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五話
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レイモンド殿下のように最初から否定されると辛いと思ったけれど、そんな事はなかった。
三年になって、彼は神学校から貴族学校に転入して来た。
ニコニコと笑って私の隣を歩くジョゼフ殿下。レイモンド殿下と少し色味の違う金髪碧眼の王子様は、私と同い年だけれど神学校に通われていて、お会いしたことはなかった筈だけれど、何となく一緒にいらしても違和感がない。
ジョゼフ殿下の側仕えの方はレイモンド殿下の側仕えの方とは違って私を蔑ろにしない。それでも、もしかしたら鉱山のお陰でこの婚約があるのかと少し不安にもなる。
蔑ろにされた記憶はそうそう無くなるものでもないのだ。
それでも、休みの前日は王都の屋敷に帰る私をジョゼフ殿下が送って下さるし、月に一度の親睦のお茶会は殿下が侯爵家の屋敷においでになった。
「今日はオランジェットにしたよ」
「まあ、ありがとうございます」
満面の笑顔になった私にジョゼフ殿下が微笑まれる。
「ローズマリーはチョコレートが好きなんだね」
今日はちゃんとデイドレスで、眼鏡は外している。殿下を客室にお通してお茶を頂く。猫ちゃんはお留守番のよう。
「ジョゼフ殿下は聖職におつきになると伺っておりましたが」
この国では司祭以上の聖職者は結婚出来ない筈だが。
「私の代わりにレイモンドがなるだろうよ」
「まあ、さようでございますか」
あの我が儘な方が良く承諾したわね。
結局、婚約者がレイモンド殿下からジョゼフ殿下に挿げ替えられただけで、何も変わっていないって事かしら。それも腑に落ちない。
大体アリス様はどうなったのかしら。レイモンド殿下が聖職につくなら結婚できないだろうに。もう殿下と一緒に卒業してしまったし、私の知る所ではないのだけれど。
「そういえばあの猫はジョゼフ殿下の猫ですの?」
「ああ、知り合いから子供が生まれると聞いて貰ったのだ」
「大きな猫ですのね、最初は驚きましたけれど」
「大きいけど人懐こくて優しいよ」
「そうなのですね、何という名前ですの?」
私も名前を呼びたいと軽い気持ちで聞いたのだ。
「えっ、あ……」
思いがけず口籠ってしまわれた。どうしたのかしら、何かいけない事を質問したかしら。
殿下は私に向き直り真面目な声で告げた。
「猫の名前はローズだ。君と会った日に貰ったので──」
初めて猫に会ったのは、レイモンド殿下の十歳の誕生パーティだった。私は王宮の広さと大きな猫ぐらいしか覚えていない。
「その、嫌だったら──」
「いえ、光栄ですわ」
「勝手に名前を貰って済まない。私は聖職者になると思っていたし、まさかこんな事になるとは思わなくて──」
彼は少し頬を染めて口元を覆う。
「すまない。ちゃんと言おう。君を見て、可愛い子だなって思って、でも私には許されていなくて、レイモンドを羨んだ。だから私だけのローズが欲しくて──」
これは告白なのかしら。私には縁がないと思っていたことが起こっている。
少しドキドキするのだけれど。
「だがこの前、王宮で君とレイモンドとのやり取りを聞いて、私にはレイモンドが許せなかった。だから、父上にお願いした」
「お願い……?」
なにを……。
「レイモンドには勿体無い、君を私にくれと必死になって頼み込んだ」
私は令嬢にあるまじく、ポカンと口を開けてジョゼフ殿下の顔を見る。
「父上は最初渋った。当たり前だ、だから賭けを持ち出した。私が勝ったらローズマリーを私にと──」
「賭け?」
「そうだ、レイモンドが君に婚約破棄を突きつけたら」
「そんな」
私が願った事。
「レイモンドだってバカじゃない。君と婚約破棄をして裕福な侯爵の地位を捨てたりなんかしないだろうと」
そうなんだ。レイモンド殿下は婚約破棄なんかするつもりはなかった。だから私はクレアに唆されて悪魔の誘惑に乗ったのだ。側に控えるクレアの顔を見るとニヤリと笑った後、ツンと知らん顔をした。
「君の父君にも申し込んだ。かなりしつこかったと思う。最後は呆れていらっしゃった」
繋がっていたんだ。お父様たちにも、ジョゼフ殿下にも。
タイミングも良かったのだ。運も味方をしてくれた。それでも噂の広がり具合は早かったし、多分王宮にも流れたのだろう。私は無事、婚約破棄を勝ち取った。
横滑りじゃなかったんだ──。
「こんな私は嫌かい」
「いいえ、いいえ。ただ信じられなくて、私にこんな事が起こるなんて」
コロンと涙が転がり落ちた。
どうしたんだろう、私。ここは嬉しくて笑う所じゃないの?
