20 / 44
20 小さな教会堂
しおりを挟む3軒目の武具屋で目に付いた銀のショートソード。見る角度で淡い紅色を纏い、手に取ってみると軽い。
「これ、軽くていいな」
丁度、黒っぽい剣を手に取っていたユベールが「私もこれがいいです」と振り向いた。ユベールの剣はロングソードなのでそこそこ重さがある。刀身は黒いのに振るときらりきらりと銀に輝いてきれいだ。
「それはどっちも一点モノだ。値が張るがいいか」
武具屋のオヤジが言う。駆け出しには勿体無い武器なんだろう。
「もちろん買う」
両方でオレの売値より少し安かった。奴隷ってそんなに高いのか?
「この剣は手入れが簡単なんだ。買ってくれたお礼にベルトを付けてやるよ」
武具屋が剣を下げるベルトをおまけしてくれた。
剣を下げると何となく一端の冒険者になったような気がする。冒険者には危険が伴う。ゲームでは死んでも何度もやり直しが出来るだろうが、この世界はゲームではないし、死んだ人間も何人も見てきた。奉仕活動では行き倒れを弔うというのもあった。
死なないように気を付けるに越したことはない。
「武器に加護とか付けたらいいな。何処か祈れるとこはないかな」
武具屋を出てユベールに聞くと「エルヴェ様、あちらに小さな教会堂があります」見ると小さな2階建ての木造の四角い建物がある。
広い坂道の斜め上の方で、おまけに普通の建物っぽい。建物の周りは草が生い茂り、ガラスの窓は割れたのが小さな紙きれを貼って修復してあった。
「先に掃除からしようか」
神殿に居た所為か、それとも前世の記憶か、先に掃除と思ってしまう。
「はい」
教会の周りの草を抜くと横の石垣から水がちょろちょろ漏れている。上は家が無くまばらに木が生えて林のようだ。
「これ、折角だし受けを付けて手を洗えたらいいか」
手水舎モドキだね。
「エルヴェ様──」
「水よ静止。土よ、ここ掘れわんわん」
勝手に唱えた魔法でも案外何とかなるものだ。水の落ちていた辺りの土を掘って乾燥させて、
「土よ、排水溝、土よ、整地」
溝を掘って水路に流して、そこらにあった岩でドンドンと土を固めて、
「どや、石ころ配置、仕上げ」
「エルヴェ様──」
石ころを敷き詰めてきれいにして、水受けの岩を置いて、
「水よ動け」
石垣から流れ落ちてきた水が、岩に落ちて溜まって下の石ころの受けから排水溝に流れ落ちて行く。周りに花を植えたら見栄えがするか。
「よっし、浄化しようか」
『浄化』
水回りを浄化すると「パチパチパチ……」と拍手の音。
「え?」
見回すと周りにいつの間にかギャラリーが集まっていた。
「やり過ぎです、エルヴェ様」
小さな声で咎めるユベール。お前さっさと引き止めろよ。
「引き止めましたが」
「そうか、悪かった」
「何と奇特なお方である事か。ありがとうございます」
黒い服を着た初老の男が話しかけて来た。この教会の管理人らしい。
「すみません。よろしければこちらで祈りを捧げてもいいですか?」
「ああ、ありがとうございます。むさくるしい所ですが、どうぞ」
「じゃあ、ついでにあの水を頂いて」
「はい、飲用にはなりませんが、どうぞどうぞ」
大きめの瓶を取り出して水を入れて、教会に入った。中はきれいに掃除がしてあって、正面には青いステンドグラスがはめ込まれた小さな窓がひとつ。祭壇は黒っぽい木材で出来ていて燭台が二つ置かれている。
水を置いて、ユベールとオレの買ったばかりの剣を置いて祈る。神殿で習った感謝の言葉を大いなるものに捧げる。
『クリーン』
『浄化』
『加護』
教会が美しく輝き、キラキラと光が降りて来る。
「おお……」
「ありがたい事だ」
ギャラリーは教会の中にまで付いて来て、跪き涙を流している。
「お祈りをさせていただいて、ありがとうございます。とても気持ちがすっきりしました。お布施を──」
教会堂の神官はお布施を辞退した。
「とんでもない事でございます。わたくしこそお礼のお祈りをさせて下さい」
やり過ぎてしまったのか? チラリとユベールを窺うと肩を竦めた。
「じゃあ、こちらに時々お祈りに来させてください」
「それはありがたい事でございます。わたくしどもいつでもお待ちしております」
「ありがとうございます。お礼にあの聖水で良ければ納めさせて下さい」
「ああ、ありがとうございます」
聖水はちゃんと鑑定したから大丈夫だ。やっぱりちゃんと教会堂で祈ると気持ちがいいな。そういう場というものがあるんだろうか。
装備もボチボチ揃えて、いっぱしの駆け出しの冒険者に見える頃には冒険者レベルがEになった。
オレの課題は無詠唱魔法だ。奴隷に売られそうだった時、オレは何も出来なかった。祈ることさえ。
これでは何かあった時に、どうしようもないだろう?
「エルヴェ様、隷属の首輪もありますよ」
「え?」
「闇魔法の隷属の魔紋もありますし、殴って意識を失わせるとか、薬を盛って眠らせるとか──」
「オイ」
「だれかを人質に取られるとか」
「……」
「ハナコ、頑張りましょうか」
『ハイ』
どうしてハナコが頑張るんだ。オレより先にどんどんレベルアップしていくハナコ。すごい。すごいけれど置いて行かれるのか?
「エルヴェ様、ハナコはお役に立ちたいのです。褒めてあげて下さい」
「そうか、ハナコは褒めたら伸びる子なのか。よく頑張ったなハナコ」
『頑張リマスノデ、ゴ主人サマモ頑張ルノデス』
「ン?」
「そういう訳で頑張りましょう」
背後にいるユベールが当然のようにオレを抱き上げてベッドに向かう。
何でそうなるんだ。
56
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説
転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)
exact
BL
11/6〜番外編更新【完結済】
転生してきたのかなーと思いつつも普通に暮らしていた主人公が、本物の主人公と思われる人物と出会い、元の世界に帰りたがっている彼を手伝う事こそ転生の意味だったんだと勝手に確信して地道に頑張る話。元同級生✕主人公(受け)。ゆるーっと話が進みます。全50話。
表紙は1233様からいただきました。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~
ma-no
ファンタジー
神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。
その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。
世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。
そして何故かハンターになって、王様に即位!?
この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。
注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。
R指定は念の為です。
登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。
「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。
一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる