修道院で生まれた娘~光魔法と不死の一族~

拓海のり

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01 修道院で育った少女

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「ただいま帰りました」
「あら、アストリ。もう学校は終わったの?」
「はい、シスター」
 アストリは十二歳、修道院の学校で勉強した後、修道院の作業場をのぞく。
「じゃあ、これ、刺繍やっといて」
「傷薬とお腹の薬と湿布薬作っといて、材料そこにあるからね」
「はい」
 アストリは言われた材料を持って、その場を後にする。
「影の薄い子ねえ」
「そうねえ」

 ここは地方にある聖サウレ教会の修道院だ。
 修道院の作業場で薬を作ったり、お菓子を作ったり、お酒を造ったりといった作業をする修道女たちは、手を動かすが口も動く。様々なうわさ話で賑やかだ。
「この前聞いたんだけどさ、王都ではお貴族様が列をなして修道院に行くんだって」
「それってアレでしょ、修道院の大聖堂でありがたい劇をして、人を集めて、信者を増やすっていう」
「違うわよ、修道院でどんちゃん騒いで楽しむのよ。見目好いシスターは引っ張りだこですって」
「それは娼館の代わりじゃないの。何かで傷物になったお貴族様のお嬢様を──」
 そこに見回りに来た修道院長が窘める。
「あなた達。噂もいいけど手を動かして作業を進めて下さい」
 修道女たちは首を竦める。
「ウチの院長はお堅いからねえ」
「ここ厳しいことで有名だもんね」
 こそっと囁いて、しばらくは静かになる。


  ◇◇

 アストリは地方にある聖サウレ修道院で生まれた。アストリの母親は聖サウレ修道院に入って暫らくして妊娠している事に気付いた。修道院長に頼んで別院に付属した病院で密かに出産した。アストリを産んでから産後の肥立ちが悪かった母は暫らくして亡くなり、この地にひっそりと埋葬された。

 アストリは母の子としてではなく、この聖サウレ修道院付属の孤児院で孤児として育てられた。小さな頃から修道院で躾けられ、一生ここを出る事は無いと言われて育った。

 太陽の女神サウレを信仰する聖サウレ教会付属の修道院は、ネウストリア王国各地にあって、王国の信仰、教育、医療等において中心的役割を担っている。

 修道院付属の孤児院で育った者は生きて行く為の知識を身に着けて、十三歳までに仕事を見つけて出て行く。修道士、修道女になる事を希望する者は見習いから始めて厳しく躾けられる。


 ネウストリア王国では子供は十二歳になると教会で魔力検査を行う。
 魔力が多いのは貴族の特性で、平民で魔力が多い者が現れると貴族が囲ったり、奨学金で魔法学校に行くことも出来る。その魔法学校に入学できるのが十二歳くらいからなので、春頃までに検査を行うのだ。

 十二歳になったアストリも聖サウレ教会で検査を受けた。検査の結果、アストリの魔力は飛び抜けて多く、しかも四つの属性魔法の適性がある事が分かった。
 この世界では、すべての魔法は基本の火、水、土、風の四つの属性魔法から派生する。


  ◇◇

「女神サウレ様はあなたに試練をお与えになったのです」
 アストリはこの修道院の院長に呼び出され、院長室で辺境の小さな男爵領にある教会に行くよう指示された。そして院長は何の変哲もない焦げ茶色の革表紙の手帳を取り出したのだ。

「これはあなたが十五歳になったら読みなさい。それまで決して誰にも見せてはいけません」
「はい、院長先生」
 手帳には焦げ茶色のベルトが巻かれ鍵がかかっていて、開くことが出来ないようになっている。院長はそれを布の袋に入れて渡した。

 アストリは自分の胸に生まれた時から下がっているペンダントを、無意識に服の上から握り締めた。修道院長はアストリのその様子を見て重々しく頷く。
「あなたに女神サウレのご加護を」
 院長はアストリを抱きしめてから送り出した。

 アストリはその日の内に荷物を纏めて、年老いた従僕ひとりと旅立った。


  ◇◇

 なだらかな山々が地平線まで続く丘陵地帯は、ブナやシデ、トネリコなどの広葉樹の混交林で覆われた深い森となっている。森はこの季節鮮やかな瑞々しい緑となり、赤や黄、白などとりどりの花が咲いている。
 森をうねうねと縫って流れる川は満々と水を湛え、流れは緩やかで川面は鏡面のようだ。たまに風が吹いてさざ波が立つと陽にキラキラと映える。
 その鏡面を波立たせて川船が一艘進む。やがて目的地の桟橋に着岸した。桟橋から小高い丘に教会の尖塔が見える。

「あれがサンブル教会堂だ」
 年老いた従僕がしわがれた声で言う。
「まあ、そうなんですね」
 丘の麓の辺りにはぽつりぽつりと家屋が建っている。アストリは修道院長から貰った、少しばかりの着替えが入った布袋を両手に抱えて従僕の後を追いかける。修道院の物は全て共有で自分の物は何ひとつない。

 木々の間の小さな道を縫い、麓に行く方角とは違う丘を登る道を行くと、朽ちかけた教会が建っていた。石で出来た塀は半分崩れ落ち、背の高い草が敷石の通路を阻むように玄関まで生い茂っている。教会の裏手は雑木林のように木々が勝手に枝葉を広げていた。

 従僕は崩れた門の中に入り、教会のドアについているノッカーをガンガンと鳴らした。何度か鳴らすとドアが開いて人が出てきた。人だろうか。
 黒い立て襟の司祭平服をだらりと着て、もじゃもじゃの長い髪が顔を覆うように爆発してうねりまくった男……、だろうか。背は高いが。髪の隙間から見える唇が赤い。掠れた声で喋った。

「何か……?」
「聖サウレ修道院長に頼まれて子供を連れて来た」
「ああ……」
「では頼むぞ」
 アストリはここまで連れて来てくれた従僕に丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございました」
「じゃあな」
 老人は出てきた男とも女ともつかない者に不安そうな顔をしたが、修道院長から預かった少女と院長からの手紙を渡すと逃げるように帰って行った。

 アストリは不審な人物とともに崩れそうな教会堂に取り残された。その人物はぐしゃぐしゃの頭を掻きながら、従僕から渡された手紙を読んでいる。
「お前、名前は?」
「アストリです」
 男か女か分からない者がアストリを見たような気がする。
「アストリか、ふうん。私はミハウ」
「ミハウ様」
「呼び捨てで」
「ミハウさん、よろしくお願いします」
「ガキらしくないな、お前は」

 アストリにはこの人物が男か女か分からない。司祭の服を着ているし、どうも男のような話し方をしているようだが、あまり聞いた事のない名前は女性っぽいような。髪がぐしゃぐしゃに顔に覆い被さっていて、顔は分からない。赤い唇だけが見える。

(ここで私は何をすればいいのでしょうか)

 アストリは修道院長が言った女神の試練について考えた。この教会堂にこの人物と住むことが試練なのだろうかと、不安に駆られながら思う。

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