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11 一緒に行く?
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犬というのはエサを分け与えると懐くんだろうか。ユベールは懐かない一匹オオカミのような雰囲気があったが、最近はよく様子を見に来る。
「この部屋に来て生き辛くないのか?」
「もう大丈夫です」
よく分からない。ユベールの中にあった負の感情とかが『浄化』されたのか?
「ユベールの母親って、どうなったか分からないの?」
「全然知りません」
「そうか」
「私は魔力があったのですが、騎士の方が向いていると言われて騎士になりました。丁度エルヴェ様が神殿にいらっしゃるというので、私が護衛に選ばれました」
そうして神殿でただ働きさせられているんだな。
それって腹が立つんだよな。全部オレにおっかぶせて、オレのせいにして、神殿は甘い汁を貪る。弱いものを食い物にしている。
「お前あまりオレの事、護衛してないじゃん」
少し唇を尖らせて言ってやる。
「司祭様や神官様に用事を言いつけられて──」
ユベールは少し口ごもる。分かっているんだ、こいつのせいじゃない。
だから──。
「お前、恋人とか許嫁とか結婚相手とかいる?」
「何もいないです。何でそんな事を聞くんですか?」
不審顔のユベールに言う。
「いや、オレこの国を出ようかと思って、売られるの嫌だし」
それを聞いて、息を呑んで苦しそうに眉を顰めた。
「何処に行くんですか?」
「別に決めていない。どこも知らないし」
ユベールはじっとオレを見る。
「オレ、弱いし、不案内だし。ユベール、一緒に行く?」
オオカミが喜んだらこんな顔をするのかな、というような顔で即答した。
「行きます」
不思議な事にユベールを疑う気持ちは全く無かった。いや、彼がオレを見放したらオレはもう終わりなんだ。それだけはひしひしと感じる。
ユベールに宝石を幾つか渡して換金を頼んだ。ここの神官はユベールに質屋通いをさせているようだ。「出来るか?」と聞いたら「慣れていますので」とか言われて、がっかりした。最初からコイツに頼めば問題は無かったのだ。
いや、まあいい勉強になった。あの宝飾店の男はどうしただろう。彼のくれた革袋には金貨が何枚も入っていた。彼の無事を祈ってやろう。
3日後に神殿を出ることに決めて、ユベールは部屋を出た。
翌日の朝食の時間に、一緒に食べていたレスリーが聞く。
「神子召喚が失敗したんだって?」
「ああ。何か、召還する相手が向こうに居なかったとか……」
声を潜めてローランが答える。
居なかったのなら、オレが神子で替えは効かないという事か。もう違う人間になっているしなあと、ぼんやりと考え込んでいたらローランが不穏な事を言った。
「3カ月前のは召喚の手順を間違えたとか言われて、神官ふたり殺されたらしい」
「うわ……」
おっそろしい所だな、ここは。ぬるま湯が冷める前に出て行かねば。
食事の後、勉強の準備をして教室に向かっていると、見知らぬ神官がオレを呼び留めた。
「エルヴェ君、司教様がお呼びだ」
「え」
神官には何人かの護衛騎士が付いていて、ザッとオレを取り囲む。ハルバードのような槍をガチンと目の前に交差されて青くなった。逃げないようガッチリと両側から腕を掴まれて引き摺られる。
そのままオレは司教の部屋に連行された。
司教の部屋は王侯貴族の部屋と大差ないんだろう。
ふかふかの絨毯の敷き詰められた広い部屋のマントルピースの上には肖像画がかけられている。その前には美しいソファセットとこぼれる花々。開け放たれたテラスからは王都とワイン畑を望み、反対側には大きくて重厚なデスクがどっしりと構えている。天井にはシャンデリアが並び、美しい絵が描かれている。
広い部屋はドアで続きになっていていくつもあり、どこまでも美しく豪華だ。
いやもう、エルヴェの部屋と天と地以上の差があるな。
叔父の司教は書斎らしき本の沢山ある奥の部屋から出て来た。
「ここには連れて来るなと言った筈だ。口枷をして地下に入れておけ」
叔父は嫌そうに手を振って書斎に戻ろうとする。
秘書とか執事がいないようだから手違いがあったのかなと、まるで人ごとのように考えた。
オレは普通の平和ボケした日本人で、血を見るのも暴力もイヤで、火炎やかまいたち雷撃のような攻撃魔法は怖くて使えない。
オレに何が出来ただろう。ただ祈るしかない。
「この部屋と、この者に『浄化』を──」
口をついて出たのは、いつもの言葉だった。
一陣の風が吹いて辺りがキラキラと輝く。
「ぐわっ! 何をする!」
叔父は何故か喉元を押さえてよろけた。
『浄化』を受け付けない?
