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十二話
しおりを挟む俺たちは柾郁が入院している病院を教えてもらって、佳樹と一緒に駆けつけた。
「しまった。どこの病棟か聞かなかった」
ハンドルを握った上総先輩が舌打ちをする。
「そういや、お化けが佳樹を探していて事故に遭ったとか言ったような……」
「じゃあ外科か」
先輩が頷く。
「そんなっ!! 柾郁さんが僕の所為で……」
後ろの座席に座った佳樹が真っ青になる。
「ああ……、僕はもう行けません」
顔を覆って悄然と俯いた。
「何言ってんだよ。お前が行かなきゃ、そいつ、ずっとお化けのままだぞ」
シートを掴んで後ろの座席に身を乗り出して説得する。
「でも、僕が黙って出て行ったから、柾郁さんは 」
「バカヤロウ!! あいつはお化けになってまで、お前を探してんの」
「でも 」
俺が一喝しても佳樹はずるずると悩んだままだ。
「話は柾郁に会って、無事を確かめてからにしろ」
先輩がそう言うと、やっと頷いた。
気落ちしたままの佳樹を乗せて俺たちは病院に着いた。
外科病棟のナースステーションに行って、病室を聞く。
「その方は集中治療室にいらっしゃいますので、面会時間でないと 」
看護師が病室の説明をする。
集中治療室なんて、柾郁の容体はよくないんだろうか。
だがその時、包帯を巻いた男が奥の病室からよろりと出てきたんだ。医者をはじめ看護師やら両親らしき人々が引き止めようとするのを聞きもせず、点滴を引きずったままゆっくりと歩いてくる。
長身で均整の取れた身体。綺麗っぽく整った容貌。病み疲れて額に散らばった黒髪までどことなく品がある。
「柾郁さん」
佳樹が叫ぶ。
「佳樹……」
倣岸に顎を上げて言う調子はお化けと同じだ。
「長い夢を見ていたようだ、佳樹。探したぞ、お前を」
男が腕を広げた。佳樹は涙ぐんで男を見上げ、そのまま男の腕の中に飛び込んだ。感動の再会である。
だがしかし、そこには医者も看護師も、そして柾郁の両親もいたんだ。
「んまあ、柾郁!?」
母親が悲鳴のような声を上げる。
「その人は一体 」
父親が呆然とした声で聞く。
「俺の恋人だ」
柾郁は佳樹を抱きしめて、病院のナースステーションの前でカミングアウトしたんだ。
大騒ぎになったことは間違いない。
先輩が俺の腕を突付いて「逃げるぞ」と小さく耳打ちする。頷いた俺は、先輩と一緒にとっととその場から逃げ出した。
そのまま、先輩の車に乗って病院を後にする。
「柾郁の両親に、あいつがお化けになって男を襲っていた事を説明した方がよかったかな」
俺が言うと先輩は「ほっとけ」と車を、人通りの少ない公園横の道路脇に停めた。
「落ち着いてからいくらでも説明してやればいいさ。それより、史音……」
と俺を抱き寄せる。
一段落ついて、キスでもして盛り上がると思うだろ。
ところが、ちょうどその時、先輩のスマホが鳴ったんだ。先輩は切ろうとしたが、俺は着信の相手を見てしまった。
「出てください」
先輩をギッと睨んで言う。相手は昨夜の女の子だった。
『上総ー、上手くいったのぉ?』
スマホからあの甘やかな声が聞こえてくる。
『アレから何にも言ってこないから心配になってぇ。ちゃんとお礼くれるんでしょうね』
どういう意味だ?
「わ、分かったから、もうかけてくんな」
先輩は慌ててスマホを切る。女の子の嬌声が少し耳に残った。
「どういう事です」
先輩を睨み付けて聞く。
「いや、だから……」
俺が睨み付けたままで何も言わないと、先輩は溜め息を吐いて白状した。
「あれだけじゃ決め手に欠けるから、一芝居頼んだ」
「何でそんなことを──」
「何でって、お前」
今度は盛大に溜め息を吐く。
「俺、ずっと惚れてて、しょっちゅう声かけて、何度も誘って、女がいるのを見せ付けても、お前、全然冷たくて──」
えええー、そうだったのか。
「何ではっきり、単刀直入に惚れてるって言わないんです」
「言えるかよ。お前、言い寄る男を、ばったばったと張り倒していたじゃん」
「……。そうだっけ」
我ながら白々しい返事になったかもしれない。
「そういや、先輩はお化けが乗り移った後、気分が悪くならなかったんですか?」
「え、俺? 全然何ともなかったぞ」
上総先輩は首を傾げて俺を見た。
「どうしてだろ。もしかして、お前も俺を? お互い、嫌じゃなかったから? 最初から両思いだったのか?」
……。そうかもしれない。俺、先輩が来たらやばいって思ってたんだ。最後まで拒みきれないって。
「史音……」
先輩はもう一度俺を抱き寄せる。今度は邪魔も入らなくて、俺たちは何度もキスをしたんだ。
俺の部屋にはお化けが出なくなった。
横山はあれから居もしないお化けが見えたり、声が聞こえたりとノイローゼになってしまったと聞く。写真やらパソコンの類は全て壊して、処分してしまったようだ。
しばらくして岡田が俺に聞いてきた。
「飛鳥。お前、本当に上総先輩と付き合ってんのか?」
信じられないといった顔だ。
「誰に聞いた?」
何で岡田が知っている?
「上総先輩」
あの野郎。
「そうだけど」
しぶしぶ認めると意外なことを言い出した。
「ちぇ、俺の負けか」
「なにが?」
「先輩がお前落とすって言うから、絶対落ちないつったら、賭けようとか言い出して」
「あんの野郎ー!!!」
その日、先輩のマンションに行って問い詰める。
「岡田から聞きました。どういうことですか?」
「だって、お前にぶつかるのに、勢いってもんが必要だろ」
だからって、賭けまですること無いじゃないか。遊ばれた気分だ。先輩の胸倉を掴んで睨み付ける。
どうしてくれようか。
俺に胸倉を掴まれた先輩は、二重のたれ目で俺に哀願した。
「史音、許して」
「いーえ、許しません」
「何でも言うこと聞くから」
そう言う先輩の顎鬚が、ふと目に入った。
「ふうん。じゃあ、その顎鬚を剃って」
「こ、これは俺のトレードマークだ」
「あ、そうですか」
身を翻して帰ろうとすると、慌てて先輩が引き止めた。
「待て、待て、史音。分かった、分かったから」
結局、その日限りで先輩の顎鬚はなくなってしまった。その日からしばらく先輩は顎鬚がないことを、いろいろと冷やかされたり憶測されたりしていたようだ。
叩けばいくらでも埃が出て来そうな人だが、ここら辺で目を瞑ってやるか、なんて思う俺は、あんまり可愛い恋人ではないことは確かだ。
柾郁は事故で受けた怪我も癒えて、家を出て佳樹と暮らし始めたという。
一度四人で会いたいと思っているんだが、どういう訳か上総先輩はなかなかうんと言わない。
終
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