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十一話
しおりを挟む可憐な男は振り向いた横山を見て、ギョッとしたように立ち止まった。
「よ、横山!!」
横山かお化けか知らないけれど、とにかく俺に乗り上がっていた奴は『佳樹……』と呟いて立ち上がった。まるでミイラかゾンビのように手を前に出して、よろよろと可憐な男に向かって歩いて行く。
こいつが佳樹か。お化けは佳樹が分かるのか。
本物だから分かるんだろうか。
『佳樹……』
佳樹は金縛りにあったように突っ立っている。
「ど、どういうことです。柾郁さんだって言うから来たのに……」
突っ立ったまま佳樹が上総先輩を詰る。どうやら身体が動かないようだ。反対に俺は、お化けの呪縛が解けて身体が動かせるようになった。
半分脱がされた服を慌てて整える。
お化けが佳樹の身体に手を掛けた。
「いやだ!! もうあんたのいうことは聞かない!!」
佳樹は必死になって横山の手から逃れようとするが、身体は思うようにならないようだ。
『俺だ……、佳樹……。分からないか』
お化けが佳樹の身体を掴んで自分の方に向ける。佳樹はじっとお化けを見る。お化けの乗り移った横山は傲慢そうに顎を上げて佳樹を見下ろす。
『俺だ、佳樹……』
「だ、誰ーー!?」
しつこく繰り返す横山に不審を持ったか、佳樹は恐る恐る問う。
「今、そいつにお化けになった君の恋人が乗り移っているんだ」
佳樹の後ろから先輩が説明した。
「柾郁さんが……?」
佳樹が先輩の言葉を聞いて、もう一度お化けの乗り移った横山を見上げる。
「本当に柾郁さんなの?」
『そうだ。佳樹……』
「柾郁さん……」
二人はそのまま抱き合うかと思ったが、生憎なことにお化けが乗り移っているのは横山なんだ。佳樹は慌てて掻き抱こうとする横山を遮った。
「待って!! 僕、柾郁さんに言いたいことが――」
『何だ』
「今、柾郁さんが乗り移っているのは、僕に写真を送って脅した男なんだ」
『何だと……』
「横山は、僕と柾郁さんのあの時の写真を撮って……」
佳樹の頬が染まる。本当に可愛い奴だな。俺と全然違う……。
チラッと上総先輩の顔を見てしまう。先輩は佳樹を見ている。いつもの顔だ。こういうときの先輩って何を考えているか分からない。
佳樹が思い切ったように続きを話した。
「卑怯にも、写真のことをネットで流されたくなかったら言うことを聞けと、僕を――。僕は何度も横山のいうことを聞くのがいやで、このマンションから引っ越したんだ」
『佳樹……』
「ああ、柾郁さん。ずっとずっと、あんたに会いたかった。もう一度、あんたに、本物のあんたに抱いて欲しい」
佳樹がそう叫んで、ほろほろと泣き出した。
『俺だって、佳樹……。うっ……』
横山も叫んだ。どうした訳か頭を押さえる。
「柾郁さん!?」
『ううっ……。引き寄せられる。ど、どうしたんだ……』
横山はそのまま頭を押さえて蹲った。
「どうしたんだ?」
先輩が首を傾げて横山に顎を杓る。
「お化けが出て行ったんだよ。すぐ本物の横山になる」
俺は佳樹の腕を引っ張って横山から引き離した。やがて首を振って横山がハッと顔を上げる。お化けが乗り移っていた時の傲慢な表情は消え失せて、油断のならない顔を歪めて額に脂汗を浮かべている。
そうなんだ。他の奴らにお化けが乗り移ったときは、皆その後、気分が悪そうにしていた。何で先輩だけそうならないんだろう。
だが、今は横山だ。
「先輩。コイツこんな写真を撮ってたんだ」
俺は先輩に茶封筒に入った写真を見せた。
「へえ、よく撮れているじゃないか」
茶封筒から写真を取り出して、一枚一枚じっくり見ながら先輩が言う。
佳樹が先輩の手元を覗き込んでポッと頬を染めた。
「あんた、他に言うことはないのか!? 俺はそれでコイツに脅されてんだぞ!!」
突っかかる俺をまあまあと宥めて、先輩はまだ気分の悪そうな横山に向かう。
「お前も年貢の納め時だな」
「な、何を……」
しゃがれた声で横山が言う。
「お前が気分が悪いのは、お化けが乗り移った所為だ。お化けは、この佳樹の恋人だった柾郁という男だ」
「そ、それがどうした」
先輩は写真でぴたぴたと横山の頬を叩く。
「柾郁はお前の所為で死んだんだ。これから何度でも、お前のとこに化けて出るぞぉ~。ほら、今もお前の後ろに……」
上から睨み下ろして、声に抑揚をつけて横山を脅した。
横山は顔を真っ青にした。ギギギと音がするように自分の背後を見る。
「うわあああぁぁぁ――――!!!!」
何が見えたのか、恐ろしい叫び声をあげると、転ぶようにしてマンションから飛び出した。
出て行った横山を見送ってから、気を取り直したように上総先輩が佳樹を改めて紹介してくれた。
「コイツ佳樹。気が向いて実家に行ったら会えたんで連れて来た」
「あ、どうも」
「コイツ史音。こういう仲なんで」
持っていた写真を弾いて、先輩が俺を紹介してくれる。
恥ずかしい。けど、なんか嬉しいような気もするのは何故だろう。先輩を見上げるとそっぽを向いていて、やっぱり恥ずかしくなった。
目の前の佳樹が、寂しいような辛いような悲しいような顔になって慌てた。
「柾郁という人の家に行って、お焼香したらどうだろう」
こんな可愛い佳樹を残して逝って、この世に未練があるのは分かるけど、お化けになって人の身体を乗っ取るのはどうだろう。佳樹も本物の恋人に会いたいと言っていたし。
「でも、僕たちは内緒で付き合っていたから」
佳樹が俯いて悲しげに言う。
「俺たちも一緒に行ってやるよ」
先輩と俺が請け負う。
「そうですね」
佳樹は泣きそうな顔で頷いた。
で、柾郁という男の家に三人で行ったんだ。そこは白塗りの土塀が張り巡らされ、枝ぶりも見事な松などの植木も覗く門構えからして立派なお屋敷で、玄関の呼び鈴を鳴らして待つこと数分。応答したのは家政婦らしき人だった。
「僕たち、柾郁君の友人で、僕は上総と申しますが――」
先輩がくそマジメな声で話しかける。
『柾郁さまは入院していらっしゃいます』
何と、驚くべき返事が返ってきた。では柾郁は、生きていたのか!?
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