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14 シノン伯討伐戦
しおりを挟む王国では貴族が軍隊を持つのは禁止されている。謀反や反逆を疑われるからだ。許されるのは国境を守るアロン辺境伯と、ここピケ川でザルデルン帝国と接するシノン伯爵位だ。アロン辺境伯は辺境の騎士団を、シノン伯は傭兵部隊を持っていた。
シノン伯爵家にはたくさんの護衛兵がいる。後からぞろぞろ出てきたのは、胸当て小手、兜できっちり武装している。
子供一人に大事になってしまった。
「アロン辺境伯様に申し上げます」
「何だ」
「あの方々は、ザルデルン帝国の方でございます」
シノン伯の後ろに知らん顔でついて来た連中の事をばらした。このまま、帝国と全面戦争になったら、それはそれで不味いだろうか。しかし、稚児を買いに来たのを報告したらどうなるんだ。
どうしようと思った時、シノン伯の赤かった顔が更に真っ赤になった。
「きさまっ!」
シノン伯爵がレニーの腕を掴んだ。
「きゃっ!」
勢いでシノン伯の身体にぶつかった。臭い。なんか変な臭いがする。エリアスが慌ててレニーを引き離して庇う。
その時だった、シノン伯がいきなり身体を折った。
「ぐっ? げっ? ぐっごっがっ??」
両膝を付き、頭を抱えて、おかしな唸り声を上げ苦しがり始める。媚薬をばら撒き過ぎたせいだろうか。
折り曲げたシノン伯爵の体、その背中から刺がバラバラと扇を開くように出てきた。
「は?」
「え?」
その部屋に居た皆が息を吞んだ。
「ぐううーー、ごおおぐがあああーーー!!」
ものすごい叫び声と共に、シノン伯が頭を抱えたまま仰け反った。
バリバリバリーーー!!
音と共に仰け反ったシノン伯の身体が、みるみる黒い体毛で覆われて行く。その背丈も身幅も何倍もの大きさになった。
部屋に居た者たちが皆、唖然として声もなく見上げる。
シノン伯爵だったものは、黒い体毛に覆われ、口が耳まで裂けた、恐ろし気な魔獣になった。
「う、わあっ!!」
誰かが声を上げて、それと同時に恐ろしさに硬直した身体が解けると、皆がシノン伯だったものから背を向けて、先を争って逃げ出した。
「魔獣だーー!」
「うわーー!」
「伯爵さまが魔獣に変身したーー!」
帝国の人間も伯爵の護衛も、とっくに逃げ出して、部屋にはレニーとエリアスと辺境伯一行が残った。
シノン伯だった魔獣は、真っ直ぐレニーに向かってくる。長い爪が生えた手を伸ばした。
『投擲』
石をボンボン投げるが全然効かない。
「どうしよう」
「坊ちゃん、後ろに」
エリアスがレニーを後ろに庇う。
「うん、『アースウオール』『キュアガード』『エアシールド』『排出』」
エリアスに防御魔法をかけた。
「ありがとう、坊ちゃん『パライズ』」
エリアスが魔獣のシノン伯に麻痺の魔法をかける。
バチバチバチ!
「ぐおおおおおーーー!」
魔獣が叫び声をあげる。だが麻痺しない。
『排熱』
レニーのお湯攻撃。
『熱波』を覚えました。
「ほへ!」
『熱波』『熱波』『熱波』
レニーの攻撃はもう練習だ。もっと細く、もっと熱く。
『雷撃』
グワッシャーーン!!
合間にエリアスのまともな雷攻撃魔法が炸裂する。
「ぐおおおおーーー!!」
しかし、魔獣はまだまだ元気だ。
辺境伯達が剣や槍で攻撃する。
『火炎』
辺境伯と一緒に居る少年が火魔法を放った。
しかし雷撃と同じで効かない。
何かもっとダメージが出るような攻撃は無いのか。
『熱波』『熱波』
もっと細く鋭く!しかし、全然魔獣には効いてない様だ。
「ダメだ、細いのは。はっ」
そうか、デカい石ならどうか。
「石を落とします!」
叫ぶと辺境伯の手勢が魔獣から少し避けた。魔獣の二倍くらいのデカ石を想定して『投擲』で頭の上から落とす。
ズドドン!
「ぐわああああーーー!」
おお潰れた。魔獣は大石を頭に食らってその場に倒れる。そこを辺境伯の騎士達が、魔獣に寄ってたかってとどめを刺した。
息絶えた魔獣はそのままで、シノン伯は魔獣に変身したまま戻らなかった。
皆が呆れた顔で見ている。
「そういえば帝国の人は?」
「逃げたようだな」
「閣下、ザルデルン帝国の魔術師を捕らえました」
レニーが魔紋を付けた男が引き摺られてくる。帝国の魔術師はレニーを見て言った。
「あ、ご主人様。ご命令を」
うわあ、何で。『吸収』
魔術師の手を掴んで魔紋を吸収する。
「がっ!」
魔術師が頭を押さえ蹲る。わっ、この人も魔獣になるのだろうかと、身構えたが彼はそのままだった。呆然とした彼を辺境伯の従者が取り押さえた。
「レニー君、どういう事かな」
「そいつが僕に魔紋を付けようとしたから、返したんだ」
吸収したとか言えない。そんな魔法は無いらしい。余計なことを言ったら何処に突き出されるか分からない。返したとか、出来るのかな、もう手遅れのようだが。
「ほう、そんなことが出来るとは、私は初耳だな」
「どうやったかなんて分からないよ。暴れただけだし」
不審そうな顔をしてレニーを見る辺境伯。
「伯爵様、何か勘違いをしていらっしゃるのでは」
エリアスがレニーを庇う。
「私たちは昨日の夜、初めてこの街に来ました。それまでここに来たことなんてありません」
「ふん、私を巻き込んだ代償は高くつくぞ」
辺境伯が重々しい声で脅すと、怯えたようにエリアスにしがみ付く。美しいうす紫の瞳が揺れて白い頬を涙が伝う。
「坊ちゃま、大丈夫ですよ」
「うん。僕、気が抜けちゃって」
レニーの言い草に周りの者は呆れてため息を吐く。
「帝国か……、早いとこ、ここを出た方が良いか」
辺境伯はそう結論付けて、先ぶれを出し部屋を出た。
屋敷の奥の方が騒がしいようだが、先ほどの事があるので構わずに玄関に向かう。
「ぎゃー」とか「わああ」とか悲鳴も聞こえてくる。どうしたことか。
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