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三章 聖女見習いアデリナの事情
24 ケプテンの大人衆と話し合い
しおりを挟む部屋が明るくなった。ミモが戻って来る。
「ふふふ……、何の余興でしょうね。私を貶めて何をなさる気か」
美しい宗主カルロ・マデルノが笑っている。
「何がなさりたいのか、分かりませんね」
怒りを宿した瞳で、だが余裕の顔で。
「我々にこれを見せて何がしたいのだ。我々が喜ぶとでも?」
ゲルハールト商会会頭が凄んで、他の面々も追随する。
「そうだ、そうだ」
これはウェイデン伯爵か。誰かの腰ぎんちゃくっぽい。貴族じゃないのか、矜持は何処に行った。
「わざわざこんな所に呼びつけて、このような下劣な作り物を」
そこで宗主は言葉を切った。
「ちゃんと始末をつけていただけるのでしょうね」
最後は誰に向かって言ったのか。
貫禄かな。後ろにイスニ真教国の大勢の信者がいるんだし、たった5人、オクターヴを入れても6人で何が出来るというのか。
ケプテンはイスニ真教国との戦争は回避しなくちゃいけない。そして、この人の横暴はどこまでも続くのだろう。それとも私たちが始末されたら、少しは矯正され大人しくなるのか。私たちはその為の捨て石、犠牲。なのだろうか。
どちらにしてもこのゲルハールト商会頭が、私たちの味方をしたり庇ったりは絶対にしなさそうだし、戦争以前の問題だ。
「たかが聖女のひとりやふたり」
あ、キレた。プツンと音がした。この言い方は無いだろうが。
「こんな奴、ぶっ殺す!」
「メリー!」
その前に殺されそうだけど。警備兵がぞろぞろ入って来る。
「メリーは落ち人だ! お前ら触るな!」
私を庇って叫ぶアルト。
「アルト?」
ざわっと部屋が騒めいた。
「ははは、ふざけたことを! そんな者がいるものか!」
笑い飛ばすゲルハールト商会会頭。
「たとえいても落ち人はただ一人。ソレを殺せば次が来るであろうよ」
恐ろしい事をこともなげに言う宗主カルロ・マデルノ。
ど、どういう意味よ。何となく分かるけれど、分かるけどさ。
「メリー、何か出して!」
「えっ、ええ」
【救急箱】
「《ヒツジ》しかない!」
「出して!」
「えい」
大きなヒツジがぴょんと飛び出した!
ヒツジは部屋の中の者を見渡した。いや違う何か吐いている。
「何だろう、白煙だけど」
【救急箱】何かある?
《ガスマスク》があった。手早く取り出してみんなに配る。
「こうやって着けるの。みんな着けて」
みんなは受け取ると見よう見まねでササッと着ける。もはや慣れたのか。
モクモクモクモク…………。
部屋が真っ白になった。
テーブルに寄りかかったり、椅子に身を投げ出して見事に寝ている面々。
床に倒れるように寝ている警備兵。
ヒツジはまだ白いガスを吐き出している。
これ、催眠ガスだな。ぐっすり寝ちゃってるな。
しかし、どこに逃げよう。
杜撰で行き当たりばったりなのは私だった。オクターヴの計画を笑えない。
「メリー。何、この白いの?」
「メリザンド、何だこれは!」
ああ、ノアが来てくれた。
「ノア! オクターヴ。ガスマスクして」
ふたりに素早くガスマスクを差し出す。受け取って面白そうに付けるノアと、不審げにそれでも手早く付けるオクターヴ。
「へえ、ほんとメリー面白いねえ」
「まったく何をしているんだ!」
あんたたちの反応の方が面白いけど、今はそれどころじゃない。
「逃げたいのよ、ノア」
「じゃあ、おいらに掴まって、ほら、お前も来るんだよ」
「ヒツジも回収」
ノアに掴まって何処かに飛んだ。転移魔法ってすごいな。一発で窮地から脱出した。魔獣も操れるし、ノアって何者だろう。
◇◇
「ここ何処?」
「おいらの家。神殿の裏にある」
山の中の穴倉のような家だ。部屋はひとつしかなくて、奥にベッドがあってその横の台座に、卵が綺麗な布切れに幾重にも包れて鎮座している。
家の中は簡素で、他にはテーブルとイス、台所くらいしかない。
白い豹のリーンが出て来て「にゃおん」と鳴いた。
その時、グラグラと卵が揺れた。
「あら、動いたわ」
近寄るとリーンがグルルと唸る。
「あら、いい子ね。ちゃんとお留守番しているのね」
声をかけると「にゃお」と鳴いた。
卵にそろりと近付くと、今度はリーンは通してくれた。
「生きているのね。何か温かいものを感じるのだけど」
「メリーに会えて嬉しいんだ」
「そうなの? あら、動いた」
卵が揺れる。ノアが卵に言い聞かせる。
「まだダメよ、焦っちゃダメ。待っているからね」
そうね、あなたがちゃんと生まれるのを待っているわ。
「何だよこれ。メリザンド、お前、何者なんだ?」
オクターヴの声で我に返った。こんな事をしている場合じゃなかった。
「おいらとメリーの子供だよ」とノアが言って「はあ?」とオクターヴが呆れている。
家の外へ出てみる。
外は山だ。5つの指のような山が屏風のように家の後ろに聳え、ノアの家はかなり高い所にあって、下を見ると二つの尖塔が見えた。
聖なる山の中腹に神殿は建っている。
人は見上げ拝む。立派な神殿を。
そして勘違いする人は居るのだ。まるで自分が神にでもなったかのように。
祈る神は違っても、地位立場は違っても、人は皆、神の前に平等だというのが、こちらの世界の認識だったと思うけれど違うのか。
せっかくミモで上映会までしたのに。何か、何か出来る事はないだろうか。
「ねえノア、拡張機能無いの?」
「なにそれ」
「ミモのさっきの映像、この国の人たちに流せないかな」
「その場にいる人だけだよ」
ノアが首を横に振る。でも私は何とかしたい。
「ほらスクリーンとか使って」
「スクリーン?」
「画面よ、白いキャンバスよ。大きいのがいいわ。そこに映し出すのよ」
私達だけが見たのではいけない、他の住民にも共有してもらわなければ。
「たくさんの人に見てもらった方がいいわ。あの人がこの国に帰ってくる前にやっちゃいましょ。殺すって言ったから、これは正当防衛よね」
「その前にもう何人も殺している」
珍しくスヴェンが口をきいた。そうだった。ミモの上映会であいつらは何と言った。
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