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三話 氷の女神は「愛なんかいらねえや」と叫ぶ

その4

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 あの後どうやらショウはオミを口説けたらしい。カイはショウの恩人だから梁瀬の話を改めてショウに切り出した。

「CD!? あいつ一人じゃ歌えない。俺も付いて行く」
 カイの話を聞いたショウは当然のように言う。
 カイはショウとオミに梁瀬を改めて紹介した。
「CMのプレゼンに出そうと思ってね」

 それだけで天にも昇るような話だが、梁瀬の説明を前にしてオミはきっぱりと言った。
「僕は皆と一緒でないと歌えません。それから人前では歌えないんです。それでもいいんでしょうか?」
「君たち二人だけではダメかな?」
(何と言ったんだ……? 今、梁瀬は……)
 しかしオミは梁瀬の言葉に首を横に振る。

 オミが大人しくて引っ込み思案なだけの奴ではないと分って、カイは少し慌てたがショウはオミの側で知った風にニヤリと笑った。


 * * *


(何でオミだったのかな。何で俺じゃダメなのかな)
 カイは答えの出ない質問を心の中で繰り返した。


 レコーディングは馴染みのスタジオで少人数で行われた。各パートのソロを別々に録音し最後に皆で歌う。オミは途中、何度か気分が悪くなって席を外したが最後まで歌った。ショウはオミにずっと付きっ切りだった。

 ミキシングは日を変えて行われた。カイたち四人の他に梁瀬がスタッフを連れて来ていて、すでに編集した各パートを調整しながら繋いでゆく。

 優しいオミの声。高音のすっと伸びるところ。それにショウの甘い声が絡まる。そしてカイのパワーのある声、コウの低い声が交じり合って絶妙な音を作り出し、伸びやかに何処までも彼方へと広がってゆく。


『 baby 髪に口づけして 愛の歌 歌うよ 』

『 baby 白いその手で 僕の心 抱きしめて 』


 ふわっと身体が軽くなるような、遠く遠くその向こうまで飛んでゆけるような。雲の向こう、空の向こう、二人、軽く手を取りステップを踏みながら、フワリフワリと雲の向こうまで翔けて行く。
 そんな曲のイメージそのままのオミの声だった。


 製作されたCDを持って梁瀬がプレゼンテーションに望んだのはそれから三日後。カイはその日祈るような思いで過ごした。


 次の日、梁瀬と約束した待ち合わせ場所にカイは飛んで行った。

 早く行ったつもりなのに梁瀬はもういつものところに着いていた。タバコを指に挟んでぼんやりと虚空を見ている。その表情でカイは分った。

 カイは一呼吸置いてから梁瀬の許に行き、その顔を覗き込んで言った。
「お疲れさん」
 梁瀬はカイに気付くと目を少し瞬いてから持っていたタバコを消した。
「ああ」
 梁瀬は何か言おうとして声が出ず、笑おうとして笑えなくてため息をそっと吐いた。

「あんたまだ若いだろ、若造だよな。大丈夫だよ。次はきっと」
 カイは梁瀬の肩をバンバンと叩き、必死になって言葉を紡いだ。
「ありがとう。優しいね、カイは」
 梁瀬はやっと少し微笑んだ。
「出よう」とカイを促す。


 何処にも寄らずいつものホテルに飛び込むと、物も言わずカイをベッドに押し倒した。カイが梁瀬を抱きしめて髪を撫でながら言う。
「大丈夫。あんたはまだ若い。これからだよ」

 梁瀬はカイを抱きしめながら、お前が慰めてくれるなんて思わなかったと苦笑した。
(英介さんの大事さが分かったって事なんだけど……)

「俺さ、英介さんにプロデユースしてもらってCDデビューしたかったんだ。今度は俺の歌でやってくれる?」
「ああ……」梁瀬はそう言ったカイを見つめた。その唇に不思議な笑みが浮かぶ。カイの上から降り、持ってきたバックの中から小さなCDを取り出した。

「ほら、お前の曲。この前合間に歌っただろ、愛なんかいらねえやってヤツ」
「録ったの? 俺の氷の女神」
 柳瀬は少し笑って頷いた。手に持ったCDをカイに見せて要るかと聞いた。
「いる、いる、いるー!」
 カイは手を伸ばして梁瀬からCDを奪おうとする。その弾みにCDは梁瀬の手から滑り落ちて、カイは慌てて床にダイビングキャッチした。

「おい、二つしかないんだぞ」
「え……」
 カイはCDを手に梁瀬を見上げる。
「もう一つは私が持っている」
(どういう……?)

 梁瀬は見上げるカイの側に座り唇にキス一つ。そして目を見て言った。
「一番大事なものは誰にも教えたくない。自分の手の中で大切に大切に育てて、誰にも知らせず誰にも渡さない」
「あんたって……」

 意外な言葉にカイは呆然と梁瀬を見る。そのカイを抱きしめてキスの雨を降らせ柳瀬が求めてくる。まあいいかと目を閉じるカイは梁瀬にかなりイカレている。


『 抱きしめる温もりが有ればいい
  キスを交わす唇が有ればいい
  君の優しい笑顔が有ればいい 』


 この時の二人は捨てる神あれば拾う神ありという言葉があることを知らなかった。

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