上 下
12 / 13

十二話

しおりを挟む

 俺たちは柾郁が入院している病院を教えてもらって、佳樹と一緒に駆けつけた。
「しまった。どこの病棟か聞かなかった」
 ハンドルを握った上総先輩が舌打ちをする。
「そういや、お化けが佳樹を探していて事故に遭ったとか言ったような……」
「じゃあ外科か」
 先輩が頷く。
「そんなっ!! 柾郁さんが僕の所為で……」
 後ろの座席に座った佳樹が真っ青になる。
「ああ……、僕はもう行けません」
 顔を覆って悄然と俯いた。
「何言ってんだよ。お前が行かなきゃ、そいつ、ずっとお化けのままだぞ」
 シートを掴んで後ろの座席に身を乗り出して説得する。
「でも、僕が黙って出て行ったから、柾郁さんは  」
「バカヤロウ!! あいつはお化けになってまで、お前を探してんの」
「でも  」
 俺が一喝しても佳樹はずるずると悩んだままだ。
「話は柾郁に会って、無事を確かめてからにしろ」
 先輩がそう言うと、やっと頷いた。

 気落ちしたままの佳樹を乗せて俺たちは病院に着いた。
 外科病棟のナースステーションに行って、病室を聞く。
「その方は集中治療室にいらっしゃいますので、面会時間でないと  」
 看護師が病室の説明をする。
 集中治療室なんて、柾郁の容体はよくないんだろうか。
 だがその時、包帯を巻いた男が奥の病室からよろりと出てきたんだ。医者をはじめ看護師やら両親らしき人々が引き止めようとするのを聞きもせず、点滴を引きずったままゆっくりと歩いてくる。
 長身で均整の取れた身体。綺麗っぽく整った容貌。病み疲れて額に散らばった黒髪までどことなく品がある。
「柾郁さん」
 佳樹が叫ぶ。
「佳樹……」
 倣岸に顎を上げて言う調子はお化けと同じだ。
「長い夢を見ていたようだ、佳樹。探したぞ、お前を」
 男が腕を広げた。佳樹は涙ぐんで男を見上げ、そのまま男の腕の中に飛び込んだ。感動の再会である。
 だがしかし、そこには医者も看護師も、そして柾郁の両親もいたんだ。
「んまあ、柾郁!?」
 母親が悲鳴のような声を上げる。
「その人は一体  」
 父親が呆然とした声で聞く。
「俺の恋人だ」
 柾郁は佳樹を抱きしめて、病院のナースステーションの前でカミングアウトしたんだ。
 大騒ぎになったことは間違いない。
 先輩が俺の腕を突付いて「逃げるぞ」と小さく耳打ちする。頷いた俺は、先輩と一緒にとっととその場から逃げ出した。

 そのまま、先輩の車に乗って病院を後にする。
「柾郁の両親に、あいつがお化けになって男を襲っていた事を説明した方がよかったかな」
 俺が言うと先輩は「ほっとけ」と車を、人通りの少ない公園横の道路脇に停めた。
「落ち着いてからいくらでも説明してやればいいさ。それより、史音……」
 と俺を抱き寄せる。
 一段落ついて、キスでもして盛り上がると思うだろ。

 ところが、ちょうどその時、先輩のスマホが鳴ったんだ。先輩は切ろうとしたが、俺は着信の相手を見てしまった。
「出てください」
 先輩をギッと睨んで言う。相手は昨夜の女の子だった。
『上総ー、上手くいったのぉ?』
 スマホからあの甘やかな声が聞こえてくる。
『アレから何にも言ってこないから心配になってぇ。ちゃんとお礼くれるんでしょうね』
 どういう意味だ?
「わ、分かったから、もうかけてくんな」
 先輩は慌ててスマホを切る。女の子の嬌声が少し耳に残った。
「どういう事です」
 先輩を睨み付けて聞く。
「いや、だから……」
 俺が睨み付けたままで何も言わないと、先輩は溜め息を吐いて白状した。
「あれだけじゃ決め手に欠けるから、一芝居頼んだ」
「何でそんなことを──」
「何でって、お前」
 今度は盛大に溜め息を吐く。
「俺、ずっと惚れてて、しょっちゅう声かけて、何度も誘って、女がいるのを見せ付けても、お前、全然冷たくて──」
 えええー、そうだったのか。
「何ではっきり、単刀直入に惚れてるって言わないんです」
「言えるかよ。お前、言い寄る男を、ばったばったと張り倒していたじゃん」
「……。そうだっけ」
 我ながら白々しい返事になったかもしれない。
「そういや、先輩はお化けが乗り移った後、気分が悪くならなかったんですか?」
「え、俺? 全然何ともなかったぞ」
 上総先輩は首を傾げて俺を見た。
「どうしてだろ。もしかして、お前も俺を? お互い、嫌じゃなかったから? 最初から両思いだったのか?」
 ……。そうかもしれない。俺、先輩が来たらやばいって思ってたんだ。最後まで拒みきれないって。
「史音……」
 先輩はもう一度俺を抱き寄せる。今度は邪魔も入らなくて、俺たちは何度もキスをしたんだ。

 俺の部屋にはお化けが出なくなった。
 横山はあれから居もしないお化けが見えたり、声が聞こえたりとノイローゼになってしまったと聞く。写真やらパソコンの類は全て壊して、処分してしまったようだ。

 しばらくして岡田が俺に聞いてきた。
「飛鳥。お前、本当に上総先輩と付き合ってんのか?」
 信じられないといった顔だ。
「誰に聞いた?」
 何で岡田が知っている?
「上総先輩」
 あの野郎。
「そうだけど」
 しぶしぶ認めると意外なことを言い出した。
「ちぇ、俺の負けか」
「なにが?」
「先輩がお前落とすって言うから、絶対落ちないつったら、賭けようとか言い出して」
「あんの野郎ー!!!」

 その日、先輩のマンションに行って問い詰める。
「岡田から聞きました。どういうことですか?」
「だって、お前にぶつかるのに、勢いってもんが必要だろ」
 だからって、賭けまですること無いじゃないか。遊ばれた気分だ。先輩の胸倉を掴んで睨み付ける。
 どうしてくれようか。

 俺に胸倉を掴まれた先輩は、二重のたれ目で俺に哀願した。
「史音、許して」
「いーえ、許しません」
「何でも言うこと聞くから」
 そう言う先輩の顎鬚が、ふと目に入った。
「ふうん。じゃあ、その顎鬚を剃って」
「こ、これは俺のトレードマークだ」
「あ、そうですか」
 身を翻して帰ろうとすると、慌てて先輩が引き止めた。
「待て、待て、史音。分かった、分かったから」

 結局、その日限りで先輩の顎鬚はなくなってしまった。その日からしばらく先輩は顎鬚がないことを、いろいろと冷やかされたり憶測されたりしていたようだ。
 叩けばいくらでも埃が出て来そうな人だが、ここら辺で目を瞑ってやるか、なんて思う俺は、あんまり可愛い恋人ではないことは確かだ。

 柾郁は事故で受けた怪我も癒えて、家を出て佳樹と暮らし始めたという。
 一度四人で会いたいと思っているんだが、どういう訳か上総先輩はなかなかうんと言わない。


  終

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

処理中です...