7 / 7
07
しおりを挟むそして朝目が覚めるとまだサフルが居た。
同じ部屋の同じソファがベッドになって、男の体温に安心しきって眠っていた。セシリアが飛び起きて、慌てふためく様をのんびりと眺めて、サフルは欠伸をする。そのさまは猫科の肉食獣に限りなく近かった。
シーツを引っ張り上げて身体を隠して、顔を真っ赤に染めて睨んでいると、ニヤリと笑って身体を寄せてキスをひとつ。そしてベッドから下りてスタスタとどこかへ消えた。服は着ている。セシリアもサフルも、薄い一重の夜着だけれど。
セシリアが固まっているとドアがノックされて昨日の薬師が入って来る。
「おはようございます。よく眠れましたか」
「はい、ぐっすり」
「それはようございました。昨日のお食事に少し眠れるお薬をお入れしましたので、お休みになれて何よりです」
「そうでしたか。お気遣いいただいてありがとうございます」
薬師に傷痕を診て貰う。もう瘡蓋になっていて治りは早いし跡も残らないという。ついでにサフルや薬師と同じような、ふんわりとしたズボンにブラウスを着てベストと腰布といった服を着せられる。
支度が済むとサフルが朝食を持って来た。
「サフル様。わたくしも何かお手伝いをさせてください」
「船が揺れると危ないから我慢しな」
「揺れるのですか」
「ああ、慣れるまで大変だな」
朝食の後、船内を見て回る。風をはらんで膨らむ帆を見上げてサフルは「追い風だ」と笑う。船は一隻だけでなく何隻かで隊列を作って進んでいる。青い海に白い波を蹴立てて進む船の横を、白い鳥がスイスイと戯れるように飛んで行く。
(私は船に乗って見知らぬ国に行くんだわ)
隣にはサフルが居る。
「女神のおかげで海路日和だ」
「「「おおーーー!!」」」
船に乗り込んでいる船乗りたちが声をそろえる。
だが船の揺れというものは初心者には恐ろしい。船が沖に出るとセシリアは段々と顔を青くしてサフルに船べりに連れて行かれ、そりゃあもう盛大に戻した。
「ほら水を、口を漱いで、飲んで」
サフルはセシリアをせっせと介抱してくれる。
「コーヒー飲むか。遠くを見ているといいぞ」
抱き寄せて顔を拭いてくれて、何処から出したのかコーヒーの入ったカップを口許に持って来て、何処までも世話を焼く。
そういえば最初からこの男は距離が近かった。近過ぎた。アルスターみたいに沢山の女が突撃してきたらどうしてくれよう。
セシリアの今まで育った環境は消え去って、ここに居るのは貴族という鎧を脱ぎ捨てた裸の自分だ。身一つで誰の庇護もなく飛び出して来たけれど、勇敢というよりは無謀でおバカで考えなしで……。気分が悪いのも相まってセシリアは何処までも落ち込んでいく。
「セシリア、ひとりじゃないぞ、俺がいる」
ああ、こんな口の上手い男にコロリとイカれてしまうなんて。
船酔いにげっそりとして、それでも少しマシになって船室で横になっていると、側に寄り添う男はそういえばと、まるで寝物語でもするように王国のその後を語って聞かせた。
王弟が謀反を起こして国王を弑した。それに乗じた王弟派の貴族と、国王の一派だった貴族との間で泥沼の内戦が勃発して国は纏まらなくなった。
国に捨てられたのか、それとも自分が捨てたのか、もはや帰れもしない国を想うこと暫し、段々船に慣れて、あれやこれやと自分で出来る事を探し、教えて貰う。
船旅は順調に進む。船に乗って海路を一週間、更に大河を遡って一週間。やっと小さな王国ナヒヤーンに着いた。
その昔、砂漠の王国ナジェムにある小さな町ナヒヤーンはオアシスとして人の往来は多かった。ある日、井戸掘りが地下で魔石の大鉱脈を発見した。それを耳にした近隣の大国は軍を仕立ててナジェム王国に押し寄せた。
あわや他国に攻め滅ぼされるかと思われたが、遠国より流刑になって流れ着きナジェム王国で暮らしていた魔術師が軍を立て直し、軍隊を自由に操って、押し寄せた敵をことごとく叩き潰し跳ね返した。
ナジェム国王は魔術師に感謝し、他国に狙われる砂漠のオアシスナヒヤーンを魔術師に褒賞として与えた。ナヒヤーンはこのオアシスの地を賜った魔術師の治める国となった。
セシリアが読んだ本はその魔術師の物語だった。恰好いいと憧れた。
運河と魔石、そして強大な魔力を持つ小さな国は、人の出入りの自由な国だ。
自由の象徴の白い鳥を紋章にする豊かな国だ。
ナヒヤーンに着くと、驚いたことに国民が旗を持って出迎えてくれた。
危惧したサフルの元婚約者とか元恋人とかは現れず、国王陛下並びに王妃様より歓迎されて、あっという間に結婚式が執り行われ、セシリアはサフル王子の王子妃になってしまった。
宮殿をひとつ貰ってそこに住む毎日は、田舎の男爵家のような暮らしで、セシリアは驚くことと、覚えることが連続の毎日だった。
サフルは船に乗って海外に出かけることが多いので、セシリアは大抵一緒に出かける。遠くに行きたいと願った少女は本当に遠くの様々な国に行ったのでした。
おしまい
57
お気に入りに追加
39
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
王太子に婚約破棄されたら、王に嫁ぐことになった
七瀬ゆゆ
恋愛
王宮で開催されている今宵の夜会は、この国の王太子であるアンデルセン・ヘリカルムと公爵令嬢であるシュワリナ・ルーデンベルグの結婚式の日取りが発表されるはずだった。
「シュワリナ!貴様との婚約を破棄させてもらう!!!」
「ごきげんよう、アンデルセン様。挨拶もなく、急に何のお話でしょう?」
「言葉通りの意味だ。常に傲慢な態度な貴様にはわからぬか?」
どうやら、挨拶もせずに不躾で教養がなってないようですわね。という嫌味は伝わらなかったようだ。傲慢な態度と婚約破棄の意味を理解できないことに、なんの繋がりがあるのかもわからない。
---
シュワリナが王太子に婚約破棄をされ、王様と結婚することになるまでのおはなし。
小説家になろうにも投稿しています。
私の以外の誰かを愛してしまった、って本当ですか?
樋口紗夕
恋愛
「すまない、エリザベス。どうか俺との婚約を解消して欲しい」
エリザベスは婚約者であるギルベルトから別れを切り出された。
他に好きな女ができた、と彼は言う。
でも、それって本当ですか?
エリザベス一筋なはずのギルベルトが愛した女性とは、いったい何者なのか?
やって良かったの声「婚約破棄してきた王太子殿下にざまぁしてやりましたわ!」
家紋武範
恋愛
ポチャ娘のミゼット公爵令嬢は突然、王太子殿下より婚約破棄を受けてしまう。殿下の後ろにはピンクブロンドの男爵令嬢。
ミゼットは余りのショックで寝込んでしまうのだった。
お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。
有川カナデ
恋愛
憧れのお義姉様と本当の家族になるまであと少し。だというのに当の兄がお義姉様の卒業パーティでまさかの断罪イベント!?その隣にいる下品な女性は誰です!?えぇわかりました、わたくしがぶっ飛ばしてさしあげます!……と思ったら、そうでした。お兄様はお義姉様にべた惚れなのでした。
微ざまぁあり、諸々ご都合主義。短文なのでさくっと読めます。
カクヨム、なろうにも投稿しております。
目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。
卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。
理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。
…と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。
全二話で完結します、予約投稿済み
誘惑の甘い香り
拓海のり
恋愛
学園の卒業式の後の夜会で、リーフェは婚約者の王太子フィリップに婚約破棄を宣言されてしまう。その理由はリーフェが毒毒令嬢だからというもので──。
思い付いた短いお話です。ほんわりとした世界です。他サイトにも投稿しています。
そんな女が異世界転生したお話
拓海のり
恋愛
前世、結婚していたが子供なし。共働きで忙しくて、気が付いたら旦那が浮気。ショックで外に飛び出して事故死。
そんな女が何故か異世界に転生してしまった。八千字位の短いお話です。
ほんわりした世界感です。他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる