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三章 聖女見習いアデリナの事情
27 魔力切れ
しおりを挟む「メリー、眠らせよう」
「え、うん。ヒツジ、行け―!」
「何じゃ、これは」
浮かんでいる大きなヒツジを見て首を傾げる聖女。ヒツジの睡眠ガス攻撃、モクモクモク。私達は煙が来ない所にさささと逃げる。
「くっ……」
聖女はくたりとくず折れる。
「あっさり眠っちゃったね」
「どうしよう」
「殺せ」
「いや、可愛い顔して眠っているのに悪いというか」
「ねえメリー、あのナノバブルミストをかけたら綺麗にならないかな? 身体の奥まで汚れが取れて綺麗になる感じだし」
「アルト。そうね、アデリナ様の浄化も付けて」
「はい、しっかり祈りますわ」
ヒツジを仕舞って、アデリナの隣に並び、聖女に水魔法の準備をする。
小さい小さい小さい気泡のシャワー。
「ナノバブルミスト!」
「浄化!」
眠った聖女の上に気泡のシャワーが降り注ぐ。浄化された優しいミストが。
「ぐっ、がぁ、うあああぁぁぁーーーー」
「聖女が……」
聖女が消える。
「あああぁぁぁーーー……… 」
浄化された聖女はサラサラと砂になって消えた。
「え……」
「何で?」
「悪霊みたいな」
「死霊かも」
「メリー、震えてる?」
「うん、ちょっとよ、ちょっとだけね」
くらり。
「メリーーー!!」
立っていられない。
私は足からゆっくりとへたり込んだ。
「メリー! どうしたの!?」
アルトが私の頭を膝の上に抱え込む。
「何か……力が入らなくて……」
「魔力切れじゃないのかな、沢山魔力を使ったし」
ノアが言う。
「そ……うなの……?」
そうね、私、覚えたての氷魔法で、巨大スクリーンを作ったし。
心配そうにのぞき込む面々。寝てれば治るだろうか。
「メリー、メリー!」
アルトが呼ぶ。
大丈夫よ。笑おうとしたけど、唇が引き攣っただけで──。
「魔力切れにはアレだよ、身体を密着して魔力を供給するんだ。キスもしくは性交によってだね、相性のいい者でないと拒絶反応が出るよ」
「くそっ、俺は魔力が少ない」
「俺もですね」
「わたくしも先程の戦闘と祈りで──」
「おいらが──」ノアが代わろうとしたけど、アルトはノアを遮った。
「僕がする」
うん……? アルト……、どうしたの?
エメラルドグリーンの瞳に、ぼんやりとした私が映っているわ。長いまつ毛がファサと降りて緑の瞳が閉じる。
すっごい大写しだね。でも、もう目を開けていられない。
暖かい何かが流れて来る。何か気持ちいい。ふわふわふわふわ……。
「もう大丈夫そう。なんか悔しいな、メリーにはおいらが合うと思ったのに」
「ダメ、僕のだ」
私をヒシと抱きしめて言うアルト。
「おいらの魔力も捨てたもんじゃないけどなあ。お前、人の割に魔力が多いようだしな」
夢現の内にぼんやりと人の話が耳に入って来る。
「んー? 人じゃないのかな」
「人だよ」
「そうかな……」
何の話をしているのだろう。何だか不穏な雰囲気だけど──。
「ん……」
「メリー、大丈夫?」
ああ、エメラルドグリーンの瞳がじっと見つめている。
考えてみるとアルトにはずっと私の素の姿をさらけ出しているんだな。
弱いところも泣き虫な所も悪いところも──。
「ねえアルト。私もう児童福祉法違反でも、児ポルノ違反で捕まってもいいわ」
「それ、何?」
「子供を誘惑したら罰せられるのよ」
「ごめんね、待たせて」
何故か謝ってくるアルト。
「いいのよ、私の元居た世界では女性は二十三、四歳くらいで結婚出来たらいいの。たいていはもっと遅いわ。結婚しない人も多いのよ」
「どんな世界だ!」
「そんなに待たせない。僕が十五になったら結婚しよう?」