「早く連れて行けっ!」と彼は叫んで、書斎に逃げ込みバタリとドアを閉めた。
「かしこまりました」
神官が護衛とオレ達を連れて、慌てて部屋を出て行く。
「きさま! 今度口を開くと命はないと思え」
騎士がオレの喉元にハルバードの斧を当てて脅した。オレは青くなってコクコクと頷くしかなかった。
神殿の地下には牢屋があった。男たちがオレを押さえ付けて口枷を嵌める。
こんなにたくさんでオレは抵抗のしようもないのに。暴力で押さえ付けて、か弱い子供一人に。手枷と口枷をされた後、牢に突き飛ばされる。
ステキだな、地下牢装備、魔法封じの口枷も在庫がありますとか。
いや冗談じゃなくて、本当に売る気なんだな。
脱出する予定が今日じゃないから、ユベールはいつものように用事を言いつけられて忙しいだろう。
オレは詰んだ、のか?
その時、オレのポケットからハナコがぴょんと飛び出た。
『ハナコ!』
ハナコはオレに向かってコクコクと頭を縦に振ると、するすると牢の外に出て行った。何処に行くんだ、ユベールに知らせてくれるのか、分からない。魔物の考えていることは分からない。分からないけれど、ユベールに知らせて欲しいよ。
「この部屋に来て生き辛くないのか?」
「もう大丈夫です」
よく分からない。ユベールの中にあった負の感情とかが『浄化』されたのか?
「ユベールの母親って、どうなったか分からないの?」
「全然知りません」
「そうか」
「私は魔力があったのですが、騎士の方が向いていると言われて騎士になりました。丁度エルヴェ様が神殿にいらっしゃるというので、私が護衛に選ばれました」
そうして神殿でただ働きさせられているんだな。
それって腹が立つんだよな。全部オレにおっかぶせて、オレのせいにして、神殿は甘い汁を貪る。弱いものを食い物にしている。
「お前あまりオレの事、護衛してないじゃん」
少し唇を尖らせて言ってやる。
「司祭様や神官様に用事を言いつけられて──」
ユベールは少し口ごもる。分かっているんだ、こいつのせいじゃない。
だから──。
「お前、恋人とか許嫁とか結婚相手とかいる?」
「何もいないです。何でそんな事を聞くんですか?」
不審顔のユベールに言う。
「いや、オレこの国を出ようかと思って、売られるの嫌だし」
それを聞いて、息を呑んで苦しそうに眉を顰めた。
「何処に行くんですか?」
「別に決めていない。どこも知らないし」
ユベールはじっとオレを見る。
「オレ、弱いし、不案内だし。ユベール、一緒に行く?」
オオカミが喜んだらこんな顔をするのかな、というような顔で即答した。
「行きます」
不思議な事にユベールを疑う気持ちは全く無かった。いや、彼がオレを見放したらオレはもう終わりなんだ。それだけはひしひしと感じる。
ユベールに宝石を幾つか渡して換金を頼んだ。ここの神官はユベールに質屋通いをさせているようだ。「出来るか?」と聞いたら「慣れていますので」とか言われて、がっかりした。最初からコイツに頼めば問題は無かったのだ。
いや、まあいい勉強になった。あの宝飾店の男はどうしただろう。彼のくれた革袋には金貨が何枚も入っていた。彼の無事を祈ってやろう。
3日後に神殿を出ることに決めて、ユベールは部屋を出た。
翌日の朝食の時間に、一緒に食べていたレスリーが聞く。
「神子召喚が失敗したんだって?」
「ああ。何か、召還する相手が向こうに居なかったとか……」
