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それでも僕は魔道具を作る 二章
三話 カール君
しおりを挟む「ウツボカズラは帝都の南のリッペン湿地にいると聞いたよ」
ジュールがさっそく報告してくれた。
「やっぱり蔓を伸ばして攻撃して来るのかな」
「よく知ってんな。シルクの羽は、帝都の北にあるアムト山の古城に棲んでいる気まぐれシルフが落とすらしいな」
ニコラは騎士科の友人から聞いたらしい。
気まぐれシルフのネーミングが気に入らないって言ったら、シルフに嫌われるだろうか。よくある名前過ぎるよな。
ここのシルフは年に一回くらい脱皮するらしい。その時に古い羽も落とすとか。僕は可愛い人形に羽の生えたようなものを想像していたけれど、脱皮するとか昆虫系だろうか……。
しかし、ウツボカズラにしてもシルフにしても、帝都の近辺で割と簡単に手に入りそうなのに何でマジックバッグは高価なんだろう。
***
「それは付与魔法が出来る者自体が少ないからだな。それに攻撃力とか属性を強化する付与魔法は、最大限でも一分にも満たなくて大したことが無いのだ」
珍しくヴァンサン殿下と一緒に夕飯を食べて、食後のお茶を頂いている。
「まあマジックバッグは容量にもよるが」
デザートはフルーツ盛り盛りプリンだ。これは魔境で穫れたものだな。イチゴもメロンも桃も味が濃厚で美味しい。
僕の侍従と侍女は魔境の人から人選したらしい。最初、ピコを見て少しギョッとして顔色も悪くなったのだ。
ピコの正体はインコじゃなくて魔獣のアフリマンだからな。普通の人はインコにしか見えない筈だし、殿下に二人の事を聞いたらそうだって。魔境の人は普通の人間より魔力が高くて力も強いらしい。
「付与魔法は魔道具を作る者が魔力を得て、二次的に覚える事が多いな」
僕の隣にゆったり座って、メロンやら桃やらをポンポンと僕の口に放り込む殿下。目の前は広いテラスになっていて、夜の庭園に所々淡い明りが滲む。
「殿下もそうなの?」
僕のピアスとか指輪とか付与魔法が付いているよね。
「私は覚えなかったな。攻撃魔法が強いと覚えられないようだ。何が付いているか見る事は出来るが」
「そうなんだ。ジュールの支援魔法もそんなものかな」
ジュールの支援魔法は攻撃系ではないけれど、ダンジョン探索にはすごく役立つ。
「多分な。お前もレベルが上がったら、もっと色々作れるようになるだろう」
そうか、楽しみだな。取り敢えずはマジックバッグだよな。
そういえば手紙を作ったんだった。
「これ、手紙の魔法作ったんだ。緊急の連絡があるときはこれを使って──」
殿下は僕の話を途中で遮った。
「エリク、私はお前の顔が見たいから、会いに行ったんだ。ついでに牽制しておこうと思ったが」
「え」
「お前は私に会いたいときは無いのか?」
低い声だ。いや、何で怒るんだ?