「うん」
「くそう」
何かよく分からないけど、どさくさの内にアルトと婚約してしまった。
いいんだろうか。
「おいらの家に帰る? 移動するにしても卵を持って行かないとね」
ノアの家に戻ってしばらく休憩を取る事にする。
「ここ大丈夫なの?」
「おいらと聖女しか知らないよ。誰も登って来ないしー」
神殿の上部にあって、登るのは恐れ多いという事らしい。
ノアの家に帰るとヒョウ柄の白い猫と卵が迎えてくれた。
私はまだまともに歩けなくて、アルトとノアの介添えでベッドに横になった。
チョコレートとお茶を出すとアデリナが配ってくれる。
「この国はどうなるのかしら」
「やったお前が言うか?」
ふんと睨むオクターヴ。腕を組んで言った。
「宗主争いがあって、立て直して、周辺国に周知させる。しばらく国内で揉めるだろう」
「じゃあ、私達にかかずらわっている暇は無いか」
「甘い。兵は派遣されるだろう。逃げ回るしかないが」
「ふうん」
「何だ」
「ちょっと見直したかなっと」
「だったら──」
オクターヴが来ようとしたのをアルトが遮る。
私はまだアルトの膝枕のお世話になっている。
「メリーに触らないで」
「ガキのくせに一丁前にヤキモチか」
「ああ、そうだ」
睨み合ってるし。
「司祭様方が、どういう風に纏まるか分からないし、しばらくは様子見では」
「わたくしが張本人ですもの、神殿に戻って罰を受けますわ」
アデリナが覚悟を決めて言う。
「それは──」
しかし、スヴェンは首を横に振る。
「アデリナ様が他の方々に、いいように利用されるのはいけません」
誰もそれに頷く。
「逃げましょう。人の噂も75日よ」
「またメリーが面白いことを言う」
アルトを見ると優しく笑いかける。
女の子はある日突然花開くのよ。男の子もある日突然男になるのかな。
「そうでしょうか。その後どうすればいいのでしょう」
アデリナは首を傾ける。途方に暮れた顔だ。
「一緒に行きましょう。新しい何かが見つかるかもしれないし、離れて故郷を見るのもいいんじゃないの」
「新しい何か……」
「離れて故郷を見る……か」
みんなちょっと遠い目になっている。そういえば私は逃げるのに一生懸命で、コルディエ王国が現在どうなっているか全然知らない。
まだそちらを向く余裕はないのだけれど。
「そう言えばオクターヴはよく私が分かったわね。私は髪も切ってるし、染めているのに」
それだけで、私はもう貴族じゃないな。
「お前なら分かる」
「アレは靴の所為で分かったんだろ」
アルトが推測してオクターヴが渋い顔をする。
「まあ靴は探す手助けになった」
「じゃあどうしてクロード殿下に付いたの? 彼に王になって欲しかったの?」
「メリザンド。あれは父に言われて仕方が無かったのだ」
ノアが囁く。
「メリー、こいつは暗部の人間だよ」
暗部って、忍者とか御庭番とかじゃなくて、こっちで言うと……、
「王家の影?」
「少し違うが似たようなものか」
オクターヴは髪をガシガシと掻き説明する。
「俺は次男坊でのんびり育った。お前と結婚して普通の貴族にと父は思っていたようだ。だが、お前が王子と婚約して俺は一族と同じ道を歩くことになった」
そういえばその地に根付いて工作活動する者を草とかいうし、
あの毒とか、エメリーヌに飲ませた薬とかは、ソレ用の薬なのか──?
「オクターヴ」
「自分が望んだことだ。お前の所為ではない」
「俺はあいつが王になればいいと思ったことは一度もない」
不意にエメリーヌの言葉が甦る。
『アレは自分の事しか考えてないわ』
婚約者がアレで、側近がコレで、クロード殿下はどうなるのだろう。
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