召喚されない神子と不機嫌な騎士

拓海のり

文字の大きさ
上 下
8 / 44

08 懐こいは正義

しおりを挟む
「エルヴェ様!」と呼びかけられた。
 オレを押さえ付けていた男たちが、バタバタと張り倒され投げ飛ばされた。ユベールが駆け寄ってオレを立ちあがらせる。男たちはあっという間に姿を消した。
「ユベール、どうしたんだ」
 聞くと呆れられた。
「あなたを探していたんですよ」
「神殿は死体はよくても、行方不明はいけないのか?」
 そう言ったら「違います!」と怒られた。

「神官見習いが教えてくれました。帰りますよ」
 ユベールは強引にオレを抱き上げると走った。早い。耳元を風がびゅうびゅうと通り過ぎていく。何でだ、人間業じゃあない。あっという間に神殿に着いた。

 そのままエルヴェの私室に連れ帰ってユベールは言う。
「王都は危険です。司教様に叱られます」
「司教って?」
 この神殿の一番上の身分の奴だが。
「エルヴェ様の叔父様ですよ」
 もしかして、ここに来た日に声を掛けられた、あの着飾った男か。甥を見殺しにするような奴がオレの叔父か。

「何で叱られるんだ? 最初会った時、放置していたじゃないか。オレは死ぬとこだったぞ」
 実際エルヴェは死んでしまった。
「今は事情が変わって、ちゃんと確認するようにと──」
「どういう事だ?」
 ユベールを睨むと嫌々口を割った。
「売るとおっしゃっているのを聞きました」
「──!」

 売るって何だよ。誰に売るんだよ。人を売るのかよ、簡単に。買う奴がいるのか。人身売買が普通にある世界なのか。
 ああそうか、金になるから居なくなったら困るのか。
 大体、見殺しの次が売るとか……、呆れ果てて開いた口が塞がらない。

 もしかして、今日もひったくりだけで済んで良かったのか? あの後、襲い掛かって来た男たちが、人さらいとか強盗とかだったらどうなるんだ? 誰も助けようとも、警備兵を呼ぼうともしなかった。今頃になって体が震えて来る。

「ユベール、助けてくれてありがとう……」
 すでに部屋を出かけていた男の背中に言った。ユベールは肩越しにチラリとオレを見ただけだった。叔父の為だとしても、助けてくれる存在があるだけでありがたいのか。たとえ後で売られるにしても──。
 オレは確かに平和ボケしていたな。


 2、3回深呼吸して、何食わぬ顔をして食堂に入る。間に合ったようだ。
 パンとスープと果物を貰って、感謝の祈りを捧げた。

「エルヴェ、お前間に合ったの?」
 いきなり誰だ、こいつは。オレと同じ神官見習いのようだが。そういえばこの前の清掃の時に話しかけてきた奴がいたな。
「うん、間に合って良かったよ」と、にっこり笑顔を作るとぱちぱちと瞬きをされた。
「お前が居ないの途中で気付いたけど、馬車が引き返さないもんな」
 まあそうだろうな。オレとしてはユベールが迎えに来た方が驚いたが。

「お前の護衛が探してたから教えた」
 こいつがユベールの言っていた神官見習いのようだ。
「ありがとな」
 礼を言うと、そのままそいつは居座って気安く話しかける。

「お前の近くで食べると飯が美味いんだ。今度隣に座っていい?」
「そうか、別にいいぞ」
 オレが簡単に頷くと嬉しそうに笑って、じゃあなと行ってしまった。
 あいつ誰だっけ。エルヴェに親しい奴がいたっけ。
 そう思うと『鑑定』を覚えました。と出て、名前とレベルが表示された。

 名前 レスリー
 種族 人間 男 16歳
 職業 神官見習いLv16
 スキル 聖魔法Lv16 ヒール キュア
     生活魔法 クリーン ライト
 特技 懐こい

 レスリーっていうのか。特技が『懐こい』とかまんまだな。

 最近になって分かったが、ユベールは目立つ男だ。顔もいいし姿勢もいい、そこらに居るだけで存在感がある。何であいつがオレの護衛なんだ?
 確かにオレの護衛だったら、ただで便利使い出来るけれど。もしかして、あいつの能力を知らないのだろうか。
 平民だとか生まれがどうとか言って、何を惜しむのか。


 ハナコが帰って来たのは夜の祈りが終わった後だった。
 ヨレヨレでボロボロになっていて、すっかりその存在を忘れていたオレは罪悪感で一杯になった。
 思わず零れる涙もそのままに『ヒール』をかけると少しマシになる。
「ごめんなハナコ。助けてくれようとしたのに、置いて行って」
 ハナコは伸び上がって、オレの涙を……、舐めているというか、吸い取っているように見える。こいつ、この前ユベールの血も吸収していたよな。
 ええと、エサか、エサなのか?
 涙を吸い取ってプルプルすると、すっかり元通りになった。

「オレの近くで食事をすると、ご飯が美味いらしい」
「何ですかそれは?」
 ユベールは相変わらず素っ気ない。最近は生き辛いとも言わないで、オレの部屋に来ている。神殿も少しは『浄化』が出来ているのだろうか。
 頑張ると生き辛い奴もいるから、ボチボチやっているが。

 ここはぬるま湯のような所だな。
 ユベールの言うように、食事と寝る場所の安全が保障されている。それはこの世界では当たり前ではないんだろう。今日は布袋だけで何とか済んだが。
 外はとても危険なのだ。それでも出て行くけれど、覚悟が必要だな。


「お前一緒に食べてみる?」
 オレは王都の広場で買った串焼き肉を出して、1本ユベールに渡した。
「どうしたんですか、これは?」
「孤児院で置いて行かれて、広場まで走って帰ったんだ。これは土産だ」
「置いて行かれたんですか?」
 驚いた顔だ。まあオレもどうなるかと肝を冷やした。

「ああ、お前が迎えに来てくれて助かったし、間に合ったからな。これはお礼だから遠慮しなくていいぞ、まあ食えよ」
 オレは肉にかぶりつく。鳥系の肉か、ホカホカの焼き立てで噛むと溢れる肉汁と旨味と歯ごたえのある肉が美味い。オレの【収納庫】は時間が経過しない設定だった。
 机の上のハナコがじっと見ているような気がするので、串焼き肉を目の前に持って行ったが食べようとしない。
「いらないのか?」
 縦に首を振るなよ。何で要らないんだ。分からない奴だな。
 ユベールは呆れたようにオレたちを見ていたが、やがて肉にかぶりついた。
「美味いです」
 そう言ってガツガツと食らう。あっという間に奴の胃袋に収まった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

exact
BL
11/6〜番外編更新【完結済】 転生してきたのかなーと思いつつも普通に暮らしていた主人公が、本物の主人公と思われる人物と出会い、元の世界に帰りたがっている彼を手伝う事こそ転生の意味だったんだと勝手に確信して地道に頑張る話。元同級生✕主人公(受け)。ゆるーっと話が進みます。全50話。 表紙は1233様からいただきました。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

処理中です...