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04 発現した魔法
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聖堂でアストリはミハウが無事に帰って来るよう祈った。毎日、熱心に祈っていると身体が熱を纏っているような感覚がする。いつも冷たい指先がジンジンと熱い。
何が起こっているのだろう。
周りを見回すと水の入ったバケツが見えた。毎朝、礼拝の前にステンドグラスの窓と祭壇そして椅子を拭いているのだ。礼拝は終わったので手を水に突っ込んだ。するとバケツに手を入れた途端、入っていた水が綺麗に澄んだ水に変わったのだ。
「え、あ……」
どうしたのか訳が分からない。修道院に居た時もこんな事はなかった。聞いた事もない。
アストリは魔法については修道女たちの話で聞いていた。
「シスターアンナはかまどに火がつけられるって自慢している」
「火事にならないの?」
「大した魔力じゃないからね」
「領都のシスターマリアは水が出せるらしい」
「コップ一杯分しか出せないそうだよ」
「丁度いいじゃないの」
そう言って笑っていたのだ。アンナもマリアもよくある名前だ。アストリという名は誰が付けてくれたくれたのだろう。
魔力検査で四属性持ちだと言われて、驚きと、困惑と、何かの間違いではないかという疑いの視線に晒されて、痩せてみすぼらしい少女はただ怯えるだけだった。
聖堂でろうそくに火を点せるようになったのは、ミハウの教え方がいいからだと思っている。あの組んだ手の中に誘い、引き出される感覚。何度も引き出されて覚える。何かの訓練のように淡々と教えるミハウは側に居るだけで頼もしい。
今、ミハウに聞こうにも出かけていて居ない。この水はどうしよう。
アストリはバケツを持って外に出た。教会堂の裏手は雑木林でその手前は野菜やら薬草やらを植えた畑がある。畑に水を撒いた。光が零れ落ちたような気がする。
アストリはじっと畑を見たが別段何の変化もなかった。この前腐葉土を漉き込んでまだ何も植えていない畝に残りの水を撒いて、井戸でバケツを洗う。
「変ね」
調理場でマガリが首を傾げている。
「どうした」
クルトがかまどを覗き込みながら聞く。
「畑の野菜がとても元気に育っていたのよ。この前、雨が降って少しだけ芽が出ていたのだけど……」
「嬢ちゃんが水をやったんだろ」
「そうね、でもここの土はしばらく放置されていたでしょう。だからあまり大きく育たないのに。どうしたのかしら」
「美味そうならいいじゃねえか」
「そうね」
アストリは調理場の入り口でそれを聞いて冷や汗が出た。自分は何か不味い事をしたのではないだろうか。
翌日の朝の礼拝の後も、やはり体が熱を持った。手がジンジンする。バケツに手をつけるとやはり水が綺麗になる。それからは手を洗った水を畑に捨てるのは止めて、そっと雑木林にばら撒いた。
◇◇
ミハウはそれから二日後の夜遅くに帰って来た。クルトとマガリが出迎える。
「何もなかったかい」
「「何もなかったです」」
クルトが外套を受け取って、マガリはお茶の用意をする。
「お帰りなさい、ミハウ先生」
クルトとマガリが驚いた顔をして振り向く。
「今、何時だと思っているんだアストリ」
ミハウが少し怖い声を出した。階段を下りかけていたアストリは立ち止まる。もう夜中で、アストリは寝間着を着ていた。寒いので上にガウンを羽織ってはいるが、足の出た寝間着姿でそれは下着姿であった。
「そんな無作法な姿を晒してはいけません」
「すみません、ごめんなさい」
マガリに咎められて慌てて部屋に戻った。
ミハウとクルトとマガリは顔を見合わせる。
「何かあったのか?」
「関係ないかもしれませんが、畑の野菜が出来が良くて──」
「野菜?」
「そうだな、あの日からぼんやりと畑を見ているな」
「ミハウ様がいつ帰るかと聞いてきましたね」
二人がミハウを見るので「様子を見る」と立ち上がって二階に行く。
アストリは部屋のベッドでくしゅんと丸くなっていた。ドアをノックしてミハウが声をかける。
「起きているか?」
「はい、ミハウ先生。ごめんなさい」
「謝らなくていい。何か話したい事があったのか?」
「────っ、先生!」
アストリはガバリとベッドの上に起き上がった。ドアの側まですっ飛んで行く。その気配を察知してミハウがドアをそっと開けて覗き込むと、グレーの必死な瞳と出会った。
ミハウは寝間着姿のアストリを抱えてベッドに放り込み、布団をかけてガウンを着せ掛ける。
「どうしたんだ」
「こ、怖いのです」
アストリは両手を握りしめて訴える。
「落ち着け」
頭をポンポンと撫でると、くしゅんと小さくなる。
「何があったんだ?」
ミハウはベッドの横に腰を下ろして聞く。
「聖堂で──」
ミハウは黙って聞いている。
「先生のご無事をお祈りしていたら……、身体が熱くなって、手がジンジンして、お水で洗ったら水が変わって。雑巾がけしたお水なのに綺麗になって……」
アストリはその時の事を思い出して体を震わせた。
「畑に捨てたら、や、野菜が大きくなったと聞いて……。おかしいです。何か悪い事をしたのでしょうか」
自分は何か尋常でない事をしたのだ。握る手が震えている。
怯えるアストリを見て、ミハウは少し考えて答える。
「君は四属性持ちで、もうすでにどれも扱える。次の二属性も、もう覚えているかもしれん。そうなると次は──。まあ、取り敢えず、明日君の魔法を調べようか」
「はい」
「大丈夫だ。今日は遅いからもう寝ろ。お休み」
「はい、お休みなさい」
アストリは少しホッとした様子だったが、ミハウは溜め息を吐きたくなる。
聖サウレ修道院の院長にアストリの事を頼まれたのは、ミハウがどこにも属していない自由人だからだ。ほんの二、三年面倒を見て、どこか適当な養い親を見つけて、預けるつもりだった。だが尋常でないアストリの能力を知ると、預けられる先が限られて来る。
修道院長の願いも透けて見える。
あの院長は、この娘を何故自分に預けたのか。
何が起こっているのだろう。
周りを見回すと水の入ったバケツが見えた。毎朝、礼拝の前にステンドグラスの窓と祭壇そして椅子を拭いているのだ。礼拝は終わったので手を水に突っ込んだ。するとバケツに手を入れた途端、入っていた水が綺麗に澄んだ水に変わったのだ。
「え、あ……」
どうしたのか訳が分からない。修道院に居た時もこんな事はなかった。聞いた事もない。
アストリは魔法については修道女たちの話で聞いていた。
「シスターアンナはかまどに火がつけられるって自慢している」
「火事にならないの?」
「大した魔力じゃないからね」
「領都のシスターマリアは水が出せるらしい」
「コップ一杯分しか出せないそうだよ」
「丁度いいじゃないの」
そう言って笑っていたのだ。アンナもマリアもよくある名前だ。アストリという名は誰が付けてくれたくれたのだろう。
魔力検査で四属性持ちだと言われて、驚きと、困惑と、何かの間違いではないかという疑いの視線に晒されて、痩せてみすぼらしい少女はただ怯えるだけだった。
聖堂でろうそくに火を点せるようになったのは、ミハウの教え方がいいからだと思っている。あの組んだ手の中に誘い、引き出される感覚。何度も引き出されて覚える。何かの訓練のように淡々と教えるミハウは側に居るだけで頼もしい。
今、ミハウに聞こうにも出かけていて居ない。この水はどうしよう。
アストリはバケツを持って外に出た。教会堂の裏手は雑木林でその手前は野菜やら薬草やらを植えた畑がある。畑に水を撒いた。光が零れ落ちたような気がする。
アストリはじっと畑を見たが別段何の変化もなかった。この前腐葉土を漉き込んでまだ何も植えていない畝に残りの水を撒いて、井戸でバケツを洗う。
「変ね」
調理場でマガリが首を傾げている。
「どうした」
