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三話 氷の女神は「愛なんかいらねえや」と叫ぶ
その1
しおりを挟む「オミは俺のことが好きじゃないのかな」
(この頃ショウが煩い)
「何かあるとすぐに逃げて行ってしまう」
(そう言って落ち込んでいる)
「なあカイ、どう思う?」
(聞かれても困る。俺はオミじゃあないからな)
二年になって転校してきたショウは非常に人目を引く容貌と明るい性格(少々軽いかも)と抜群の歌唱力、おまけに踊れてギターも弾けて、文句なくカイたちの仲間になった。
そのショウが夏休み明けに見つけて来たのがオミだった。大人しくて物静かで目立たない少年に、ショウがどんな魔法を使ったのか、オミは歌えて踊れてキーボードもこなせる仲間に変身した。
だがオミの恥ずかしがりやな性格はショウの魔法でも変わらなかった。
ショウは事あるごとにオミを引っ張り出そうとしたがオミは逃げまくっている。
「オミは俺のことどう思っているんだろう」
その甘くて外人っぽいキレイな顔を憂鬱そうに傾げてホウッと吐息を吐いた。そんな顔をしてもショウはキレイだ。今ここにいるのがカイじゃなければ、きっと先を争ってショウを慰めただろう。
「オミは奥手でシャイなんだろ。お前さ、焦らないって言ったじゃん」
「そーだよな。カイー! お前いい奴だよなー」
ショウはそう言ってカイに抱き付いてきた。
「オイ! お前その癖を何とかしろ!」
ショウのこの誰彼構わず抱きつく癖の所為で迷惑を被った奴はハンパじゃない。かくいうカイもその一人だった。
スタジオのドアが開いてコウが入って来る。ショウに抱きつかれてジタバタしているカイを見て、入り口で立ち止まった。さして変わらない表情の中、唇だけがへの字に歪む。もともとへの字の唇なので知っていなけりゃ分からない程だが。
続いてオミが現れる。コウとオミは寮に入っている。日曜日はコウがオミを誘ってやって来る。コウだとオミは断りづらいのか引かれてゆく仔牛のようにこのスタジオに来て、ショウの悪癖に入り口で固まってしまった。
カイはあほなショウの頭を叩いてとっととその腕から抜け出した。
* * *
その日のスタジオの練習はカイの歌で始まった。ショウは落ち込んでいるし、オミは先程のショックから抜けきれずにショウから離れて俯いている。
コウのドラムを相手に、落ち込んで話にならないショウと壁にへばり付いて俯いているオミをほっぽらかしてカイがベースを弾きながら歌う。
『 俺は氷に閉ざされた雪の中
氷の女王が笑っている
溶かせるものなら溶かしてごらんと
愛なんかいらねえや
俺を自由にしてくれ 』
カイの声は少し掠れたセクシーな声でパワフルで迫力がある。
「カイさんの歌ってはじめて聞いた。すごい……」
オミが感激して手を叩いている。落ち込むショウとは反対に今日のっているカイは次々と歌う。
『 あんたの冷たい愛で身も凍りそうだぜ 』
『 俺の愛を信じないのか 』
『 うるせーな、そんなのは愛じゃない 』
コウの声は低い。ずっと前からカイと掛け合いで歌っていた。息もぴったりだ。
「前は俺たち二人で組んで、あちこちのバンドに誘われたら応援に行ってたんだ。今はショウと三人だけどな」カイはそう言ってオミの方を見た。
「オミはやらないのか」
中途半端なままだった。いつかは誰かが聞かなくてはならない。
オミはそれが癖なのか顎のところにゲンコツを持ってきて暫らく考えてから答えた。
「僕は出来ない。あなた達とここで歌うのは楽しいけれど、仲間にならず、一緒にステージに立って歌も歌えずここに来るのは図々しいと思う」
「オミ!」ショウの悲鳴から顔を背けるようにしてオミは続けた。
「今までありがとうございました」そして深々とお辞儀をした。オミはそのままきびすを返すとスタジオを出て行った。
「何でなんだよ……」ショウは追いかけることも出来ず突っ立ったままだ。
『 ひとりぽっちで寂しい夜は
ギターを爪弾きながら一人眠ろう
愛していると囁いてもこの手に何も残りゃしない
せめてお前の面影を夢の中で抱きしめよう 』
「うるせーな! そんな歌、歌うなカイ!」
ショウはヒステリックに叫んでアップライトのピアノにもたれて不貞寝した。
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