彼は優しく涙を拭いてくれたけれど──。
「私は君の黒髪が好きなんだ。今度の夜会にとびっきりのドレスを用意しよう」
彼はそう言って帰ったけれど、それがコレなんて──。
三年になって、彼は神学校から貴族学校に転入して来た。
ニコニコと笑って私の隣を歩くジョゼフ殿下。レイモンド殿下と少し色味の違う金髪碧眼の王子様は、私と同い年だけれど神学校に通われていて、お会いしたことはなかった筈だけれど、何となく一緒にいらしても違和感がない。
ジョゼフ殿下の側仕えの方はレイモンド殿下の側仕えの方とは違って私を蔑ろにしない。それでも、もしかしたら鉱山のお陰でこの婚約があるのかと少し不安にもなる。
蔑ろにされた記憶はそうそう無くなるものでもないのだ。
それでも、休みの前日は王都の屋敷に帰る私をジョゼフ殿下が送って下さるし、月に一度の親睦のお茶会は殿下が侯爵家の屋敷においでになった。
「今日はオランジェットにしたよ」
「まあ、ありがとうございます」
満面の笑顔になった私にジョゼフ殿下が微笑まれる。
「ローズマリーはチョコレートが好きなんだね」
今日はちゃんとデイドレスで、眼鏡は外している。殿下を客室にお通してお茶を頂く。猫ちゃんはお留守番のよう。
「ジョゼフ殿下は聖職におつきになると伺っておりましたが」
この国では司祭以上の聖職者は結婚出来ない筈だが。
「私の代わりにレイモンドがなるだろうよ」
「まあ、さようでございますか」
あの我が儘な方が良く承諾したわね。
結局、婚約者がレイモンド殿下からジョゼフ殿下に挿げ替えられただけで、何も変わっていないって事かしら。それも腑に落ちない。
大体アリス様はどうなったのかしら。レイモンド殿下が聖職につくなら結婚できないだろうに。もう殿下と一緒に卒業してしまったし、私の知る所ではないのだけれど。
「そういえばあの猫はジョゼフ殿下の猫ですの?」
「ああ、知り合いから子供が生まれると聞いて貰ったのだ」
「大きな猫ですのね、最初は驚きましたけれど」
「大きいけど人懐こくて優しいよ」
「そうなのですね、何という名前ですの?」
私も名前を呼びたいと軽い気持ちで聞いたのだ。
「えっ、あ……」
思いがけず口籠ってしまわれた。どうしたのかしら、何かいけない事を質問したかしら。
殿下は私に向き直り真面目な声で告げた。
「猫の名前はローズだ。君と会った日に貰ったので──」
初めて猫に会ったのは、レイモンド殿下の十歳の誕生パーティだった。私は王宮の広さと大きな猫ぐらいしか覚えていない。
「その、嫌だったら──」
「いえ、光栄ですわ」
「勝手に名前を貰って済まない。私は聖職者になると思っていたし、まさかこんな事になるとは思わなくて──」
彼は少し頬を染めて口元を覆う。
「すまない。ちゃんと言おう。君を見て、可愛い子だなって思って、でも私には許されていなくて、レイモンドを羨んだ。だから私だけのローズが欲しくて──」
これは告白なのかしら。私には縁がないと思っていたことが起こっている。
少しドキドキするのだけれど。
「だがこの前、王宮で君とレイモンドとのやり取りを聞いて、私にはレイモンドが許せなかった。だから、父上にお願いした」
「お願い……?」
なにを……。
「レイモンドには勿体無い、君を私にくれと必死になって頼み込んだ」
私は令嬢にあるまじく、ポカンと口を開けてジョゼフ殿下の顔を見る。
「父上は最初渋った。当たり前だ、だから賭けを持ち出した。私が勝ったらローズマリーを私にと──」
「賭け?」
「そうだ、レイモンドが君に婚約破棄を突きつけたら」
「そんな」
私が願った事。
「レイモンドだってバカじゃない。君と婚約破棄をして裕福な侯爵の地位を捨てたりなんかしないだろうと」
そうなんだ。レイモンド殿下は婚約破棄なんかするつもりはなかった。だから私はクレアに唆されて悪魔の誘惑に乗ったのだ。側に控えるクレアの顔を見るとニヤリと笑った後、ツンと知らん顔をした。
「君の父君にも申し込んだ。かなりしつこかったと思う。最後は呆れていらっしゃった」
繋がっていたんだ。お父様たちにも、ジョゼフ殿下にも。
タイミングも良かったのだ。運も味方をしてくれた。それでも噂の広がり具合は早かったし、多分王宮にも流れたのだろう。私は無事、婚約破棄を勝ち取った。
横滑りじゃなかったんだ──。
「こんな私は嫌かい」
「いいえ、いいえ。ただ信じられなくて、私にこんな事が起こるなんて」
コロンと涙が転がり落ちた。
どうしたんだろう、私。ここは嬉しくて笑う所じゃないの?
彼は優しく涙を拭いてくれたけれど──。
「私は君の黒髪が好きなんだ。今度の夜会にとびっきりのドレスを用意しよう」
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