クルトがかまどを覗き込みながら聞く。
「畑の野菜がとても元気に育っていたのよ。この前、雨が降って少しだけ芽が出ていたのだけど……」
「嬢ちゃんが水をやったんだろ」
「そうね、でもここの土はしばらく放置されていたでしょう。だからあまり大きく育たないのに。どうしたのかしら」
「美味そうならいいじゃねえか」
「そうね」
アストリは調理場の入り口でそれを聞いて冷や汗が出た。自分は何か不味い事をしたのではないだろうか。
翌日の朝の礼拝の後も、やはり体が熱を持った。手がジンジンする。バケツに手をつけるとやはり水が綺麗になる。それからは手を洗った水を畑に捨てるのは止めて、そっと雑木林にばら撒いた。
◇◇
ミハウはそれから二日後の夜遅くに帰って来た。クルトとマガリが出迎える。
「何もなかったかい」
「「何もなかったです」」
クルトが外套を受け取って、マガリはお茶の用意をする。
「お帰りなさい、ミハウ先生」
クルトとマガリが驚いた顔をして振り向く。
「今、何時だと思っているんだアストリ」
ミハウが少し怖い声を出した。階段を下りかけていたアストリは立ち止まる。もう夜中で、アストリは寝間着を着ていた。寒いので上にガウンを羽織ってはいるが、足の出た寝間着姿でそれは下着姿であった。
「そんな無作法な姿を晒してはいけません」
「すみません、ごめんなさい」
マガリに咎められて慌てて部屋に戻った。
ミハウとクルトとマガリは顔を見合わせる。
「何かあったのか?」
「関係ないかもしれませんが、畑の野菜が出来が良くて──」
「野菜?」
「そうだな、あの日からぼんやりと畑を見ているな」
「ミハウ様がいつ帰るかと聞いてきましたね」
二人がミハウを見るので「様子を見る」と立ち上がって二階に行く。
アストリは部屋のベッドでくしゅんと丸くなっていた。ドアをノックしてミハウが声をかける。
「起きているか?」
「はい、ミハウ先生。ごめんなさい」
「謝らなくていい。何か話したい事があったのか?」
「────っ、先生!」
アストリはガバリとベッドの上に起き上がった。ドアの側まですっ飛んで行く。その気配を察知してミハウがドアをそっと開けて覗き込むと、グレーの必死な瞳と出会った。
ミハウは寝間着姿のアストリを抱えてベッドに放り込み、布団をかけてガウンを着せ掛ける。
「どうしたんだ」
「こ、怖いのです」
アストリは両手を握りしめて訴える。
「落ち着け」
頭をポンポンと撫でると、くしゅんと小さくなる。
「何があったんだ?」
ミハウはベッドの横に腰を下ろして聞く。
「聖堂で──」
ミハウは黙って聞いている。
「先生のご無事をお祈りしていたら……、身体が熱くなって、手がジンジンして、お水で洗ったら水が変わって。雑巾がけしたお水なのに綺麗になって……」
アストリはその時の事を思い出して体を震わせた。
「畑に捨てたら、や、野菜が大きくなったと聞いて……。おかしいです。何か悪い事をしたのでしょうか」
自分は何か尋常でない事をしたのだ。握る手が震えている。
怯えるアストリを見て、ミハウは少し考えて答える。
「君は四属性持ちで、もうすでにどれも扱える。次の二属性も、もう覚えているかもしれん。そうなると次は──。まあ、取り敢えず、明日君の魔法を調べようか」
「はい」
「大丈夫だ。今日は遅いからもう寝ろ。お休み」
「はい、お休みなさい」
アストリは少しホッとした様子だったが、ミハウは溜め息を吐きたくなる。
聖サウレ修道院の院長にアストリの事を頼まれたのは、ミハウがどこにも属していない自由人だからだ。ほんの二、三年面倒を見て、どこか適当な養い親を見つけて、預けるつもりだった。だが尋常でないアストリの能力を知ると、預けられる先が限られて来る。
修道院長の願いも透けて見える。
あの院長は、この娘を何故自分に預けたのか。
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