召喚されない神子と不機嫌な騎士

拓海のり

文字の大きさ
上 下
16 / 44

16 男だけの世界

しおりを挟む

「ローランは、僕が神殿で騎士たちに連れて行かれそうになった時、引き留めようとしてくれたんだ」
 少し上気して嬉しそうに言う、レスリー。
「あの時ローランが、騎士に殴られてショックだった」
「少し殴られただけだ。お陰で一緒に来れて良かった」
 いや、あのハルバードで殴られたのか? よく生きていたな。

「なあレスリー、神子召喚ってよく失敗するのか?」
 小さな声で聞く。
「よくかどうか知らないけど、80年くらい前にも失敗したことがあったらしい」
 80年って、そんなに昔じゃないな。
「その後どうなったんだろう」
「さあ、でも王国は潰れていないし、また召喚したんじゃない?」
 何か軽い感じだな。
 そういえば祈る時に何を対象にしているのかな。偶像とか十字架とかなかったし、オレこの世界の人間じゃないから、この世界の常識を知らないな。
 オレは何となく、この世界に連れて来てくれた何かに祈っているけど。
 色々、教えてくれるし。

「それより聞いて」
 ローランとレスリーはオレ達と同じでビエンヌ公国に行くと言う。落ち着いたら親兄弟も呼び寄せると言っている。
「僕達、ビエンヌ公国で結婚しようかと思って」
 少し声を落として嬉しそうに言うレスリーに、ローランが続ける。
「あちらはかなり自由度が高いし、無理に神官にならなくても、別の仕事を探してもいいかと思うし」
 男同士で結婚出来るのか? という質問をオレは危うく喉元で飲み込んだ。

 だって、オレはまだこの世界で、女性というものに会っていない。
 奴隷候補もみな男だったし、神殿は元より、孤児院でも、広場でも、商人も船員も、離宮に居た客たちも、みんな男だった。
 まさか──。
 オレが転生したこの世界には男しかいない?


 川を下るのは早かった。追手は来ない。シェデト湿原に入ればもう不可侵領域だ。
 広大なシェデト湿原は底なし沼が点在し、足場も悪く、凶悪な魔物が生息していて、各国が自領に組み込まず放置されている。たまにどこかの国の冒険者が、素材を求めて魔物を狩りに行くぐらいだ。

 先に東のジンスハイム帝国領の船着き場で、奴隷商から逃げた人の何人かが降りた。帝国の荷物を積み降ろしして、川船はビエンヌ公国に向かう。
 この湿原では、船から降りた人以外は干渉しない協定があるらしい。


「兄ちゃん、その髪はまずいかもしれねえ」
 明日の朝、ビエンヌ公国の船着き場に着くというので、レスリーに髪を切ってもらっていたら、船長が声をかけて来た。手に持った小瓶を差し出して言う。
「髪の染料だ、栗色に染まるぞ」
「ああ、ありがとう。いいのか?」
「俺は気分がいいんだ。俺達の国には奴隷なんか居ねえ。やむなく仕事は引き受けたが胸がつかえてよ」
「そうだぜ、アンタらのお陰で飯が美味い。遠慮するこたあねえ」
 この人たちも生き辛かったんだろうか。
 彼らの航海に幸多かれと祈る。風がキラキラと、オレの祈りを聞き届けたように輝いて流れて行った。
『神子の祈り』を覚えました。
 ええと、今までの祈りは何だったんだ。普通の祈りか?

 髪を切ってさっぱりして、のんびり船から湿原の景色を眺めていると、川岸の盛り上がった所に薄紫の大きな花が群生して咲いているのが目についた。葉がゆらゆらと揺れているなと思ったら、カン!コン!カツン!と何かが当たって跳ね返る音がした。
「エルヴェ様、危ないですから船室に移動しましょう」
「え」
「兄ちゃん、アレはイリスという魔物だ。葉を飛ばして傷つけて花で食らう」
「え……」
「この船は結界を張ってるから大丈夫だが、普通の船は気を付けねえとな」
 この世界は少しも油断がならない世界のようだ。
 呆然としているオレの腰に手を回して、ユベールは強引に船室に連れ帰った。

「さ、髪を染めましょうか」
「うん」
 シャツを脱いで、商人から剥ぎ取った上着を肩にかけて、シャワー室に連れて行かれる。染料を塗ってしばらく置いて洗い流した。
 オレは栗色の髪、襟足までのショートカットの軽そうなお兄さんになった。
「お似合いです」
「そうなの? 長い黒髪の方がいいんじゃないの?」
「どうしてそんな事を?」
「エルヴェって、そうじゃない?」
 このもやもやとした想い、どうもオレはエルヴェに焼きもちを焼いているらしい。

 ユベールはオレを引き寄せてキスをする。
「エルヴェ様はどんな格好をしてもエルヴェ様です」
「だからオレはエルヴェじゃなくて、エルヴェなんだ」
「それでよろしいのでは」
 ユベールはそのままオレを抱き上げてベッドに移動する。
 それでいいのか?

 ユベールはオレの身体にキスしながら、どこから手に入れたのか潤滑剤を取り出して後孔をほぐし始める。もうオレは男の指の形を覚えた。
「あうん……」
 甘い吐息を、声を、どうして抑えることが出来るだろう。ほぐし終わって入ってくる熱い塊を、どうして拒めるだろう。
 いいように揺さぶられているのに、とても気持ちがいいと思うのは何故だろう。
「あっ……ん、はあ……ゆ、ゆべー……るっ」
「エルヴェ様……、とてもお上手になられて……」
「お、お前がっ……、んくっ……はあぅ……」
「可愛いです……」
 そう言ってくれる男の頭を引き寄せてキスを贈る。
「オレだって、お前が可愛いって思うんだけど……、愛しいって思うんだけど」
 潤んだ瞳で首を傾げて言ったら、男が獣になった。
 いや、待って。殺される。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

exact
BL
11/6〜番外編更新【完結済】 転生してきたのかなーと思いつつも普通に暮らしていた主人公が、本物の主人公と思われる人物と出会い、元の世界に帰りたがっている彼を手伝う事こそ転生の意味だったんだと勝手に確信して地道に頑張る話。元同級生✕主人公(受け)。ゆるーっと話が進みます。全50話。 表紙は1233様からいただきました。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

処理中です...