「だって迷惑かと」
だって綺麗な人が沢山周りにいるじゃないか。僕なんかいなくても──。
ああ、これ、僕は本当はやっかんでるんだ。ひがんで、拗ねて、拗れてる。
「ああ、お前は余計な遠慮をしていたのか」
殿下は溜息を吐く。
「私もウツボカズラに会いに行こうかな」
「あの……」
「私は何の為にこの国に来たのかな」
殿下は僕を抱き寄せる。この体勢久しぶりだな。ああ、そうか、久しぶりだったんだ。
「エリク、お前の事はよく聞かれる。お前をこちらに連れて来るのではなかったと少し後悔している。こちらには肉食系が多すぎる」
「肉食系?」
確かにこっちの人はたくさん食べるけど。
「ああ、この前私の後をついて来た奴らを見たか。皆ギンギンに目を光らせてお前を見ていた。獲物を見つけた魔獣の様な目でな」
ちょっと怖いな、それ。
待てよ、それって僕じゃなくて殿下を狙っているんじゃないかな。アレは魔獣の目だった、確かに。
「一緒に自由に生きようと思ったのに、お前を守って隠して匿う事に一生懸命になってしまった。お前はいつも真っ直ぐに自由に生きているのに」
「そんな事は無いよ。僕はいつも劣等感で一杯だよ。それに僕だって殿下を守りたいんだ」
殿下は僕の頭に手を置いてポフポフと撫でる。
「それならばヴァンと呼べ」
「う」
にっこりと笑う顔が凶悪だ。しかし、僕も男だ、言ってあげよう。
「ヴァン……、僕が守ってあげるからね」
そう囁いてキスをすると、殿下は何とも言えない顔をしてから、僕を抱きしめてソファに押し倒し顔中にキスをくれた。くっ、喰われる。
魔獣に襲い掛かられた気分だった。
「夜会が終わったらウツボカズラに行こうか」
「うん」
その後、腹ごなしに庭園を散歩しながら約束した。
***
夜会。肉食系。そしてアリアドネの糸。これから導き出される答えを述べよ。
いや、他にも気がかりな事は沢山あるけど、僕の出した答えは真実の糸だ。
魔道具科で課題が出たのだ。グライツ先生が出した課題はレンズだ。普通のガラスのレンズを二個ずつ配ってこれに付与魔法を付けてみよというものだ。提出は一個だけで良い。割れた場合とか二個出来た場合を想定していて、二個提出するとちょいマシ評価になるらしい。
このレンズを一個頂いて夜会に持って行く扇に付ける。扇に光物の装飾を付けて置けば疑われないだろう。何が出てくるかお楽しみ、だな。うへ。
課題はどうするかな、うるさい女の子もいるし大人しいものにしておこうかな。
六限目をサボって必死になって作っていたら、後ろから覗き見する奴がいる。
「それは何だい」
暗い蒼い瞳がじっと僕の手元を見つめている。
「なっ、何だよ、お前」
ああ、手の中の魔力が霧散してしまった。
「お前じゃない。ボクにはカール・ヘルマン・ベルクという名前がある」
うるさい、名前なんか無視だ。
「お前、ちゃんと出来るまで待てなかったのか? 作業中に話しかけるのは大変失礼な事だと思わなかったのか! それで魔道具を作れるのか!」
腹が立ってポンポン文句を言ってやると犬のようにしょげた。伏せた耳とだらんと下がった尻尾が見えるようだ。
「君と話したかったけど、いつも君の周りは人が一杯でなかなかチャンスが無かったから」
しょげながらもチラリと僕を見る蒼い瞳はなかなか腹黒そうだ。
「そうか? いつでも話しかけたらいいじゃん」
「いいのか?」
食いつき気味に聞いた少年は「ボクの事はカールって呼んでくれ。君はエリクって呼んでいいかい?」と身を乗り出す。
「ああ、よろしくカール君。お詫びにこれやるよ」
小分けにして持っていたアリアドネの糸を渡した。
「えっ、いいの? これは?」
「アリアドネの糸だ」
「あ、誰からこんなものを」
カール君は少し口を開けたまま手の中の糸と僕を交互に見る。
「シュヴァルツとかいう将軍の娘からだな」
勝手に回収したんだけど。
「あ……あ」
コクンと唾を飲み込み、チラリと僕を見てからそいつは言った。
「ボクの伯父さんの子だ」
僕は絶句した。
アイツの妹とか、どんなんだ? 黒い髪黒い瞳のマッチョで怖いオバサンを想像してしまう。目の前にいるのは僕と同程度の体格の少年だ。
まあ、マドレーヌ嬢も綺麗だったしな。ここは帝国だし、みんな自由恋愛を謳歌しているようだし、まあいいや、とか思えないけど……、まあいいか。
マドレーヌ嬢もこの国に居たら死ぬことも無かったんじゃないかとふと思う。
僕はこれを作らないと、もうあまり時間がないしここで作ってしまいたい。
チラリとカール君とやらを見ると、隣の椅子に座って姿勢を正した。ついでに気配も消したので、もう一度、取り掛かる。
糸を出して、レンズを覆って魔力で同化させる。付与魔法、定着。
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