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一話 お前も歌えと見知らぬ従兄弟が言う

その3

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「く、クォーターって僕が……?」
(髪も瞳も真っ黒な自分が……?)
 信じられない言葉だった。
(大体祖父ちゃんの愛人…の娘とは……。じゃあ、こいつは本妻の子供の子供で、だから僕に恨みがあってこんな事を……?)
 一臣の疑い深そうな視線をものともせずに五十崎は言った。
「俺の祖父ちゃんはお前の祖母ちゃんと恋愛したけど、婚約者がいて周りも反対して結婚できなかったんだ。祖父ちゃんがそう言った。今度、俺の親父がこっちに帰る事になって、お前の事を調べていた祖父ちゃんがこの学校に入れって俺に言ったんだ」
 五十崎の説明は一臣の頭をこんがらがらせるだけだった。
「翔、同じ従兄弟の私から言わせてもらえば、その説明じゃあちょっと分からないと思うが」傍で聞いていた男が言う。
「やっぱそう思う?」五十崎はケロリとした顔で言った。
「…………」

(今、何と言った? この男も従兄弟と言わなかったか……?)
 ますますこんがらがって、呆然と佇む一臣を見て二人は顔を見合わせた。洋風と和風の正反対のような顔だがその雰囲気はよく似ている。二人が従兄弟同士だというのは感覚的に分かるような気がする。

 しかし……。
「つまり、私の母と翔の父は姉弟なんだ。分かるか?」男が説明を買って出た。
「あ、あなたは……?」
「私はこの学校で英語の教師をやっている各務という」
 一臣は男の顔を見上げた。英語の教師は何人かいて同じ一年の担当でなければ顔を合わせることも無い。どこかで見たような気がしたのはその所為だったかと一臣は思った。

「翔の父と私の母はハーフなんだ。祖母がアメリカ人。私の母は日本人と結婚したが翔の父はカナダ人女性と結婚した。ここまで分かるか?」
 一臣は頭の中に系図を書き込んだ。

「つまり翔の母親の父が翔の言っているお祖父さんなんだ。君のお母さんはそのカナダ人のお祖父さんと日本人女性との間に生まれたんだ」
 各務が説明を終えて口をつぐんだ。

「でも、僕の母は早くに死んでしまったし、父は僕に何もそんなことは……」
 一臣にはまだ信じられない。
「君のお祖母さんは、お母さんを親戚に養子に出したようだ。もう遠い昔の事だ。翔は決して君に悪気を持っている訳では無い」
 五十崎が頷いている。

「祖父ちゃんはずっと気がかりだったんだ。お前が女の子だったら俺と結婚させたのにって愚痴ってるが、まあそんな年寄りの話は置いといて、折角同じ学校にいるんだし仲良くやろう!」
 五十崎の言う事は分かるけれど、それで何で自分がバンドに入らなければいけないのだろう。

「僕は逆上り性だから……」
 荷物持ちくらいならと一臣は断ろうとしたが「そう、だから人前で何度も歌えば逆上らないようになる」と、五十崎は持論を変えないで一臣の腕をガッシと取って温室から連れ出そうとした。
 各務という男を振り返ったがもう引き止める様子は無さそうだ。そのままずるずると五十崎に引き摺られた。


「まあ、お前の逆上り性は考慮してやるよ」
 温室を出たところで五十崎がそう言ったので一臣は少しホッとした。五十崎は一臣の手を引っ掴んだまま学校の外に行こうとしている。

「何処に行くんですか?」
 一臣は慌てて聞いた。一臣は寮生なので門限がある。
「スタジオ、近くにあるからさ」
 五十崎は何でも無い事のように答える。
 そのまま五十崎に連れられて、学校からそう遠くないところにある四、五階建ての小さなビルに入って行った。
「ここは?」
「知り合いのスタジオだ」
 そう答えて顔パスなのか五十崎はそのまま階段を上がって、いくつかある部屋の一つに入った。


 何も無い部屋の片隅にアップライトのピアノが置いてある。五十崎はそのピアノの前に座って弾きながら歌いだした。

『 baby 髪に口づけして 』

 一臣の知っている曲だった──。

 昔の歌ではない。古い曲ではない。聞いた事も無い筈なのに何故知っているんだろう。何故懐かしいと思うんだろう。

 五十崎が一臣を手招いて隣に座らせる。綺麗な顔。長い前髪がクルクルと落ちて、その間から二重の綺麗な瞳が覗く。トパーズのような淡い茶色だとその時初めて気付いた。形の良い薄い唇から零れ落ちる歌をいつしか一臣も一緒に歌っていた。

『 baby 白いその手で 』

 気が付くと五十崎の顔が随分近い。薄く笑った唇。形のよいその唇が少し開いたと思ったら、長い睫がファサと下りた。

 キスをしている……。誰と……?

(何で五十崎は僕に……?)

(いやいやいや、それより男としてるんだぞ。大事なファーストキスなんだぞ。何で僕は五十崎の気持ちの方を考えるんだ……?)
 一臣は五十崎の身体を押し退けて立ち上がった。

「オミ……」
 五十崎の掠れた声を聞きながら走ってその部屋を出た。
 走って学校に戻って、走って寮の自分のベッドに潜り込んで震えた。これで何度走って逃げただろう。大きな波が来て足元から自分を攫って行きそうで怖い。しがみ付ける物が無くて一臣は枕を抱きしめた。

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