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05 タコ(仮)
しおりを挟む冒険者ギルドはこの港町デルマスを横切る街道の、ちょうど街の真ん中あたりの四つ角にある。四つ角には広場があって噴水がある。目立つ所で分かりやすい。
王都から続く街道を左に曲がれば港方面で、まっすぐ行けば繁華街、右に曲がって下れば漁港、登れば高台にレニーの家がある。
石畳の坂道を下るだけなのだがレニーの足では遅い。やっとの思いで冒険者ギルドに辿り着くと、足は痛いし息はゼイゼイするしで、まず、この体を鍛えてからでないと何も出来ないと気付いた。
息を整えてから、そっと中を覗いてみる。しかし、ラッジはいなかった。まだ来ていないのか、もう行ってしまったのか。
どうしようかとドアの外で考えていると声を掛けられた。
「坊や、どうしたんだ」
冒険者だろうか、剣を下げた二十代半ばの男が二人見下ろしている。
スキル『隠蔽』の効果は切れてしまっている。男たちのレベルが自分より高いからか、近付けば敵に発見されるのと同じなのか。
「あ、ラッジさんを待っているんです」
ギルドに行くからと粗末な服で来たが、どうも失敗のようだ。男二人はいやらしい顔でニヤニヤ笑いながら近寄って来た。
「ラッジはもう行ったぜ。それより見たことないガキだな」
「ここの仕来たりを教えてやろうぜ」
腕を掴んで連れて行こうとする。
「何をするんだ!」
(こんな所にひとりで来たのがいけなかったのか? 連れて行かれて何かされるとか、そればかりでなく、どこかに売り飛ばされるとか)
抱えられそうになって涙目になる。必死になって暴れた足が男の向こう脛を蹴って「ウグッ、このがきゃあ!」と凶悪な顔付きになった。
襟元を掴まれて、拳を振り上げて殴られるかと思った。
しかし、男は飛び蹴りされて、横に吹っ飛んでいった。グレーの髪の若い男が目の前に立ち塞がってレニーを背に庇った。
「ラッジさん!」
これで二度目か、助けられたの。
名を呼ばれてラッジが少し驚いた表情をする。
「お前ら、坊ちゃんに何の用だ!」
「いや、そいつがお前を探しに来たから、相手をしてやっただけだ」
ラッジを見て男たちがへっぴり腰になった。二人もいて案外弱いのか。
「そっか、もういいからあっちへ行け」
男たちがすごすごと逃げて行くのをポカンと見送る。
「助かった、ありがとう。ラッジさんって強いんだね」
ラッジは名前を教えた覚えはないんだがと思いながらも、自分が助けた綺麗な少年にまた会えて嬉しかった。彼がギルドの話を持ち出したから、きっと来るだろうと思っていたのだ。
「俺の名前、知ってんのか?」
「あ、はい。この前聞いて」
そういやスキルで知っただけで、聞いてなかった。でも、誤魔化す。
「僕はレニーっていいます」
ついでに名乗った。
「何でこんな所に?」
「僕も冒険者になりたくて」
「坊ちゃん、いやレニー。冒険者ギルドに登録できるのは十二歳になってからだが」
「僕はまだ十一歳だ」
レニーはがっかりした。かなり必死になっていたようだ。拳から力が抜けて、だらんと手が落ちる。
その明らかに気落ちした様子を見てラッジが慰める。
「誕生日が来たら付き添ってやろうか?」
「えっ! いいの?」
ぱっと見る間に明るくなった。光輝くようである。「可愛いな」とラッジは思った。ニコニコとレニーを見て海岸にでも誘おうか、街に行ってみようかと考える。
そこに従僕のエリアスが息せき切ってやって来た。
「坊ちゃん、お屋敷に居ないと思ったらこんな所に」
エリアスはチラリとラッジを牽制するように見て言った。
「黙っていなくなったら心配するでしょう? この前も海に落ちたばかりですのに。さ、もう帰りますよ」
レニーの手を引っ張って帰ろうとする。
しかしレニーはエリアスの言葉に引っかかった。
「そう言えば僕、何で海に落ちたのかな。エリアスも一緒だった?」
「え、いや、あの時もお屋敷からいなくなって、探していたら漁港の方で騒ぎになっていて」
エリアスの言葉を聞きながら、レニーはあの時の記憶を手繰り寄せる。
レニーは海に行くのが好きだった。前世で海辺の町に居たのかもしれない。
そして、あの日も何となく海に向かっていた。
「そうだ、なんか変なモノが手招きしたんだ」
レニーがおいでおいでと招くような手つきをすると、今度はラッジが真顔になった。
「坊ちゃん、そこんところを詳しく。この頃海に落ちる奴が多くて、精気を抜かれて死んでるやつもいるし、この前も見回りをしていたんだ」
ラッジが話に割り込んできた。どうやら事件になっているらしい。
「ええとね、タコみたいな手が沢山ある奴が呼んだの、そして急に風が吹いて、海に吹き飛ばされたんだ」
そうだ思い出した。そしてその風に吹き飛ばされて海に落ちた時に、前世を思い出したのだった。
「タコですか?」とエリアス。
「どこに居たんだ?」とラッジ。
「場所を教えるよ。今から行く?」
「坊ちゃん!」
「行こう!」
ラッジがレニーの手を引っ張って、遂には抱えて走り出す。エリアスがその後を追いかけて漁港の桟橋まで走った。
漁港に幾つか海に向かって伸びている木の桟橋には、木造の漁船がまばらに係留されていた。父のモーリスの片腕のロベールが率いる船団は、ここから少し離れた入り江に整備された漁港を持っている。この辺りはリタイアした者やらが、静かな入り江を守ってのんびり漁をしていて、今は漁に出ているのか人影もない。
レニーはこの前の自分を思い出しながら探す。そして見つけた。
「そこの長い曲がった桟橋の先にいる」
指さす先に、透明で真ん中に赤い斑点のある体に、吸盤のある手をウニョウニョさせたタコっぽい何かがいる。獲物を見つけて出て来たのだろうか、大きさは大人の人間と大して変わりなく、顔が付いていて何となくゲームのキャラっぽい。
「ありがと。ここで待ってな」
ラッジはレニーを下ろすと、剣を抜いてタコに向かって走った。
タコはあの日と同じように風を吹きかけて来た。人を呼び寄せて、近付いたら海に落として自分のエサにするのだろうか。おまけに人が近付くと足をひゅんと長く伸ばして攻撃してくる。
ラッジはタコの風の魔法に手こずっているようだが、足の攻撃はうまく躱して何本か足を減らしている。
確かラッジの魔法は土、水、風だったか、魔法の相性が悪いのかな。
「エリアスも行く?」
ほとんどお願いの顔で従僕のエリアスを見る。
「分かりました」
エリアスは溜息を吐いて走って行った。
「雷撃!」
エリアスが雷魔法を浴びせて、タコがビリビリと痺れた。エリアスに魔法が使えるなんてレニーは知らなかった。目の前で雷撃がドシャーン! と派手に落ちるのを見ると感心してしまう。タコが痺れたのを、すかさずラッジが目と目の間のちょっと下にある急所を剣で突き刺して止めを刺した。
スキル『色魔法・黒』を覚えました。
見ていただけなのに魔法を覚えたらしい。
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