10 / 42
一章 婚約破棄と断罪
09 少年アルト
しおりを挟む
「さて、じゃあ準備して」
立ち上がって少年に言うとびっくりした顔をした。
「え」
「一緒に行きましょ、あいにく貧乏だけど何とかなるよね」
「嬉しいけど、お姉さん頼りなさそう」
おう、なんてことを言ってくれる。
「一緒に行ってやらないぞ」
「ごめん」
まあ頼りないんだけどさ。
こっちが保護して欲しいくらいなのだ。異世界転生ものでは、強い騎士とか王子様とか魔術師とか……、この際、魔王でもいいわ、何か出て来ないの?
私の願いは却下されたのか誰も現れない。
村人皆殺しの生き残りの少年と、強姦殺人されそうになった断罪追放令嬢だ。
考えてみれば酷い組み合わせだ。安心とか安全とか一欠片もない。ふたりとも殺されそうで、魔獣はそこらを徘徊していて(まだ遭遇していないけど)、保護してくれる筈の兵士は敵かもしれない。とんだ無理ゲーの世界に落ちたものだ。
溜め息交じりに少年の歳を聞く。
「君、幾つ?」
「僕の名前はアルト、もう十二歳だ」
私の溜め息を聞いて、少年は急いで言った。私が頼りないにしても、こんな所に一人で置いて行かれたくはないと思う。
アルトは藁色の髪、緑の瞳のそばかす少年だ。身長は私より拳骨ひとつくらい低い。成長期だしすぐに追い越されるだろうな。
「私はメリーよ、十五歳なの」
「メリーさん……?」
(ヒツジはいないのよ? ついでにホラーでもないの)
「呼び捨てでいいわ、よろしくねアルト」
もう平民だし面倒な名前もいらないか。話し方も前世の方でいいか。捨てられたんだし。
アルトは地下室に下りてごそごそしたと思うと、大きなリュックを背負って出て来た。聞くと父親と一緒に、時々近くの町や狩りに一緒に行っていたらしい。
父親のリュックだろうか、重そうだが。
彼がリュックと一緒に背中に背負っているのは、先程、地下室の扉を開けたら構えていたヤツかな。木の棒の端に小さな弓が付いている。
何だろう。ボウガン?
彼の父親は半年前に亡くなったそうだ。母親はいないらしい。
間がいいのか、悪いのか。
村の入り口で、ふたりで手を合わせて早々に立ち去った。
「こっちの方角に行ったら何があるか知ってる?」
歩きながら聞く。兵士が行った方と反対の方角だ。
「五日くらい歩くと町がある」
「遠いなあ」
溜め息を吐く。
「私、川に落ちて流されたの。ここ何処かしら?」
一番知りたい情報を聞くのを忘れていた。
「ここはフィルスの森だ。森をザール川が囲んで流れていて、今向かっているのがリーフラントの町だ」
どうも私が流されてきたのがザール川らしいが、国によって呼び名が変わるのだろう。私の国ではマイン川だった。
「全然知らないわ」
私が首を横に振ると、アルトはもう少し広い範囲を説明する。
「ええと、この辺はウェイデン伯爵の領地で、ここはクレーフェ王国だ」
何かこの子、頭が良いんじゃない?
クレーフェ王国は、私の居たコルディエ王国から小国家群の小国二つを挟んだ先にある。ずいぶん流されてきたものだ。
もう国を出ているから取り敢えずの危険は去ったとみていいのだろうか?
クレーフェ王国の情報は……。
いかん、頭が回っていない。何も思い浮かばない。
「そうだ、手を洗おうか。アルト、手を出して」
「こう?」
『アクア』
「わ」
ジャブと水が跳ねてアルトが手を引っ込める。
「あ、びっくりして。魔法を使える人が周りに居なかったから」
ちょっと勢いが良すぎた。うまく調整出来るようにならねば。誰かと一緒に居るということは、ほんのちょっとした気遣いがいるのだ。
そんな気遣いが出来るだろうか。前世は一人暮らしだった。
「ごめん、タオルを。手を拭いたらこれ食べよ」
「なにこれ?」
「羊羹よ」
細長の紙包みに入った物を出すと首を捻る。
「ようかん?」
「豆を潰したお菓子よ」
非常食の中に入っていたのだ。先に私が包み紙を取って食べると真似をする。
「甘い……」
「うん。脳内スッキリ、はっきり」
そういえば村でお水を撒いた時、アルトはじっと見ていた。
「魔法を使う人って少ないの?」
「平民で魔法を使える人はほとんどいないから、人の前で魔法を使ってはいけないって言われてた。でもメリーは魔法で火を消してくれた」
じっと私の顔を見るアルト。私は今は平民だった。
「水魔法しか出来ないわ」
やたらと魔法を使ってはいけないようだ。
メリザンドは箱入りのお嬢様だった。教育は家庭教師により施され、外出したのは祖父に連れられて領地を旅した時だけだ。
コルディエ王国の歴史と貴族情報、この辺りの共通用語の帝国語と隣近所の国の方言のような言葉、後はマナーとダンスと一般教養くらいか、教師が教える偏った知識以外何も知らない筋金入りのお嬢様だ。
せっかく学校に入ったのにサッサと断罪されて追い出されるし。
お陰で混じり合った今は、前世の知識と性格が出た、この世界を何も知らない女の子が出来上がった。困った事だ、アルトの言う通り本当に頼りない。
立ち上がって少年に言うとびっくりした顔をした。
「え」
「一緒に行きましょ、あいにく貧乏だけど何とかなるよね」
「嬉しいけど、お姉さん頼りなさそう」
おう、なんてことを言ってくれる。
「一緒に行ってやらないぞ」
「ごめん」
まあ頼りないんだけどさ。
こっちが保護して欲しいくらいなのだ。異世界転生ものでは、強い騎士とか王子様とか魔術師とか……、この際、魔王でもいいわ、何か出て来ないの?
