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八話
しおりを挟む運送会社に行って佳樹の引越し先を聞くが、応対に出た事務員さんはつれない返事を寄越した。
「申し訳ありませんが、個人情報ですのでお教えすることは出来ません」
困ったな。どうしよう。
隣にいた上総先輩が高い上背から見下ろして低い声で言った。
「俺さー、佳樹にお金を貸しちゃったんだよね。あいつ、黙って引っ越しやがってさ、あんた払ってくれるの」
まるで脅しているように聞こえる。
「五万だよ、五万。あんたはどうか知らねえけど、俺にとっちゃあ大金だよ!」
長い指を開いて事務員の目の前に突きつけた。先輩って――。
「そ、そういう事でしたら」
おいおい、あんたもあっさり前言を翻すなよ。
結局、上総先輩の剣幕に恐れをなしたか、事務員は佳樹の引っ越し先の住所を教えてくれた。
教えてくれた住所は街の中心部から少し離れた高台にある住宅街の一角だった。
「ここって、ふつーの家じゃねえ」
「実家でしょうか?」
佳樹と同じ苗字の表札が出ている。俺んちの実家と大差ない二階建ての普通の家だ。
チャイムを鳴らして佳樹のことを聞くと、インターホンから母親らしき女性の声が「佳樹はまた出て行きましたよ」と、つっけんどんに答えた。
「どこへ行かれたか分かりませんか?」
「さあ、友達の所じゃないんですか」
それっきり佳樹の母親は何も答えてくれなかった。
「ちぇ、佳樹に会えるかもと思ってたのにな」
上総先輩が頭を掻いて言う。
「先輩は佳樹に会いたかったんですか」
つい余計な一言を言ってしまった。
「おーい、妬くなって」
先輩は俺を引き寄せて囁く。
「俺には史音ちゃんだけ」
「ちゃん付けすんな」
俺は思いっきり先輩の顔を引き剥がす。何だか佳樹を探すのが嫌になってしまった。いや、お化けと約束したから、ちゃんと探すけどさ。
朝は寝坊したし、運送会社や佳樹の実家に行ったので結構な時間が経ってしまった。仕方なしに近くのファーストフード店で昼食をとって、そのままバイトに出ることにする。
「どうする?」
と先輩が聞いてくる。
「明日、マンションの管理会社に行ってみます」
実家に何度も行けば佳樹に会えるかもしれない。でも、そんな風にのんびりとしていたらまたお化けが出てくるわけで、お化けは誰彼構わず乗り移って襲い掛かってくる。やっぱり早いとこ探さねば。
先輩と一緒にバイト先の店に駆けつけたけど、ウェイターとして、銀の盆を持ってフロアを走り回るのは、ちょっと身体が辛いかも。そう思っていたら、
「フロアの方には出なくていいぞ」
と上総先輩が庇ってくれた。厨房で皿を洗っていると椅子まで持ってくる。
「手が空いたら休めよ」
優しい人なんだ。優し過ぎて、来る者拒まずな人なんだけどさ。
思わず溜め息が転がり落ちた。
その日のしんどいバイトも何とか終わった。店の制服を着替えていると、上総先輩が送ってやると言い出した。
「いいです」
速攻で断って店を出る。先輩も追いかけて出て提案をする。
「じゃあ、俺んちに来るか。明日も手伝ってやるぞ」
「そうだなあ。車があった方がいいけど、襲われるのは嫌だし」
長いコンパスであっさりと俺に追い付いた先輩を見上げて考えた。
「お前、そう露骨に嫌がるなよ。こんなに愛情を示してんのに」
「疲れるんですよ、アレって」
先輩は口をへの字に曲げてから、ちょいと首を傾げた。
「その割りに、あんまり酷いダメージじゃないようだな、スタスタ歩いてるし」
「よく知ってますね」
「お前のために勉強したしー。早いとこ、この腕前をお前に披露したい」
結局そうなるのか。
「俺、行くの止めようかな」
「何言ってる。帰れば他の奴に襲われるぞ」
くそう。
話をしている間に駐車場に着いた。先輩は車のドアを開けて俺を先に乗せる。まるで女の子みたいな扱いだ。いいけどさ。さすがに疲れて文句を言う気力もない。車の中でうとうとしている間に先輩のマンションに着いた。
エレベーターに乗って上がった部屋は、1LDKで俺のお化けが出る部屋より広い。
「先輩ん家って裕福?」
小型だけど外車に乗っているし、つい聞いてしまう。
「さあ、親は商売やってるけど」
「そういうの、会社社長とか言いません?」
「まあな」
軽く頷いて着替えを寄越してくれる。
ふうん。その外見で、優しい上に金持ちなんだ。女にもてる訳だ。
シャワーを浴びて早々にベッドに横になった。
「史音。俺のことマジで考えてくれねえ」
隣に寝そべった先輩が言う。
「でも、やったの覚えてなくて、そんな事言っていいんですか」
「やらせてくれるのか?」
「嫌です」
そう言って先輩に背中を向ける。
「ケチだな、お前は。一度はやってるだろう」
「だから何でそういう話に」
「お前が言ったんじゃん。史音ちゃん可愛いし、お料理上手だし、暖かいし」
長い手が伸びて、俺の身体を自分の方に向けた。
「あんた浮気じゃん」
真面目に顔を見てそう言う。
「浮気はしません。誓います」
先輩は片手を上げて宣誓のマネをする。そして――、
「なあ、史音」
顔が近付いてきた。
キスしてしまった。お化けは出てないのに、避けようと思えば出来たのに。この誑しが……。
その後、何かあると思うだろ。ところが大間違い。先輩は俺の身体に手をかけて、そのまま気持ちよさそうに眠ってしまったのだ。
何でそんなに気持ちよく寝るんですか。何で俺が悶々としなきゃいけないんですか。何で――。全部、全部、ぜーんぶ先輩が悪い。
俺の身体に回した先輩の手を、邪険に引き剥がしてしまった。
「ん……? 何、史音。襲って欲しい?」
寝ぼけ眼で先輩が言う。
ボカッ。
つい顎に一発お見舞いしてしまった。
「あー、清々した」
「暴力反対。俺、さっきの取り消そうかな」
痛そうに顎を摩りながら言う。
「いいですよ、あんたみたいな女誑し」
ところがその言葉を待っていたかのように、先輩のスマホが鳴ったのだ。
チラッと画面を見て、慌てて隠そうとしたスマホを奪って、画面を見れば『今から行くわ』という女からのラブコール。
あんたって。
「昔の遊び友達だ。俺は切れたと思っていた」
「向こうはそうは思ってないようですね」
ベッドから降りて、借りた着替えを脱いで投げつけた。
「待てよ。来るなとメールするから」
「遠慮しなくていいです!」
引き止める先輩を振り切って、さっさとマンションを飛び出した。
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