声を潜めてローランが答える。
居なかったのなら、オレが神子で替えは効かないという事か。もう違う人間になっているしなあと、ぼんやりと考え込んでいたらローランが不穏な事を言った。
「3カ月前のは召喚の手順を間違えたとか言われて、神官ふたり殺されたらしい」
「うわ……」
おっそろしい所だな、ここは。ぬるま湯が冷める前に出て行かねば。
食事の後、勉強の準備をして教室に向かっていると、見知らぬ神官がオレを呼び留めた。
「エルヴェ君、司教様がお呼びだ」
「え」
神官には何人かの護衛騎士が付いていて、ザッとオレを取り囲む。ハルバードのような槍をガチンと目の前に交差されて青くなった。逃げないようガッチリと両側から腕を掴まれて引き摺られる。
そのままオレは司教の部屋に連行された。
司教の部屋は王侯貴族の部屋と大差ないんだろう。
ふかふかの絨毯の敷き詰められた広い部屋のマントルピースの上には肖像画がかけられている。その前には美しいソファセットとこぼれる花々。開け放たれたテラスからは王都とワイン畑を望み、反対側には大きくて重厚なデスクがどっしりと構えている。天井にはシャンデリアが並び、美しい絵が描かれている。
広い部屋はドアで続きになっていていくつもあり、どこまでも美しく豪華だ。
いやもう、エルヴェの部屋と天と地以上の差があるな。
叔父の司教は書斎らしき本の沢山ある奥の部屋から出て来た。
「ここには連れて来るなと言った筈だ。口枷をして地下に入れておけ」
叔父は嫌そうに手を振って書斎に戻ろうとする。
秘書とか執事がいないようだから手違いがあったのかなと、まるで人ごとのように考えた。
オレは普通の平和ボケした日本人で、血を見るのも暴力もイヤで、火炎やかまいたち雷撃のような攻撃魔法は怖くて使えない。
オレに何が出来ただろう。ただ祈るしかない。
「この部屋と、この者に『浄化』を──」
口をついて出たのは、いつもの言葉だった。
一陣の風が吹いて辺りがキラキラと輝く。
「ぐわっ! 何をする!」
叔父は何故か喉元を押さえてよろけた。
『浄化』を受け付けない?
「早く連れて行けっ!」と彼は叫んで、書斎に逃げ込みバタリとドアを閉めた。
「かしこまりました」
神官が護衛とオレ達を連れて、慌てて部屋を出て行く。
「きさま! 今度口を開くと命はないと思え」
騎士がオレの喉元にハルバードの斧を当てて脅した。オレは青くなってコクコクと頷くしかなかった。
神殿の地下には牢屋があった。男たちがオレを押さえ付けて口枷を嵌める。
こんなにたくさんでオレは抵抗のしようもないのに。暴力で押さえ付けて、か弱い子供一人に。手枷と口枷をされた後、牢に突き飛ばされる。
ステキだな、地下牢装備、魔法封じの口枷も在庫がありますとか。
いや冗談じゃなくて、本当に売る気なんだな。
脱出する予定が今日じゃないから、ユベールはいつものように用事を言いつけられて忙しいだろう。
オレは詰んだ、のか?
その時、オレのポケットからハナコがぴょんと飛び出た。
『ハナコ!』
ハナコはオレに向かってコクコクと頭を縦に振ると、するすると牢の外に出て行った。何処に行くんだ、ユベールに知らせてくれるのか、分からない。魔物の考えていることは分からない。分からないけれど、ユベールに知らせて欲しいよ。
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