私の願いは却下されたのか誰も現れない。
村人皆殺しの生き残りの少年と、強姦殺人されそうになった断罪追放令嬢だ。
考えてみれば酷い組み合わせだ。安心とか安全とか一欠片もない。ふたりとも殺されそうで、魔獣はそこらを徘徊していて(まだ遭遇していないけど)、保護してくれる筈の兵士は敵かもしれない。とんだ無理ゲーの世界に落ちたものだ。
溜め息交じりに少年の歳を聞く。
「君、幾つ?」
「僕の名前はアルト、もう十二歳だ」
私の溜め息を聞いて、少年は急いで言った。私が頼りないにしても、こんな所に一人で置いて行かれたくはないと思う。
アルトは藁色の髪、緑の瞳のそばかす少年だ。身長は私より拳骨ひとつくらい低い。成長期だしすぐに追い越されるだろうな。
「私はメリーよ、十五歳なの」
「メリーさん……?」
(ヒツジはいないのよ? ついでにホラーでもないの)
「呼び捨てでいいわ、よろしくねアルト」
もう平民だし面倒な名前もいらないか。話し方も前世の方でいいか。捨てられたんだし。
アルトは地下室に下りてごそごそしたと思うと、大きなリュックを背負って出て来た。聞くと父親と一緒に、時々近くの町や狩りに一緒に行っていたらしい。
父親のリュックだろうか、重そうだが。
彼がリュックと一緒に背中に背負っているのは、先程、地下室の扉を開けたら構えていたヤツかな。木の棒の端に小さな弓が付いている。
何だろう。ボウガン?
彼の父親は半年前に亡くなったそうだ。母親はいないらしい。
間がいいのか、悪いのか。
村の入り口で、ふたりで手を合わせて早々に立ち去った。
「こっちの方角に行ったら何があるか知ってる?」
歩きながら聞く。兵士が行った方と反対の方角だ。
「五日くらい歩くと町がある」
「遠いなあ」
溜め息を吐く。
「私、川に落ちて流されたの。ここ何処かしら?」
一番知りたい情報を聞くのを忘れていた。
「ここはフィルスの森だ。森をザール川が囲んで流れていて、今向かっているのがリーフラントの町だ」
どうも私が流されてきたのがザール川らしいが、国によって呼び名が変わるのだろう。私の国ではマイン川だった。
「全然知らないわ」
私が首を横に振ると、アルトはもう少し広い範囲を説明する。
「ええと、この辺はウェイデン伯爵の領地で、ここはクレーフェ王国だ」
何かこの子、頭が良いんじゃない?
クレーフェ王国は、私の居たコルディエ王国から小国家群の小国二つを挟んだ先にある。ずいぶん流されてきたものだ。
もう国を出ているから取り敢えずの危険は去ったとみていいのだろうか?
クレーフェ王国の情報は……。
いかん、頭が回っていない。何も思い浮かばない。
「そうだ、手を洗おうか。アルト、手を出して」
「こう?」
『アクア』
「わ」
ジャブと水が跳ねてアルトが手を引っ込める。
「あ、びっくりして。魔法を使える人が周りに居なかったから」
ちょっと勢いが良すぎた。うまく調整出来るようにならねば。誰かと一緒に居るということは、ほんのちょっとした気遣いがいるのだ。
そんな気遣いが出来るだろうか。前世は一人暮らしだった。
「ごめん、タオルを。手を拭いたらこれ食べよ」
「なにこれ?」
「羊羹よ」
細長の紙包みに入った物を出すと首を捻る。
「ようかん?」
「豆を潰したお菓子よ」
非常食の中に入っていたのだ。先に私が包み紙を取って食べると真似をする。
「甘い……」
「うん。脳内スッキリ、はっきり」
そういえば村でお水を撒いた時、アルトはじっと見ていた。
「魔法を使う人って少ないの?」
「平民で魔法を使える人はほとんどいないから、人の前で魔法を使ってはいけないって言われてた。でもメリーは魔法で火を消してくれた」
じっと私の顔を見るアルト。私は今は平民だった。
「水魔法しか出来ないわ」
やたらと魔法を使ってはいけないようだ。
メリザンドは箱入りのお嬢様だった。教育は家庭教師により施され、外出したのは祖父に連れられて領地を旅した時だけだ。
コルディエ王国の歴史と貴族情報、この辺りの共通用語の帝国語と隣近所の国の方言のような言葉、後はマナーとダンスと一般教養くらいか、教師が教える偏った知識以外何も知らない筋金入りのお嬢様だ。
せっかく学校に入ったのにサッサと断罪されて追い出されるし。
お陰で混じり合った今は、前世の知識と性格が出た、この世界を何も知らない女の子が出来上がった。困った事だ、アルトの言う通り本当に頼りない。
30
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!
本見りん
恋愛
魔法大国と呼ばれるレーベン王国。
家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。
……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。
自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。
……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。
『小説家になろう』様にも投稿しています。
『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』
でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜
naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。
しかし、誰も予想していなかった事があった。
「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」
すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。
「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」
──と、思っていた時期がありましたわ。
orz
これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。
おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる