよ」
「ああ、あれか」
 首を傾げるアストリにマガリが説明する。
「学園でですね、身分の高い貴族子息と平民とか身分の低い令嬢とが恋仲になって結ばれるんですよ」
 ますます訳が分からない。王族は尊い血で、身分は絶対だといわれる。
「そのような事があるのでしょうか」
「物語ですからね。で、お貴族様は大抵小さい頃から婚約者が決められておりますから、まあ色々とある訳ですよ。それを物語にする訳です」
「はあ」
 まだ得心のいかなさそうなアストリを見てミハウが言う。
「お前の色のない銀の髪、グレーの瞳はあまり聖女っぽくないな」
 アストリは少し唇を尖らせる。
「どういう人が聖女っぽいんですか」
「金髪かピンクの髪で青い瞳のグラマーな女性が多いな」
「先生なんか嫌い!」

 どうしてそんな言葉が口から零れ落ちたのか分からない。アストリはハッと口を押えた。ミハウと目が合ったような気がした。顔を真っ赤にして、パッと身を翻し回廊を走って、階段を駆け上がり部屋に駆け込んだ。
 バタンとドアの閉まる音が響く。

 ミハウは驚いて口を開けたままだ。そして、びっくりして自分を見ているクルトとマガリに気が付く。
「ずっと修道院にいて、他に男を知らないんだな。可哀そうに」
 クルトが首を横に振って回廊を庭に向かって出て行く。
「そうですね、ミハウ様はもっと自分を磨かないと直ぐ取られちゃいますね」
 マガリも溜め息を吐いて聖堂から出て行く。
「お前ら、他に言う事はないのか」
 ミハウは呆然と突っ立ったままだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

初夜に「私が君を愛することはない」と言われた伯爵令嬢の話

拓海のり
恋愛
伯爵令嬢イヴリンは家の困窮の為、十七歳で十歳年上のキルデア侯爵と結婚した。しかし初夜で「私が君を愛することはない」と言われてしまう。適当な世界観のよくあるお話です。ご都合主義。八千字位の短編です。ざまぁはありません。 他サイトにも投稿します。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

処理中です...