召喚されない神子と不機嫌な騎士

拓海のり

文字の大きさ
上 下
26 / 44

26 ハナコがふたり

しおりを挟む

 翌朝、オレ達の足の間から滑り出たハナコが二匹になっていた。
「どうしたんだ?ハナコ。増えたのか?」
『ハイ、ゴ主人様。コチラニ名前ヲ』
 ハナコが隣にいるハナコにそっくりな奴を指して言う。
「うーん、タローはどうだ?」
 イチローとちょっと迷ったが。
『ゴ主人様、タローデゴザイマス。今後トモヨロシク』
 ハナコと一緒に頭を下げた。見分けがつかない。
「タローはユベールの方に付くか?」
『ハイ』
「よろしくお願いしますよ」
 ユベールがお湯を持って来て、オレの身体を拭いてくれる。
 オレ折角だから温泉に入りたいんだけど、しばらく居るからまあいいか。

 のんびり食堂でバイキングの朝食をつついていると、隣の丸テーブルに座った男たちが話している声が聞こえた。
「ヴィラーニ王国で神子を召喚したらしい」
「え、あれ失敗したんじゃなかった?」
「俺は王都で見たぞ。王子と一緒にバルコニーで手を振っていた」
 どこの国の冒険者だろう。皆きっちりと隙の無い装備をして余裕がある感じだから、テゥアラン王国辺りだろうか?

「やあ、おはよう。遅かったな」
 食事が済む頃に、オレ達の丸テーブルにイポリットがやって来て声をかける。
「おはよう。昨日はありがとう、とてもいい宿だな」
「そうだろう」
 当然といった感じでふんぞり返る。そういう所は変わっていない。
「イポリットはヴィラーニ王国の神子を見た?」
「いや、後から来た従僕が言っていたな。お前みたいな黒髪だったらしい」
 イポリットはオレを見直して聞く。
「そういや、お前髪染めてるのか」
「うんちょっと。もう伸びたらそのままで行くけど」
「そうだな、お前は黒い髪の方が似合う」
「えへ、恥ずかしいから言うなよ」
「あの人、一緒なんだな」
 ユベールの事かな。今、お茶を取りに行っている。
「え、ああ」
 あいつって結構目立つんだよな、竜人だからだろうか。オレは竜人とかいっても違いが分からないけど、この世界の人は違うって分かるのだろうか。
 いや、神官たちがこき使っていた時点で、それはないな。
「きれいになって、まあ」
「お前だって、痩せてかっこよくなったじゃん」
「まあな、モテて困るわ」
「言ってろよ」
 肘で小突き合ってニヤリと笑う。

 イポリットは真面目な顔付になった。
「なあ、ここで会ったのは神様の思し召しかもしれねえ。温泉宿をやるにあたって何かやって欲しいとか、これが欲しいとかないか?」
 おお、こいつも商売には真面目なんだな。
「うーん、温泉って言ったら露天風呂」
「露天風呂」
 白豚は隣にいる秘書のような男に顔を向けて書き取らせている。
「それから、温泉卵」
「温泉卵」
「それからお土産を並べて、そうだ、ここはダンジョンがあるから宝箱にさ、蒸し饅頭を入れて、餡を色々入れて、たまに当りで銅貨とか入れたらどうかな」
 最後はシャレになった。
「なかなかユニークだ。やっぱりお前は凄いな」
 いや前世の知識そのものだけどな。
「じゃあ景気付けに一発祈ってやろう。イポリットの宿が繁盛しますように」
『祈り』
『加護』
『願い』

「祈りもますます冴えて来たなあ、私も負けてられないな。そうだ宿が儲かったら相談料を納めるからな」
「別にいいぞ」
「ほら、繋ぎってやつだ。末永くよろしくな」
 そう言って白豚イポリットは革袋を差し出した。
「ああ、ありがとう。じゃあ遠慮なく」
 何か思い出したらまたイポリットに言ってみようか。

「エルヴェ様」
「うん、行こうか」
 そうか、神子がいるんならもういいか。
 やっぱり心のどこかで気にしていたんだ。
 気が楽になった。あちこち行くことにしよう。

  ***

 しばらくその宿に泊まることにしてイポリットと別れた。
 リシアの町からダンジョンまでは馬車で小半時ぐらいか。
 馬車を降りるとダンジョンまでの道には土産物屋や、小間物屋、食べ物屋などの小屋がぞろぞろと並んでいて、冒険者らしき男たちが歩いている。

 じろじろ見られているような気もするが、ユベールが睨むとこそこそと行ってしまった。
「あいつだぜ」と捨て台詞のような声が聞こえる。
 見知ったような人間はいなかったが、どこかで会ったのか。ダンジョンの中で襲い掛かられたら厄介だよな。

 ダンジョンの入り口には兵士が2人居て、その横には建物がある。並んでいるとオレ達の番になって、入り口で小型の水晶にカードを記録して、ダンジョンの中に入った。
 ハナコがポケットから出てオレの頭の上に乗る。執事の格好じゃなくてスライムだ。冒険もするのかハナコ。オレの方がへっぴり腰だな。
 タローはユベールのポケットで待機しているようだが。


 ダンジョンの中は思ったほど暗くはなかった。ライトの魔法を点けなくても見えるほどだ。
『探索』を唱え、1階2階3階と登って行く。
 どこも土壁に石の通路で、小部屋なども無く一本道が続く。出てくる魔物は小動物のモグラ系とかウサギ系とかオオカミ系とかゴブリンとかだ。

 上に登ると段々と下草が生えて、通路も無くなり広くなった。大きいのはイノシシと熊が4階から出て来た。イノシシはドッドッドと走ってくるし、熊は茶色の奴で、立ち上がると大きくて牙やら太い腕と爪がちょっと怖い。

『探索』ではこちらに気付いていない時は緑の表示で、敵認定されるまで赤表示されないので非常に分かり辛い。

 ユベールの後ろから『パライズ』を唱える。
 イノシシや熊が麻痺している間にユベールがあっさり倒してくれた。
「この剣はよく切れます」
「そ、そうか」
 オレも腰の剣を使ってみないとな。
 ありがたい事にハナコとタローが魔物の解体をしてくれる。結構早いんだ。素材になる物は、前もって教えるときれいに残してくれる。
 賢いなあ。

 6階に登ると虫系になった。イヤ、これイヤ。最小限倒して逃げる。どんどん逃げる。蜘蛛とか百足とかほんとイヤ。ダンジョンのヤツはどれもこれも大きいし。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

exact
BL
11/6〜番外編更新【完結済】 転生してきたのかなーと思いつつも普通に暮らしていた主人公が、本物の主人公と思われる人物と出会い、元の世界に帰りたがっている彼を手伝う事こそ転生の意味だったんだと勝手に確信して地道に頑張る話。元同級生✕主人公(受け)。ゆるーっと話が進みます。全50話。 表紙は1233様からいただきました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました

白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。 「会いたかったーー……!」 一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。 【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

処理中です...